2.
「アレン様ぁ」
「……メアリー、こう言った場ではきちんとした対応をして貰えないだろうか」
「どうぞ私のことはお構いなく」
「いや、そう言う訳にも……っ」
豪奢な机に並ぶ美味しい料理をそっちのけで、メアリーはアレンにベタベタと猫撫で声を出してしなだれかかっていた。
スレド伯爵夫妻が私用でいないのをいいことに、メアリーはナディアに対しての牽制に忙しいようではあるが、給仕の者たちが眉をしかめているのは気にしないようだった。
「業務がまだ残っておりますので、お先に失礼いたします。お2人はどうぞごゆっくり」
いつまでも食事が進まない2人を他所にそつなく食事を終えると、ナディアは一言言い置いて席を立つ。
料理長に笑顔で感謝を伝え、給仕に労いを述べて、自室へと向かう。そんなナディアへと声をかけ損なったアレンは、その後ろ姿を無言で見送った。
そんな一部始終を面白くなさそうな顔で見遣るメアリーの恐ろしい表情に、給仕は思わず目を伏せる。
「ナディア」
「……どうされましたか、アレン様」
コンコンと控えめに鳴った自室のドアが開き、アレンが顔を覗かせた。
「次期スレド伯爵家当主様ともあろうお方が、一介の妻の部屋に入ることを臆さないで下さいませ」
壁際に置かれた机から手を止めて立ち上がり、いくらか簡易でシンプルなドレスに身を包んだナディアはドア口に佇むアレンを笑顔で迎え入れる。
そっと小さくて白いナディアの両手に指先を包まれ、アレンは少し戸惑ったように視線を揺らして部屋へと踏み込んだ。
「ナディア、いつも大量の業務を受けてくれて助かっている。貿易関連など小難しい書類も全てこなしてくれて、本当にありがとう。父も僕もとても感謝しているんだ」
「とんでもありませんわ。私自身こう言った海外のお品や遠方の商品にとても興味があるのです。むしろお手伝いをさせて頂けることに感謝しております」
「優秀で賢く心優しいナディアには皆一目を置いている。誰にでも任せられる内容でもないから、本当にナディアが来てくれて助かっているんだ。以前断った縁談が破棄にならなかったことは、僕らにとっての幸運だと思っている。それを、きちんと伝えたいと思ってーー」
「少しでもお役に立てているようでしたら、それが何よりも嬉しいです」
ニコリと笑んだナディアに釣られて、いくらか強張った表情でいたアレンも笑顔になった。
「そのことをお伝え下さるために、お忙しい中お顔を見せて下さったんですね。私にできることがありましたら、どうぞ仰って下さい」
謙虚に美しく笑んだナディアに束の間気を取られた様子のアレンは、ハッとすると触れていたナディアの手を掴み返す。
「あの、それで少し頼みがあるんだがーー……」
「私に務まることでしたら」
穏やかに微笑むナディアに、アレンはホッとしたように息を吐いて言葉を続けた。
「どう言うことよっ!! なんで私じゃなくてあんな地味女をパーティーに連れて行くのっ!? パーティー用のドレスやアクセサリーだって全て用意しておいたのよっ!? あんな地味女を連れて行ったってただの笑い者よっ!! 本っ当に信じられないっ!!!」
「メ、メアリー様、少し落ちついてーーきゃあっ」
怒り狂うメアリーを落ち着かせようとした侍女は、メアリーの跳ね飛ばした食器の破片に見舞われて後退る。
「人畜無害そうな顔しやがってっ!! ああ言う女が1番ウザいのよっ! 腹の底で私のことを笑ってるんだわっ! あぁ腹が立つっ!! 絶対に追い出してやるんだから……っ!!!」
ふーふーと猛り狂った雄牛のごとき鼻息で、めちゃくちゃにした自室の高価な調度品を踏みつけたメアリーは、ギラつく瞳で雄叫びをあげた。
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