ユメギツネ

天夜鳥

Ep.1 出会い

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――稲荷駅前

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 日本の東海地方にある、三張県みはりけん稲荷市。太平洋側に位置する三張県の中でも、特に東側――三河の地域にある寂れた小さな町である。”稲荷”とつくように、この町は日本三大稲荷の1つ、『豊川稲荷』が佇んでいる。日本のの中心地……富士の山に最も近い三大稲荷であるこの地にはどこかまだ力があるように感じる。かつて観光地として目の前の商店街も栄えていたはずのこの稲荷周辺はずいぶん寂れた。近くの稲荷駅を乗り降りする人もずいぶん減った。


 その原因は13年前のにまで遡る。


 ――13年前。世界は混沌に包まれた。突如として太平洋の真上に現れた、【大妖魔】。世界では”ラグナロク”、日本名で星壊セカイと称された怪物によって世界から7割の人間が消えた。大陸ごと消えた国もある。欧米諸国は勿論、アジアもアフリカも南北アメリカも、当然日本も大惨事を被った。世界の主要国が僅か半日程度で壊滅したその大事件によってか世界は妖魔を殲滅すべく、『対妖魔専門機関』を各国で設立した。日本は世界的に見れば被害は小さかったと言える。なにせひどいところは島も沈んだのだから。建物がまだ事件前と変わらず残っている時点で被害は小さかったのだ。だが、神社仏閣を手入れできるほどの余裕は無かったといったところだろうか。


 話を戻して、現在の日本は各都道府県で13年前と変わらず学生は勉強に励み、社会人は身を粉にして働いている。日本単体で見れば、13年前より人口は4割ほど減ったが、相対的に成長している日本は今日も大忙しである。心の傷はいつまでも消えないとはいえ、もう13年経つ現代の日本人たちは事件を受け入れて生活している。

 ここ三張県稲荷市もまた少しずつではあるが商店街が動き始めている。人がずいぶん減ったとは言え結局、通勤通学者は変わらない。未来ある若者たちも減ったが当時は元気に園児だった今の学生たちにはあまり関係のないことだ。


「おはよう、修斗」

「おっ、来たな紫音。そんでもって穂乃華も」

「うん」


 今日もまた生活する人間たち。……いや、13年前からのいつも通りの生活と言った方が正しいか。

 というのも、あの事件の後からなんか人間たちがすごい力に目覚めたのだ。それはかつて妖怪を退治していた陰陽師だとか、巫女みたいな……というよりはもう妖怪そのものみたいな能力が。これを使って、最近よく襲ってくる妖魔たちと戦っているのだ。そしてこの駅前でいつも待ち合わせをする、高校生に扮した彼ら。優しさに満ち溢れたイケメンの青年、高水天たかみな紫音しおん。脳筋王の称号を欲しいままに独占する心優しきゴリラ、時月とつき修斗しゅうと。そしておとなしい顔して実は決断力のある少女、寺沢てらさわ穂乃華ほのか。彼らは実際に高校生ではあるのだが、本日は別件。日本の対妖魔専門機関『幻実防衛機関ファンタジア』の戦闘員として派遣されたのだ。


「うっし!さっさと片づけて観光しよーぜ!」

「1人で行かないでよ」

「っしゃやるぜぇい!!」

「……」


 紫音の忠告も聞かずに地面を蹴りだすと、一瞬で姿は見えなくなる。紫音はそんな修斗に呆れる。


「紫音。私たちは先に朝ごはん食べよ」

「……そうだね」


そう言って目の前に見えるコンビニへと入店していく。そして修斗もまた豊川稲荷へと侵入していく。


 本日の彼らには『稲荷市の”豊川稲荷”――妙厳寺にて低級妖魔の反応アリ、偵察・殲滅せよ』という命令が下されている。4月14日午前7時13分。これより彼らの任務は開幕した。


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――豊川稲荷内部

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「もうちょい寂れて汚れてるもんだと思ったが……案外綺麗だな」


 修斗は1人、先に内部に入っていた。門が閉まっていたのでよじ登って入っていた。中には日光が差し込まれ、外同様に明るい。もう13年も後回しにされ、手入れされていなかったはずの寺は誰かが掃除していたかのように蜘蛛の巣1つ無い。境内には美しい花が咲き、モンシロチョウが蜜を吸っている。どこか幻想的な空気を纏うその姿はまさにあるべき寺院の姿そのものだった。


「……」


 修斗は思わず息を呑んだ。あんまりに平和なものだから、もう既に術中にかかっているのでは無いかとすら疑ってしまう。ただ、明らかに異常なこともある。鈴の音が聞こえてくるのだ。シャリン、シャリン、と。まるで誰かが歩いているのに合わせて鳴っているように定期的に。修斗は真剣な眼差しでその音の出所に向かう。

 普段の妖魔退治とは決定的に違う。普段であればもう少し緊張感と威圧感があるはずだ。それがたとえどんなに弱い妖魔であろうと。いくら人間が力を得たからと言って、妖魔と人間では身体能力に大きな差がある。故に普段なら命を取られてしまうような、居心地の悪い緊張感が漂っていたはず。

 だが今はどうだ?まるで逆だ。いつも以上に穏やかというか、いつも感じてるあの殺気だとか緊張感だとかが一切無い。むしろこのまま身を委ねて仰向けで日向ぼっこでもして居眠りしてしまいたいくらいに心地良い。こんなこと、今まで修斗が感じたことのなかった感覚だった。

 しばらく境内を進んでいると、奥に大量の狐の像が見えた。霊狐塚である。彼の耳が正しければここから聞こえたはず。そしてその耳は正しかった。


「あ、人間だ!」

「ッ!」


 どこか幼さを感じる声。そんな声の知人は少なくとも修斗にはいなかった。というか、「人間」とか言ってる以上、少なくともソイツは人間ではない。修斗には1人だけ他人を「人間」と呼ぶヤツを知っていたが、普通に考えてそんなヤツがたくさんいるわけがない。

 ほとんど衝動的に修斗は背後から聞こえた声の主に拳を振るった。当然、まだ姿も見えないソレに当たるはずも……


「ふぎゃっ!?」


 当たった。感触からして顔面にクリーンヒット。修斗が見た、吹っ飛んでいたソレは人型だった。翡翠色の髪で、その頭部には大きな狐の耳が生えている。左耳には不思議な輪までついている。巫女服のような陰陽師の服のような衣装に身を包み、大きな尻尾までついているソレはまさしく、彼らの目標たる妖魔である。

 妖魔は壁にぶつかり、痛そうな苦悶の表情を浮かべよろけながら立ち上がる。


「ぐっ……うっ……うぅ……」

「……え」


 妖魔はその痛みからか今にも泣きそうに顔を赤くしている。もはや目はうるっうるである。あまりにそれが情けなさ過ぎたので、思わず修斗も唖然とする。なぜだろう、この罪悪感。まるで幼い子供を泣かせてしまったみたいな感じ。これが作戦だったなら、この妖魔はとんでもなく狡賢いと言えるだろう。だが……だがこれは。


「いたぃ……」

「うっそだろお前。たかが一発……」

「ひどいよ人間!僕は……僕はただ……!うわああああああん!!」


 そう言って大号泣する幼き妖魔。なんでだろう、この罪悪感。修斗からすればやってることは一応正しい……はず。でもなんだろう、この妖魔の悪意の無さ。というより、すっげぇ弱そう。もはや妖魔なのか、ただのコスプレした子供なんじゃないかとも思ったが、耳もピクピクと動いてるし、何より尻尾はすっげぇ悲しそうにしょぼくれた感じを彷彿とさせるように動いてる。緊張感無いし、なんか人に危害は加えてこなさそう感が凄い。

 実際、この妖魔に悪意なんてものは微塵もない。まともに考えてるかは知らんけど少なくとも人間に対し何かやってくることはないだろう。何を隠そうこの妖魔、ここ豊川稲荷の見習い狐にして人間を守るために修行中の狐なのである。霧夢むむというこの狐、人間のために頑張ろうとするのはいいものの、修行のためにこの豊川稲荷から出ないこと早20年以上。気づけば人が全く来てくれなくて寂しかったのである!



 ……なーんていう事情を、泣き止んだ霧夢から教えてもらった修斗は凄くうるさく号泣していた。人より耳が良いとはいえ霧夢が全力で耳を抑えるくらいには。


「うおおお!そんな偉い子を俺はぁ……ッ!すまん!本当に……うおおおん!すまん!!」

「あ、うん……別に……人間の事情も納得してるからいいんだけどさ……そんなに泣くことかな」


っていうかうるさい……ボソッと呟いたが、それを号泣中の修斗に聞こえるはずもなく、うるさい修斗は止まらない。もはや害悪な酔っ払いと同じ質の悪さである。


「ったりめぇよ!1人誰もいないこの寺で……!うおん……大変だったな……ッ!」

「あー……うん」


 霧夢の頭をガシガシと撫で繰り回しながら滝のように涙を流す修斗ゴリラに、霧夢は何も言うことが出来なかった。何か言う気力も失せてきた。外の情報はある程度知っていたが、対妖魔専門機関なんてものがあるとは知らなかった。だから霧夢にとっては久しぶりの人間に出会って喜んでたらいきなり修斗に顔面をぶん殴られたということ。それで自分が何か悪いことしたかと考えても答えが見つからず、混乱した末に泣いてしまった、というわけだ。

 いくら自分が幼く見えるからってこのゴリラしゅうとに比べれば少なくとも年上である。なのにこのダル絡み……先ほどの態度を一転してこれだ。怖い。怖すぎる。

 ……そこに追加で人間がやってくる。高水天紫音と寺沢穂乃華である。朝の優雅なコンビニ弁当を食べてきた彼らに怖いものなどあるはずも無かった。……そのはずなのに、この状況だ。推定目標である狐の霧夢と、それを抱きしめたりする気持ちの悪いゴリラ。その状況を見て穂乃華はクスッと笑って写真を撮り、紫音は混乱を極めている。


「うおんうおんうおおおおん……!!」

「……んふふふ」


 もはやバイクみたいな鳴き声を発するゴリラとその隣にいる困り果てた顔の可愛い狐少年という絵面を見て穂乃華は思わず変な笑いがこみ上げてきた。どうしようもなく意味の分からない状況にとりあえずビデオを撮り始める。

 対して本気で困惑する真面目な男、高水天紫音。少なくとも自分たちの目的はそこの人型の妖魔を始末することのはず。なのになぜゴリラは同情?をして泣いているのか。そしてなんでソレに妖魔は何の手も上げないのか。彼は生きてきた16年の人生の中で一番の混乱をしていた。自分の経験上ではこんなこと起きたこともない。何をどう対処するべきなのか。


「えっ……と……?この状況は……?」

「えと……助けてほしい、かな?」


 思わず紫音も妖魔に聞いてしまう。そして霧夢もまた何故かこの状況で推定敵の少年に助けを求めてしまう。ただ1つ、紫音から言えることがあるとするのならば。この状況だけを鑑みれば一番の被害者は恐らくそこの妖魔むむなのだろう。紫音は混乱する頭の中で、なんとなく察した。

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