第112話

 いよいよこの城と使用人たちに歪なものを感じ始めていた私の前で、ギヴンが「そういえば」と口を開いた。


「最近は普通の食事も一人前作るよ。でもそれは姫様の分じゃなく、姫様のそばに仕えてるやつが食う分って聞いたぜ」


 おそらくそれはキールのことだ。キールがちゃんと食事を与えられていると知り、安堵する。もしもキールまで水しかもらえていないのだとしたら、今すぐ手荒な手段でラッテを問い詰めているところだった。子供の体相応の力しかない私でさえ、ラッテは魔力的に頼った。おそらく真正面から戦えばいい勝負くらいには持ち込める。


 もっとも、なるべく穏便に済ませたいのでそういった事態は避けたいが。荒々しい方法は心身共にとても疲れるから、好きではないのだ。


「ギヴン、姫様の部屋を知らないか? 姫様のそばに仕えているのは、私の友人なんだ」

「残念だけど、俺は知らないな。二人の食事については、全部この厨房でラッテさんに渡すからさ。食べ終わった食器も、ラッテさんが回収してくるよ」

「そうか……」


 掃除を担当している使用人ならなにか知っているかもしれないが、あまり色々な者に声をかけてラッテに訝しがられるのは動きにくくなる可能性があるので、避けたい。ラッテ自身が大して強くないのだとしても、なにかしら魔道具を使って私の行動を制限してくる場合だって考えられるのだから、私が目的を達成するまではなるべくラッテに『いい子』と思われていた方がいい。


 あとでラッテの後をつけてみるか。

 幸いバクのローブは手元にある。あれさえ羽織っていたら、ラッテに感づかれることもない。


 私が仕事をサボっているとばれない範囲で、つけてみよう。


 さすがにずっとぶらぶらしているわけにもいかないので、ティーカップが空になったタイミングで立ち上がる。ギヴンが用意してくれたハーブティーのおかわりは、書斎に持って帰ることにした。


「そうだクーア」

「……なあに?」


 やけにおとなしいと思いきや、クーアの声は元気がない。もしかして私か彼女に投げた問いについて、ずっと悩んでいたのか?


「今夜きみの部屋に行ってもいいか? 久しぶりに会ったんだ。少し話がしたい」

「いいわよ。じゃあ、夜九時に部屋で待ってる」


 力のない声ではあったが、クーアは私の申し出を断りはしなかった。自室の目印も教えてくれたので、渋々応じてくれたという雰囲気でもない。そんなクーアの態度にほっとしたことで、私は暫く会わないうちに彼女に飽きられてしまったのではという心配を無意識に抱え込んでいたと気づいた。


 約束を交わして、書斎へと戻る。本当は紅茶がよかったなあと思いながら、ギヴンがブレンドしたというハーブティーをお供に適性のない仕事へととりかかった。


 散歩はまあまあいい気分転換になったのか、ラッテが昼食だと呼びに来るまでに作業は二ページ進んだ。思っていたより簡単だ。この魔法を手記にかけた術者のイオリは、子供の私より少しばかり魔法の能力が低いようだ。これなら、慣れてきたらもう少し早く進められるかもしれない。


 ここの城主である魔術師といっても、イオリは大したことはなさそうだ。そう思いつつ、私はイオリの手記を閉じた。

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