第125話

 風もないのにイオリのもさもさとした梢が揺れ動き、さざなみのようにざわめく。ひどい家鳴りにも似た音を響かせながら、無数の枝が人の腕のように動き出した。全ての枝の先端が私へと向けられていく。枝の先端に青白い光が浮かび、バチバチと爆ぜながらひとつの巨大な雷球を織り上げていく。


 城を貫くほどの大樹であるイオリと、十歳ほどの子供の体に縮んだ私。それぞれの体に蓄えられる魔力の量はまったく違う。いくらバクは魔法に長けている種族といっても、こんな巨大なやつの放つ攻撃魔法として喰らえばひとたまりもない。

 現にイオリが軽々放った雷撃ひとつで、私の手は簡単に黒焦げになってしまった。


 右手の治癒が間に合わない。大量の夢を一気に取り出してイオリを黙らせる方法は無理だ。


 イオリが織り上げる雷撃魔法のせいで静電気が発生して、髪がふわりと広がる。


 だが、焦りはしない。

 こちらには魔法を無効化できるバクのローブがある。魔法で封鎖されている場所にもそれを無効化して入り込めるバクの必需品は、対魔法用防具としても優秀だった。これさえあればイオリが放つ高威力の魔法も防げるし、異変に気づいたラッテが駆けつける前には身も隠せる。私は安全だ。たぶん。


 そう思って隠れようとしていたのだが。


「エル!」


 そんな声と共に、小さな影がフードを被ろうとした私の前に飛び出してきた。


 イオリが巨大な雷球を放つ。


 フードさえ被ってしまえば私は無事でいられるが、そんな私の前に飛び出してきて障壁魔法を示す白い光の膜を作り出しているのは、燐光を振りまく赤い髪をした少女。戦闘魔法云々の前にたまねぎの皮がどこまでかすら分かっていない未熟な料理番を務めている、世にも珍しいハーフセイレーンの娘クーアだった。


 クーアがこの場で放出している魔力など、イオリに比べたら無に等しい。障壁魔法はその程度によって光の強さや見た目の厚みが変わるものだが、クーアが展開しているものはもう見るからに薄っぺらくて、ちょっとつついただけで貫通できそうだ。迫りくる巨大な雷球を受け止められるわけがない。障壁魔法の光ごとぺちっと潰されておしまいだ。


 クーアの体を後ろから抱きかかえるようにして、彼女が前に伸ばしている手に私の手を重ね、真っ白な光の膜を展開しているその魔力に私の魔力を絡ませる。利き手の治癒が間に合っていないので使える魔法の威力は低いと自分でよく分かっていたが、クーアを見捨てて自分だけ助かるなどできなかった。


 間一髪、厚みを増した障壁魔法が雷球を受け止める。しかし安心はできない。じりじり押し込まれている。このままでは二人揃って黒焦げだ。


「きみは戦闘魔法が使えないはずじゃなかったのか!」

「キールが風除けにって教えてくれたの!」


 その使い方は思いつかなかった。たしかに強風でフードがめくれてしまったら命の危機が待っているクーアには、強風を防げるこの魔法がぴったりだ。だから極薄の障壁魔法とはいえ、使えるのか。


 今までクーアが送ってくれた手紙には一切書かれていなかったが、もしかしたらとても弱い効果しか得られないから、恥ずかしくて書けなかったのかもしれない。威力はどうあれ新しい魔法を使えるようになったのは喜ばしいことなのだから、教えてくれてもよかったのに。


 まあクーアがこの魔法を使えても、そこに私が加勢しても、戦況は変わらないのだが。


 巨大な体に蓄えた魔力を惜しげもなく使ってきたイオリ。

 対するは、子供の姿のクーアと私。しかも私は利き手を負傷している。


 逃げるが勝ちというやつだ。

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