第17話 罪悪に溺れる彼女の気持ち

★本日のお話は、女性の目から見たら胸糞だと思われます。嫌だな、と思われる方は、そっと閉じてください。

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 ポツリ、ポツリと話し始めてくれたのは、王子妃・王太子妃教育を受け、王家の一員と同様に過ごしていた私が聞く分には、しかし、彼女のだった。



 彼女には、幼い頃から親に決められ将来を誓い、しかし長く傍にいてお互いに想いあった婚約者である伯爵令息がいた。


 はたから見れば、幼い頃から仲睦まじく、互いを思いやるその姿は、まさに理想の婚約者像だっただろう。


 その2人に転機が訪れる。


 王立の学園に彼らは入学した。


 男友達に、女友達。


 学友もでき、婚約者と過ごす時間の他に、同性の友人と過ごす時間という物が出来た。


 それ自体は悪い事ではない。


 学園は社会の、社交界の縮図だ。 学園で過ごす間に、交友を深めながら、将来貴族として社交界に身を投じた際、各々が学園で広げた交友関係が、親の代には考えられなかった形で新たな契約や商談を生んだりするからだ。


 だが、良い点だけではないのも確かだ。


 様々な性質を持つ『友』から受けた知識や影響が、『個人』に影響することは多い。


 隠れて吸うたばこや酒などなら、許されなくとも『興味があった』という事でかわいい悪戯の部類で親からの説教で終わるものもあるが、その中には、社会的制裁を受ける必要のある物、すなわち、ひっそりと闇に潜み両手を広げて獲物がかかるのを待っている、違法な薬物や、賭博などもある。


 親は、学園生活を謳歌する子供たちのやる事を大目に見ながらも、行っていることには、細心の注意を払い、関心を寄せていなくてはいけない。


 その中に『女遊び』も入ってくる。


 思春期を越え、成長とともに己の体に、異性の体に興味が出てくる年頃だ。


 貴族として、子種をばら撒くような真似をされては困るし、不要な子種を宿されても困る。


 それゆえ、褥教育として、性差を学ばせ、相手を尊重し、責任の重い貴族として生まれたからには婚姻までは純潔を! と女は言われるが、しかし男には『指南役』を与え、それを教える事、安全な遊び方、避妊なども同時に教えることとなる。


 この教育方法については、その家の主である父親の考え方がかなり強く反映されるが、男尊女卑として問題になる事も多々あるので割愛しよう。


 ただ『彼』は、早熟だった彼の『友人』からそれを唆され、興味本位で着いてゆき、断り切れないまま『女』を知った。


 相手は、友人の父が息子の褥教育のためにと呼んだ女性だったという。


 女を知った彼は、その悦びが忘れられなくなった。


 女性の柔らかさを、温かさを知り、組み敷くと言う優越感をも知った彼は、幼い頃から大切にしてきた『彼女』に、その行為を求めた。


 いずれ結婚するのだから、好き合っているのだからいいだろうと。


 王太子の婚約者である『ミズリーシャ公爵令嬢』を貴族の令嬢の鑑として、自分の目指すべき姿として過ごしていた彼女は当初、それを拒んだ。


 婚約者という正しい距離を保ちましょう、と、彼女は彼を諭した。


 一度は納得した彼だったが、『女』に対する興味や一度受けた悦びをはねのける強さはなかったのか。


 彼女に再度迫った。


 強く、強く。


 婚姻するまで純潔というのは今どき古い考えだ。


 婚前交渉も、今では当たり前らしい。


 今時そのようなことを言っているのは君くらいだと『友人たち』も言っている。


 私の事を好きならば、受け入れて当然だと、そう言った。


 彼の口調から、おそらくは、周囲の『友人』とそういう話になった時に、相談したのだろう。


 淑女として、貴族の令嬢として、頑なに断り続けた彼女は、しかし、最後の一言に折れるしかなかった。




『私の事が本当に好きならばいいはずだ、どうかこの愛を受け止めてくれ。』




 破瓜の痛みは、体を引き裂くようなものだった。


 けれど、彼は本当に嬉しそうだった。


 だから。


 彼の事が好きだから、苦しくはあったが、その後も求められるままに肌を重ねた。


 侍女や侍従の目の届かないところで、ひたすら求められるままに唇を重ね、肌を合わせた。


 褥教育を受けていたから、その行為を重ねれば子が出来ることは互いに理解していた。


 子が出来ぬように対策をしようと言ったけれど、彼はいずれ結婚するのだから大丈夫だとはねのけた。


 誰に相談していいのか、解らなかった。


 そしてそんな日々を重ねたある日。


 月の物はなくなり、目の前の食事に気持ち悪さを感じた自分に気が付いた。


 誰にも相談できず、かといって放っておけず。


 進まぬ食事を親兄弟に心配され、顔色の悪さを友人に指摘され、相談もできず大丈夫だからと言い続けたある日。


 母親が、娘の異変に気が付いた。


 医師が呼ばれ、子が出来たことが確定した。


 両親に追及された彼女は正直に話をし、彼の両親と彼が屋敷にやってきた。


 彼もその行為を認め、彼の両親も土下座しひたすらに謝罪を繰り返した。


 この時点で、2人はまだ学生だった。


 両家の親は頭を抱えた。


 話し合いの末、貴族としての体裁を保つため、彼女は病気療養という名目で休学し、その日まで領地ですごし、子が生まれるまで時間稼ぎをすることになった。


 彼のほうは、そう決まった彼女の身を案じつつ、残り半年の期間を、学園にいままでどおり通える彼が卒業後、すぐに当初の予定を早め結婚させようという事になった。


 領地で自分の過ちを嘆く中、大きくなる腹の子のため、様々な体の変化の苦しみを乗り越え、指折りながら、王都に戻り、結婚できる日を信じて頑張っていた彼女。


 そんな彼女の元に、ある日、怒り狂った父が一通の手紙を握りしめてやってきた。


『令嬢が不貞をしていたという噂がある。 その噂が本当であれば、我が家は到底嫁に迎え入れるわけにはいかない。 子を産んで、その子が息子の子でなければ、この婚約は令嬢の有責の上で破棄する。』


 不貞なんてしていない、腹の子は彼の子以外ありえないと訴える彼女に、父親は『そんなことは解っている』と叫んだ。


 彼女が領地に戻っている間に、彼には好きな相手が出来た。 それは、格上の侯爵令嬢で、婚前交渉で子をなした娘より、その将来優位な縁を望んだ彼の親と、娘に甘い侯爵によって『嵌められた』のだと。


 そして、父親に怒られた。


 なぜ、婚前交渉などという恥をさらしてくれたのか、と。


 子が生まれても、どんなに彼に似ていても、彼の伯爵家は息子の子ではないと認めないだろう。


 相手もおらず、噂話だけが先走ったまま。


 婚約破棄されお前も、子も、もう幸せの道は望めない。


 何とか噂の火消しを行っているが、お前がここにいて、その姿を誰かに見られても困る。 速やかに修道院へ入れと、その夜のうちに、アリア修道院へ入れられた。


 狭く寂しい部屋の中で、わたしはなんだったのかと考えた。


 私と、おなかの赤ちゃんは彼にとって一体何だったの。


 彼は愛しているから、と言った。


 ではこの子も、2人の愛の結果ではないのか。


 なんで私だけ、こんなところにいるのか。


 かわいいはずの、嬉しいはずのお腹の子が


 憎くて憎くてしょうがなくて


 ご飯を食べないでいれば、子も自分も儚くなれるのではと思った。


 そんなことを思ってしまう自分が怖くなった。


 しかし、自分をこんなに苦しめるだけになってしまった子に、いなくなって欲しいと思ってしまう。


 そんな時は、決まってお腹を蹴ってくる。


 生きているのだと、訴えてくる。


 憎いわけではない。


 腹の子は愛おしい。


 しかし、彼の事を考えると、格上の侯爵令嬢と婚約し、これから先、明るい未来を歩くだろう彼を思うとどうしても恨めしく、苦しい。


 そんな時、聞いたことのある声が聞こえた。


 そんなことはありえないと思いながらもそっとカーテンの隙間から庭を覗くと、自分の憧れであったミズリーシャ・ナザスリー公爵令嬢が、笑顔で赤子を抱いて散歩をしていた。


 ある日には洗濯物を干し、ある時間には箒をもって、掃除をしていた。


 彼女が婚約破棄されたことは、会場にいて知っていた。


 当時すでに一人思い悩んでいた時期だったこともあり、鮮明には覚えていないが、ここにいたのかと思った。


 日々、彼女の声を聴く中で、自分と彼女の違いは何なのだろうかと思った。


 不貞に溺れた婚約者。


 理不尽に捨てられた無実の令嬢。






「……ミズリーシャ様……私は、どうするべきだったのですか? どうするべきなのでしょうか。」


 黙って聞いていた私は、その問いかけに、どう答えるべきかと、心の中で静かに考えた。

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