第6話 初めてづくしの赤ちゃんのお世話
初めて抱いた赤ちゃんに、何とも言えない、穏やかな気持ちになったわたし。
柔らかな体、甘い匂い、小さなお顔、衣服からのぞく握られた指先。
それらを見ていると、王宮内での派閥による足の引っ張り合いや、貴族たちの口さがない見栄の張り合い。
幼い頃から、王子妃、王太子妃として正しく強くあろうとずっと頑張っていたけれど、その座から引きずり降ろそうと繰り返された、いじめや悪口にも耐えながら、自身に歯ぎしりし、拳を握り、研鑽を重ねて相手を言葉で、笑顔でねじ伏せてきたことなどが、とても矮小に思え、前世、今世含め、自分がなんだかちっぽけな人間に思えてきた。
「可愛い……。」
つい口から洩れた言葉に、皆は頷いてくれる。
「えぇ、赤ちゃんはとても可愛らしく尊いわ。 でもね、ミーシャ。 ここでは、それだけではないのよ。」
私の隣に座り、バビーを抱っこしていたダリアさんが笑う。
「それは、どういうことでしょうか?」
「ふふふ、そろそろわかるわよ。 ……ほら。」
(そろそろ?)
首をかしげながら抱っこしているシンシアの顔を覗き込む。
こんなに可愛いのに、それだけでないとはどういう事だろうか? もっともっと可愛くなっていく、という事だろうか?
はて? と首を傾げた時だった。
「わわっ」
もぞっと、腕の中のシンシアの手足が動いて、私は慌てて落とさないように手に少し力を入れた。
そんな私を煩わしいとでもいうように、さらにもぞもぞと手足が少しずつ動き始め、天使の要だったお顔もなんだか赤みが増し、途端にしわくちゃになり始めた。
「さ、そろそろっミルクとおむつの時間ね。 ミーシャ、落とさないようにしっかり抱っこしていてね。」
「え? はい。」
そう、返事をした時だった。
「ふぇ……」
シンシアちゃんのお口から、可愛い声が漏れた。
(あ、しゃべった。 赤ちゃんは声も可愛らしいんだわ。)
のんきのそんなことを思った瞬間だった。
「~~~~。 ふ……ふえぇぇぇぇ。 ほんぎゃぁ! ほんぎゃぁ! ほんぎゃぁ!」
突然大きく口を開けて、手足をぎゅうっと握っては広げて、泣き出したのだ。
「え?え??」
(私、何かしてしまった!? え? どうして泣くの!?)
「っちょっと待って、シンシアちゃん、なに? どうしたの??」
声をかけても、シスター・サニアやダリアの様に立ち上がって、体をぎこちなく横に揺らしても、シンシアは泣き止まない。
それどころか。
天使の様だったお顔はしわくちゃで真っ赤になり、手足も動くから抱っこしているのが怖くて仕方ない。
しかも。
「ほわぁぁぁぁぁぁん!」
「おんぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
連鎖でもするかのように、アニーも、バビーも、同じように、いや、何ならそれよりも大きな声で泣き始めたのだ。
「え? えええええぇぇぇ!?」
3人の赤ちゃんの泣き声大合唱に慌てていると、ちょいちょいと、院長先生が私の方に手招きした。
「シンシアをベッドに横にして頂戴。 ほら、こんな風にね。」
「え? 泣いているのに寝かしちゃうんですか?」
「今はね、皆、お尻が気持ち悪いの。 そろそろおむつを替えるわよ?」
「お、おむつ?」
「まずは私がやって見せるわ。 ミーシャは見ていて頂戴ね。」
すると、今まではずっと黙って見守っていてくれていた院長先生が、するっと私の腕からシンシアを抱き上げ、慣れた手つきでそのまま首元とお尻を抱えるようにしてベッドに横にした。
「赤ちゃんは自分でトイレに行ったりできないでしょう? だからおむつをしているの。 濡れると気持ちが悪いから泣いてしまうのよ。 赤ちゃんが泣いているときはまず、おむつを見てあげて頂戴ね。」
「は、はい……。」
よくわからないまま頷いた私ににこっと笑ってくれた院長先生は、シンシアの腰から下の肌着をめくった。
すると、大きく白い布を巻かれたお尻と、アンバランスな小さなお腹や足が出てきた。
「小さい。」
「そうね、小さいわね。 だから大人と違って関節もしっかりまだ発達していないわ。 皮膚も弱い。 強く引っ張ったり、思い切り動かしたりはせず、とても気を付けておむつ交換をするのよ。」
そう言いながら、手慣れた様子でおむつカバーを外し、中の折りたたまれて入っていた淡く黄色く濡れた布を外して足元の桶に入れた先生は、濡れた布巾で陰部を軽く押すようにして拭き取ると、手早く枕元に用意してあった新しい折りたたまれたおむつを不思議な形に折り畳み、シンシアのお尻の下に入れ、おむつを替え終わった。
「こうするのよ、わかった?」
はっきり言って、早すぎてよくわからない。
「す、すみません。速すぎてわかりませんでした……。」
申し訳ないように小さな声で謝ると、大丈夫よ、と隣にいたシスター・サリアが声をかけてくれた。
「じゃあ、横から教えてあげるから、少ししっかりしているアニーでやってみて頂戴。」
「……え? 私がやっていいんですか?」
吃驚してあげた声に、きょとんとした院長先生に、シスター・サリア、ダリアさんは笑った。
「ミーシャは今日からここの一員名だから、やってもらわらないと困るよ。 さ、教えてあげるからやってごらん。」
「は、はい……。」
それからは、言われるがまま、おむつカバーというモノを外し、布おむつの中におしっこがしてあるのを確認したら、あらかじめ絞ってある手布でお尻を拭き取り、お尻を少し持ち上げて、おむつを取る。 この際、お尻を持ち上げずに引っこ抜いてしまうと、おしっこで濡れた布の摩擦で、赤ちゃんの柔らかい皮膚が傷ついてしまう事があるから優しく丁寧に。
で、無事おむつがとれたら、お尻を持ち上げたまま新しい布おむつを入れるのだけど、しわにならないように入れて、お股に当たる部分は女の子は、扇の様に蛇腹にして、しっかり隙間なくあてがう……と漏れがないらしい……? ひとまずおむつカバーもつけられ、お洋服を皺なく伸ばして初めてのおむつ交換は完成した。
「な、何とか出来ました!」
「うん、上手よ、よくできているわ。 ちなみに男の子の時は、大切なものが付いているから、そこもちゃんと拭いて丁寧に乾かしてからおむつを嵌めてあげて頂戴ね。」
「……大切な?」
はて?
首を傾げた私に、ちょいちょい、と、手招きしたダリアさん。 目の前でバビーのおむつを交換していたのだが……。
「ほら。」
指さした先には、褥教育の教本に乗っていたのとはずいぶん形相が違うけれど、男性特有の……お〇ん〇んとた〇た〇があった。
「あ、なるほど。」
初めて見てしまったそれにやや顔を赤くしながら納得し頷いた私に、ダリアは初心だねぇと笑いながらそれの拭き方を見せてくれる。
「男の子は両方念のためこう持ち上げて拭いてあげてね。 こうして出ている分、蒸れて赤くなりやすいの。 女の子は大きい方をした時に中まで入り込むことがあるから、その時は綺麗に拭き取るんだよ。 収拾付かないときはお尻だけお風呂に入れたほうが早いからその時はやり方を教えるわ。 まぁ男の子はその点、入り込んだりしないから拭きやすいんだけど、別の意味で注意が必要でね。」
と、ダリアがニヤッと笑ったその瞬間。
ぴょ~。
っと、バビーのお〇ん〇んから、弧を描くようにおしっこが飛び、ダリアのワンピースに直撃した。
「きゃ!」
「あぁ、やらえた~! 男の子のおしっこはこうして発射されることがあるから、おむつを替え終わるまでは、気を抜くんじゃないよ。」
「ちゅ、注意ですね……わかりました。」
(それはどんな注意をすれば逃げられるのだろう?)
と思いながら3人のおむつ交換を見終わった私は、それでも泣き止まない赤ちゃんたちに動揺する。
「でも、おむつを替えても泣き止みませんね。」
「そりゃそうよ。 おしっこが出たら、今度はお腹がすくんだもの。」
「は~い、ミルクの用意が出来ましたよぉ」
おむつ交換が終わり、皆が手洗いを終えたところで、部屋を出ていたマーナが、3つの白い液体の入った不思議な容器を持ってきた。
「はい、ミーシャはバビーを抱っこして。」
「え!? あ、はい。」
ダリアに腕の中にバビーを乗せられた私は、マーナからガラス瓶にゴム栓が着いた簡単な作りの、前世とはだいぶかたちの違ういわゆるミルクの入った哺乳瓶であろうものを受け取る。
「これはね、哺乳瓶。 中身は赤ちゃんのミルクが入っているのよ。お口の中にこうして含ませてあげて。」
隣に、アニーを抱っこして座ったシスター・サリアがこうしてこうよ、と教えてくれたように大きな口を開けて泣くバビー君の口にそれを含ませると。
ごくごくごくっ!
力強く、喉を鳴らして飲み始めたのだ。
「飲んだ……。」
「それはそうよ。 あんなに大泣きして、出すものも出せば、腹も減るし、喉も乾くもの。」
そう言って笑ったシスター・サリアの顔は、慈しみに満ち子を抱く聖母像によく似ていて……私は、ごくごくとミルクを飲むバビーを見つめた。
お顔を真っ赤にして、口をしっかり動かし、ごくごくと飲む姿がとても可愛らしい。
「ミルクが終わったらみんなねんねの時間になるわ。 サリア、落ち着いたら、ミーシャにここの説明をお願いしますね。 ミーシャ、最初はゆっくりでいいの。 みんなに良く習って、頑張って頂戴ね。」
「はい! 先生!」
院長先生にそう言われ、私は大きく頷いた。
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