第2話 蘇る記憶

前半、いじめ被害者の表現があります。


***




「***ちゃんと仲良くしたら、もう遊んであげないんだからねっ!」


 そう言って、教壇のある場所から席についている私を睨みつけたあの子は、クラスのリーダー的な存在の子だった。


 お金持ちで目立つ容姿、そして強い言動に性格からいつもクラスのリーダー的な存在になるその子は、遊びの様にいつも誰かをターゲットにしていじめをしていた。


 皆がいじめのターゲットにならないように必死だった。 もちろん、わたしも。


 なのに何が気に入らなかったのだろう……ある日突然、そのターゲットは私になった。


 仲の良い友達か、使っている文房具か、着ている服か。


 原因は全く見当もつかなかったけれど、とにかく何かが彼女の気に入らなかったのだろう。 多分それだけの理由で、その日、その瞬間から、私はクラス中の全員、同じ学年の大多数から無視され、いじめられ始めた。


 朝学校に行くと、机の上を鉛筆で真っ黒にした後で消したような跡があった。


 机の中に誰の物ともわからない食べかけのおかずが紙に包まれ入っていた。


 机の上にはお花が飾られ、上履きがなくなって、鞄の持ち手が壊れていた。


 もう学校に行きたくない。


 そう言っても、親は行けとうるさかった。 だから学校に行くふりをして、どこか別の場所(公園や堤防)で時間を潰すようになったが、結局親にばれて怒られた。


 正直に話をし、担任と親が話し合ったが、先生は笑いながら、気のせい、もしくはいじめられた側にも何かあるのではないかといい、何もしてはくれなかった。


 その場では庇ってくれた親の視線も、そう言っている気がした。


 その日からは、何処にいても、針の筵だった。


 人の声は、悪口を言われているようで嫌なのに気になった。


 人の視線は、粗を探されているようで怖かった。


 人の笑い声は、自分が笑われているようで辛かった。


 わざとぶつかって来たくせに、汚いと言われることに傷ついた。


 一度だけ、昼休憩の時間に席に座っていたところ、大きな声で私へととれる悪口を言いながら黒板にそれを書いて笑っていたクラスメイトに「もうやめて」、と怒鳴ってしまった事があった。


 そうしたら、誰もお前の事を言っているんじゃないと責められ、突き飛ばされ、粉まみれの黒板消しを叩きつけられた。


 私は逃げて。


 逃げて。


 傷ついて、傷ついて、傷ついて……。


 それからは、みんなの視線から逃げるように息を殺し、気配を消してやり過ごし、何とか中学校を卒業し、逃げるように県外の高校に進学した。


 けれど、いじめられた3年間の心の傷は、自覚している以上に治りにくく、私はいつも卑屈で、人の顔色に気を付けながら言葉を選び、行動した。


 社会人になっても其れは一緒だった。


 上司に、先輩に、嫌われないように気を使い、仕事をし、言われたことはすべて引き受け……。


 そこにいる都合の良いだけの、何の特徴もない、替えの利く人間になっていたのだろう。


 気が付いたら疲れ切った顔のまま、小さな液晶画面の中の物語だけが、心落ち着く世界だった。


 しかし、すり減った心と体は回復することのないまま、いつの間にかベッドから起き上がれなくなり、手足が冷たくなって、寂しくて、悲しくて。


 あぁ、もう少し強い自分がどこかに居たら、どこかで人生を変えられたんじゃないかと……。


 後悔して、後悔して、自分の不甲斐なさに涙が落ちて、それから……。






「……っ!」


 目が覚めると、私はベッドの上にいた。


 体を起こしてあたりを見ると、見慣れたベッド、見慣れた室内、見慣れた空間……これはミズリーシャ・ザナスリーわたしの部屋、だ。


「お嬢様! お目覚めですか!?」


「……ここは、うちのお屋敷……?」


 ぼんやりと問いかける私に、侍女は頷いた。


「はい。 お嬢様はあの時、あのままお倒れになったのです。 すぐにこうしてお屋敷へ戻ったのですが……あぁ、すぐお医者様をお呼びしますね!」


 慌てて出て言った侍女の姿を見送って、私は夢を思い出してため息をついた。


 いやな夢を見た。


 じっとりと油汗をかくような、恐怖と悲しさの積み重なった、現実であったとしか考えられないような、夢。


 手に握っていた小さな液晶画面には、覚えがある。


 コンクリートのビル群に、色鮮やかないつまでも明るい夜。 騒がしい街、雑踏、人の波。


 そんな中でも、独りぼっちだった私。


 そして、慰めの代わりによく見ていた、エンターテインメントの中の、異世界転生を、果たしてしまったという事だろうか。


「……前世ってこと?」


 あの日、あの時、きっと私は人生の全ての判断に後悔し、泣きながら死んでしまい、この世界に生を受けたのだろうか。


 だとしたら。


「そんなのある? なんてことなの? そして、なんでこのタイミングなの? ……せっかく生まれ変わったのに、思い出すのが断罪イベント中なんて、あんまりだわ……。」


 人生は良い事半分悪いこと半分。 だけど、前世に悪いことをしたから人生悪い事ばっかり、とよく見たセリフだが、前世では辛い事ばっかりだったのに、転生した先では王太子妃として努力した末に捨てられて修道院行が決まったばかり。


 こんなの、あんまりだ。


(徳? 徳を積んでいなかったからって事? あぁ、もう意味が解らないわ、解らないけれど……ろくでもない人生再開って感じね。)


「はぁ~……。」


 ため息をついてから、ふと、気付いた。


(いや、この後ろ向きな考え方が駄目なのね? そうよ、前世は引っ込み思案に陰キャで、家族にも周りにも恵まれなかった人生かもしれないけれど、今世は違う! せっかく公爵令嬢に異世界転生したんだもの! 両親は優しいし弟もかっこいい! その上、くっそ面倒くさい貴族社会から逃げ出す機会をたった今ゲットしたのよ?!  このチャンスを無駄にすることはないわ! そう、そうよ! 前世も今世も関係ないわ! 自分の身は自分で守る! 人の目を気にせず、私は私を大切にして、絶対に幸せになってみせる!)


 そう決心した時だった。


「お嬢様、失礼いたします。 お医者様をお連れしました。」


 はっとした私は、いつの間にか握り絞めていた拳を緩めて扉の方を見た。


「どうぞ。」


「では失礼いたしま……」


「姉上! 目が覚められたと聞いて! 大丈夫ですか!?」


 お医者様を招き入れたと思ったのに、入ってきたのは私とそっくりの弟だった。

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