雷神見習いのヤキモチ

平 遊

雷神見習いのヤキモチ

 空を割くように光る稲妻いなづま。地を割るようにとどろ轟音ごうおん

 それを人間は、雷と呼ぶ。

 雷の世界には、何人もの雷神がいる。

 もちろん、世代交代もある。

 トネールは数多あまたいる雷神の中でもベテラン中のベテラン雷神で、弟子の数も多い。

 トネールが轟かせる雷鳴は、遠く彼方まで恐ろしくも美しい音を真っすぐに届けるし、トネールが発する稲光は、どの雷神の光よりも明るく下界を照らし出す。

 雷の世界に生まれたエクレアは、そんなトネールに憧れて弟子入りを志願した。そしてトネールも、誰よりも熱心に技を磨こうと頑張るエクレアを、殊の外可愛がっていた。


「よしっ! 今日も頑張るぞ!」


 雷神見習いのエクレアは雲の下を見下ろすと気合を入れた。

 雲の遥か下、そこに住んでいる人間の中に、目当ての人間を見つけたからだ。

 その人間の名前はミソラ。

 ミソラは空を眺めるのが好きなようで、とりわけ雷がピカピカと光る様を見るのが大好きなようだった。


「良い心がけだ。頑張ればもうすぐ、お前も見習い卒業できるぞ」


 エクレアの師匠、トネールも、エクレアの気合の入った姿に頬を緩める。


「はいっ! 頑張ります! 行ってきます!」


 モクモクと膨らむ積乱雲に乗り込むと、持ち場へと向かいながらエクレアはトネールに向かってガッツポーズを見せた。



 エクレアの得意技は稲光。

 地上へ落とす稲光ではなく、雲の間を縫うように走らせる稲光を、一番の得意としている。

 ミソラはいつも、エクレアが稲光を放ちだすと、空を見上げ、嬉しそうに笑った。

 エクレアは、ミソラにもっと喜んで欲しくて、より技を磨いた。


 稲光で、大きな羽根のような模様を描いたり。いくつもの頭を持つヒュドラのような模様を描いたり。

 ミソラは空に表れた美しい模様を、うっとりとした表情で眺めるのだった。



「ミソラ、俺今日も頑張るからな!」


 空を見上げているミソラに、聞こえないとは分かっていながらも、エクレアは声をかけて稲光を発した。

 けれども、ミソラが見ているのは別方向の空。その方向には、雷神も雷神見習いもいないはず。雲に隠れて月も星もそれほど見えないし、太陽はとっくに沈んでいる。


「なに見てるんだろう、ミソラ」


 不思議に思ったエクレアがミソラが見ている方向の空を見ると―


「なんだあれっ⁉」


 そこには、色とりどりの光に彩られた空があった。

 次々と細い光の柱が天に向かって昇っては、光の花を咲かせる。ミソラはそれを眺めていたのだ。


「クソっ! 俺だって!」


 エクレアはなんとかミソラの興味を引こうと、雲間に稲光を次々と走らせた。

 まずは、師匠のトネールの発する光に勝るとも劣らない程のまばゆい光。

 ミソラがふと、エクレアのいる空へと視線を移す。


「やった!」


 調子づいたエクレアは、いつものようにヒュドラのように幾筋もの光を雲間に走らせたり、苦手ながらも雷鳴を打ち鳴らしたりした。けれどもミソラの顔は少しも喜んでいるようには見えず、むしろ心配そうにも見え、エクレアと別方向の空の光を交互に見ている。


「こらっ!」


 そこへ、師匠のトネールがやってきた。


「何をやっている、エクレア! 持ち場を離れるとは何事だっ!」

「あっ……」


 師匠に言われて初めて、エクレアは自分が持ち場を離れて、ミソラが眺めていた空の方へと近づき過ぎている事に気づいた。


「ごめんなさい、師匠! 俺、あの光に負けたくなくて……」

「……あぁ、あれか」


 エクレアが指差した方向、空を彩る光を目にしたトネールは、目を細めてその光を眺める。


「あれ、なんですか?」

「あれはな、人間が作った『花火』というものだ」

「花火?」

「死んだ人間の魂の慰霊と、それから悪い病の退散を願う、人間の祈り、だな」

「花火……」

「だから、てめぇの都合で邪魔しちゃいけねぇぞ、エクレア」

「えっ?」

「俺達が近づき過ぎると、花火は途中で中止になるんだよ」

「えぇっ⁉」

「人間は弱い。もし俺達の光に当たれば、簡単に死んじまうからな」


 エクレアが動きを止めたためか、ミソラの顔に笑顔が戻り、花火が光る空を嬉しそうに眺めている。


「俺、そんなつもりじゃ……」

「分かってるさ。あの娘っ子の気を引きたかったんだろ?」


 ニヤリと笑ってミソラを指さすトネール。

 とっさに否定することもできず、エクレアはただ慌てて顔を赤くするだけ。


「えっ⁉ しっ、師匠っ⁉」

「さ、ここでの仕事はもう終わりだ。引き上げるぞ」

「は、はいっ!」

「しかし、まだ見習いの分際でヤキモチなんて、100年早いっ! お前はまだまだ見習いだな!」

「え~……そんなぁ……」

「がははははっ!」


 先導するように大きな積乱雲の上に仁王立ちをして笑うトネールの背中に、エクレアは恨めしげな目を向ける。


「悔しければもっと腕を磨け。俺を超えるくらいの雷神になれ。お前ならできるぞ、エクレア」

「……はいっ!」


 見えないとは分かっていながらも、名残惜しそうにミソラに小さく手を振ると、エクレアも積乱雲に乗りトネールに続いて移動を始めた。


「ミソラ、俺、頑張るから。ミソラにもっと綺麗な光を見せられるように。だから……待っててな」


 花火を見ていたミソラが、ふと顔をあげて別方向の空を見上げる。

 そこは、エクレアが稲光を発していた場所。

 ミソラはその場所に向かって、ニッコリと笑った。


【終】

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