第30話 【他者視点】学園と離宮での愚行
★本日の更新の内容は、胸糞(暴力とか)ありです。自己防衛をお願い致します。★
★明日からはミーシャ視点に戻ります。★
「ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
貴族の令息令嬢が通う学園の、邸宅から学園までの送迎の馬車が交差する馬車の一時停留所。
馬車からおり、学園へと向かう中、交流のある令嬢や令息達の穏やかな挨拶が交わされる。
そこがザワリと泡立つように穏やかさを失ったのは、重厚な馬車群の中に一台、異質な、神殿を思わせる作りの純白の馬車が滑るように入り、止まったからだ。
神官見習いと思しき青年が、馬車の扉を開けて頭を下げながら手を差し出すと、艶やかな黒髪をハーフアップにし、清楚に白の細いリボンをつけた少女が降りてきた。
「聖女マミ様、それでは、また、お迎えにあがります。」
「えぇ、よろしくね。」
頭を下げた神官見習いに手を振ったマミは、学園へ向かう、花の咲き乱れた遊歩道の方へ歩き始めようとし、耳を掠めた言葉に足を止めた。
『ほら、聖女様よ……。』
『ザナスリー公爵令嬢をあんな目に遭わせておいて、よく出てこられたわね……。』
(よく言うわ、夜会の前は、お二人の方がお似合いです、とか言っていたくせに。 生憎、その程度で傷つくほど、ヤワじゃなくなったわよ。)
心の中でそう考えながらも、悲しそうな顔を作りながら、その話をしていた令嬢達に近づいたマミは、深く頭を下げ、小さく小さく『ごめんなさい』と言った。
「え?!」
「ちょっと待ってくださいませ。」
突然、自分たちの前で頭を下げて謝る聖女に明らかに動揺する令嬢たち。
そして集まる視線を感じながら、マミは頭を下げたまま、よく通る声を震わせて、謝罪の言葉を口にした。
「あの時、私にはそんなつもりはなかったのです……。 私はただ……聖女として務めるのに精一杯で……。 ま、まさか、殿下がこ、婚約破棄を言い出されるなんて……殿下が急に宣言なさったので、私も驚いて……何も、言えなくて……。 ごめんなさい、ごめん、なさい……。」
いま、自分に向けられる様々な視線――主に悪意や、侮蔑、嘲笑など負の感情に満ちたその視線が、僅かながら陰口を叩いた令嬢たちに向かっているのを空気で感じたマミは、ボロボロと涙を流しながら顔を上げた。
「本当に……知らなかったんです……。 でも、私のせいなのですね……ごめんなさい、ごめんなさい……。」
相手や周囲に傷ついて涙を流す表情を見せてから、もう一度深く深く頭を下げて、涙声で謝って見せる。
「そ、そんな、私たちに謝られても……。」
そんな彼女に動揺したのは、マミの陰口を口にしたばかりにこの演技に巻き込まれ、冷たい視線を浴びた令嬢たちだ。
「私、失礼します!」
「私も!」
泣き出したマミの目の前から逃げ出すように学園に進んでいこうとする令嬢たちに、1人の令息が声を上げた。
「おい、こんなところでなんの騒ぎだ。 誰だ、聖女様を泣かせたのは!」
「そ、それは……」
「どういう状況であろうと、学園内で相手を泣かせるほど何か言うのはマナー違反だろう? しかも相手は神殿の聖女だぞ。」
そう言われれば、令嬢たちは静かにマミに頭を避けた。
「神殿の聖女様には、見苦しい物言いを致しました、も、申し訳ございません……」
それだけ言うと足早に去っていった令嬢たちに代わって、助け舟を出してくれた青年が、綺麗に整えられたハンカチを差し出した。
「使ってください。 では失礼します。」
「あ、あの。 ありがとうございます。」
無表情のまま、マミにハンカチを渡して学園の方へ去っていった
(この声は、伯爵令息、だったかしら? お顔も素敵だったし、助けてもくれた。 キープしとかなきゃ。)
口元の笑みを手で隠し、涙をぬぐいながら、マミも学園の方へと足早に向かった。
そしてこの日から、以前にも増し、様々な男子生徒と距離を近づけるマミの姿が学園内で見られ始めた。
「は? もう一回言ってくれないか?」
「聖女マミ様は、王子殿下と最後にお会いになった後、神殿に戻られてからは、翌日より学園に通っておいでです。 それと、最近では男子生徒との交友を広げておられるようです。」
その言葉に、ジャスティは持っていたペンを落とした。
「一体、何を……。」
思い出されるのは、マミと最後にあった日の事だ。
自分はマミになんと言った?
『神殿に戻り、聖女としての仕事をしてくれ。』とは言ったが『学園に通え。』とは言っていない。
(私のために、聖女の知恵を出しているのではなかったのか!?)
バンッ!
両腕で机をたたいた拍子に、使っていたペンは跳ね上がり、床に落ちてカーペットに澱みの様な染みを広げる。
「いったい何を考えているんだ、マミは!」
ギリッと奥歯を噛みしめた。
マミが現れなくなって数日は、本当に平穏で、静かで。 なんて仕事がはかどるんだろうと思った。
そこから1週間、1ヵ月は、あれだけ言ったのだから、自分のために聖女の知恵を出すと言う大切な仕事を、自分のために必死に頑張ってくれているのだろうと思った。
2か月、3か月もしてくると、静かな環境で仕事が出来る事――ひいては父親に挽回のキッカケを貰えているはずだという気持ちと、あれだけ自分にべったりと甘えながら『ジャス様』と、甘えてくれていた彼女が現れないことに不安を覚えた。
しかし、自分が放置したままだった執務、新たに持ってこられる職務にそれどころではなかったため、もやもやする気持ちを抑えながらも、もくもくと仕事を続けた。
お互い、この会えない辛い時期を越えれば、幸せになれると信じようとしていたのだ。
しかし、流石に5か月、6か月となってくると、何故だか裏寒い、嫌な予感を感じ始めた。
何故、マミは会いに来てくれないのだろうか。
何故、彼女の仕事の成果が自分の耳に届いてこないのだろうか。
もしかして、彼女の成果を誰か――例えばザナスリー公爵が横取りし、私の再起を絶とうとしているのではないか。
そんな考えが思い浮かんだ後は、王宮から運ばれてくる、おおよそ王子がやるとは思えない執務に身が入らなくなり、このままうつうつとしているよりは、と、気持ちの抑えが利かなくなったジャスティは、先ほど、無表情で仕事だけを持ってくる従者に問いかけた。
『かなり会っていないのだがマミは、どうしているだろうか? ひょっとして、父上や貴族院、ザナスリー公爵の命令で、私に会いに来ているはずのマミを、そのまま追い返したりはしていないだろうな?』
と。
それに対し、無表情の従者からただただ淡々と告げられた言葉に、ジャスティは耳を疑うしかなかった。
「マミが学園に通っている? 神殿で仕事をしているわけではなくか? 私に会いに王宮に来ているのに、誰かが妨害しているのではないのか!?」
「いいえ。 聖女様はあの日以来、この離宮はおろか、王宮にもいらっしゃっておりません。 王宮の訪問者名簿をご覧になられますか?」
微動だにせずそう言い切った従者に、では、と問いかける。
「学園に通えと神殿から言われたのか? 神殿の仕事はしているのか!?」
王宮などの様々な目のある場所以外での聖女の行動は『異世界から召喚された者の心身の保護』という名目で、影を担う従者が本人に気付かれぬように付いていて、一挙手一投足が記録に残され、王宮へと月に一度、報告がされることになっている。
「神殿からの報告には、そのような報告はあがっておりません。 毎日学園に通い、男性のご学友と交流を持たれ、帰られてからは『使用不可能な知恵』だけを出され、それを指摘されるとご立腹になられ、部屋にこもってしまう、と。」
ぐらりと、眩暈のような怒りの感情が芽生えた。
自分はこんなにも情けない思いを、辛い思いをしているのに、彼女だけ何もせず遊び惚けていると、ジャスティには聞こえたのだ。
「それでは、何もしていないのと同じではないか! 後、一年半しかないのだぞ!? 今すぐマミを呼んでくれ!」
「しかし殿下、本日の執務がまだ残っておりますが?」
「会って話すだけだ、すぐに神殿へ帰す! 早くしろ!」
「かしこまりました。」
頭を下げて、それからカーペットの上に染みを作っていたペンを手にし、綺麗にしてから机の上に置いて出て行った従者に舌打ちをしながら、ジャスティはもう一度、机を殴った。
「なにが執務だ! こんなもの!」
ドン、と叩くと、書類の山が揺れ、机の下に落ちて行った。
その、積み重なった書類の山の、どれ一つをとっても『本当に必要な仕事』がこちらに回って来なくなった、と気が付いたのは、最近だった。
マミが来ない事への焦りで見誤っているかとも思ったが、そうではなかった。
最初は確かに執務であった。 王太子として、第一王子として、自分が先送りにして溜めていた大量の執務。
死に物狂いで頑張った。 父親である国王に認めてもらおう、許してもらおうと。
しかし、それらが終わった後に届いた執務は、王子がするような仕事ではない物に変わっていた気がした。
(これを、本当に私がするのか?)
目の前にあるものは貴族議会の記録の清書や、他の会議の議事録の記録の清書の作業。 そのため、公務をおろそかにしてしまった自分へ、現在の国の状況などを勉強し直すようにという父王からの試練なのだと呑み込んで、もくもくとペンを走らせた。
しかしそれ以降、徐々に与えられる仕事の質が目に見えて落ちている気がしたが気のせいだろうと思うようにしていた。
しかし我が国の歴史書に貴族名鑑、帝国歴史書などが書籍の状態から書類の状態にわざわざばらされたうえで、清書してほしいと持ちこまれたところで、これが気のせいではないことに気が付いた。
(もしかして、父上は私のことをすでに見限っているのか……!? それとも、あんなことをしでかしたことへの官職たちの嫌がらせなのか……?)
どちらにせよ、王子としての仕事を回されているのではないと解り、ひどく馬鹿にされた気分になった。
いい加減にしろと、無表情の従者にそれを叩きつけ、文句を言っても『陛下より下された執務でございますが、拒否なさるのですね。 それでは、陛下へはそのように報告させていただきます。』と言われれば、膝をついて自分でばら撒いた書類をかき集め、黙って書き写すしかない。
(なんで……なんでこんなことに……。)
第一王子でありながら、床に落ちた書類まがいの物を自らかき集めるなんて。
そんな自分が惨めで哀れだと感じた。
(マミが、きちんとしてくれれば……ここから抜け出せる。)
そう言い聞かせ、溜息をつきながら机の上で拾い集めた紙を通し番号順に並べ直すとペンをとった。
マミが来るまでの間にも、くだらない書写には締め切りがある。 少しでも書き進めておかねばならない。
そうしてペンを進めていると、ジャスティは今、自分が書き写している物が何なのか気が付いた。
(これは、帝国の歴史書ではないか。)
苛つき、溜息をつきながら丁寧に内容を書き写す。
しかし、内容が進み、内容が近代になったところで、その文章の中に見慣れた名前が出てきた事で、何故、父と母が王命を出してまで、ミズリーシャを婚約者にしたのか、ジャスティはようやくその経緯を思い出した。
(……なんてことだ。)
いけ好かない、鼻持ちならない高慢ちきな婚約者の彼女は、現皇帝の妹の娘であり、皇位継承権を持つ我が国の、外交を担う筆頭公爵家の令嬢だった。
そんなことすら、自分は忘れていたのだ。
もし、自分とミズリーシャが結婚し、子供が出来ていれば、帝国の皇位継承権を持っただろう。
帝王の父になれたのかもしれない未来が、突然頭の中に浮かんで、消えた。
ペンの先が歪むほど、手には力が入っていた。
(そうだ! そうだったんだ! あぁ、なぜミズリーシャを大事にしろと、父上と母上はもっと私に言ってくれなかったんだ! いや、こんなことになった原因はマミだ! マミがミズリーシャにいじめられているなどと余計なことを言うから、私はそれを信じてあんな真似をしてしまったんだ! そうだ、マミが私を誘惑したからこんな目にあっているんだ! この責任は、私ではなくマミが取るべきなんだ!)
自分勝手な自己弁護だと理解していないジャスティは、本気でそう思い、信じ込んだ。
「殿下。 聖女様がお見えになりました。」
従者から声を掛けられ、促されて入ってきた、愛らしいベルラインのオレンジのドレスを着たマミが、少し困ったように眉を下げ、首をかしげてちょこんとスカートの裾を掴んでお辞儀をした。
「ジャス様、お招きありがとうございます。 ……あの、なかなか来れなくて、ごめんなさい。」
「あぁ、マミ、よく来てくれた。 ……この半年の君の行動、聞かせてもらったよ。」
カツカツと、足音を立ててマミに歩み寄ったジャスティは、柔らかな笑顔を向け。
パァァァァァァンッ!
右の腕を振り上げ、マミの左の頬を力いっぱい、叩いた。
「殿下! 女性に手を上げるなど……っ」
「お前は黙っていろ!」
咎めるように叫び、床に張り倒されたマミに駆け寄った従者を押しのけたジャスティは、左頬を真っ赤に腫らし、突然の衝撃と痛みに、目を見開き、がくがくと震えるマミの顎を掴んだ。
「マミ、学園に通っているそうだな!」
「……学園は、義務で……」
真っ青な顔をしてそう言う彼女の顎を掴む手に力を籠め、ジャスティは叫ぶ。
「私は聖女の仕事をしろと言ったはずだ! いいか! 私はお前のせいでミズリーシャと婚約破棄することになったんだ! 私の今後はお前の働きにかかっていると言っただろう、ちゃんと聖女の仕事し、私のために働けっ! わかったな!」
「殿下っ!」
「うるさいっ! 従者風情が!」
真っ青になり、ただただ震える事しかできないマミの顎を掴む主人の愚行を止めようとする従者に罵声を浴びせたジャスティは、マミの顎を掴んだまま睨みつける。
「いいか、後一年半だ! 一年半の間に必ず私のために功績をあげるんだ! 必ずだぞ!」
そう言い、放り出すように手を離したジャスティは、従者に命じた。
「話は済んだ、追い返せ!」
そんな彼に冷たい視線を向けながら、従者は床に倒れ込んだまま動けないマミに駆け寄った。
「せ、聖女様大丈夫ですか!?」
声をかけても、反応できず震えている聖女を、従者は失礼します、と抱き上げた。
「御身に触れることをお許しください。 参りましょう! 医師の診察を!」
そう言って、部屋を出て行った従者とマミの様子に舌打ちしたジャスティは、髪をかき乱し、その手を机に叩きつけて声を上げた。
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