千釣は苦難を越えていく

朔菜 時夏

第1話 芹夏は千釣に絆される

5月、まだ夏と呼ぶには少し早いような、中途半端な季節。新入生の歓迎ムードの中、どの学年も少し背伸びしたままで日々を過ごす季節。そんな中、高校二年生の私、たちばな 芹夏せりかは悩んでいた。その悩みの原因は主にー

「ねー芹夏、ここからショートカット出来そうじゃない?」

…主に、この能天気な幼馴染み、海瑞うみみず 千釣ちづるにある。


千釣は小学校の時からの幼馴染みで、昔は病気がちだったのが中学三年生の頃から人が変わったように快活になった。千釣は小学校と中学校の大半を寝込んで過ごしたことに後悔を抱いているらしく、高校では初日から友達全員とLINE交換しようとして逆に引かれてしまっていた。それから約1年が経ち、私たちは2年生になっていた。千釣が高校最大の暴挙をやってのけたのは、2年生になってまもない、4月の終わりのことだ。


「帰宅部を結成する!?」

「うん」

「あのー、帰宅部って…作るものじゃないよね?部活に入ってない人達のことを総称してそう呼ぶだけだよね?」

「ん〜、まあ確かに普通はそうなんだけどね。でもさー、私ちょっと考えたんだ」

「何を?何を考えたら帰宅部を作るっていう暴挙に至るの?」

「暴挙って…言い方酷くない?」

「あ、それはごめん。でもおかしいよね?どういうこと?」

困惑する私に、千釣は言う。

「いやー、私って部活入ってないじゃん?それで『帰宅部』って言われるのがなんか嫌で…だから、帰宅部を作って、そこに入ったら部活にも入れるし、他の人も迂闊に帰宅部なんて言えないからいいかなーって」

「うーん…何か動機が不純すぎると言うか…しかも部活を作るには顧問の先生と3人以上の部員が必要なんだよ?大丈夫なの?」

「うん。顧問の先生は、ほら、化学の先生いるでしょ?あの先生に頼んで許可は貰ってるから」

「化学の先生って、水瀬みなせ先生のこと?よく許可貰えたね…」

水瀬先生は化学の先生で、常に言葉遣いに刺がある。特に化学が苦手な生徒には当たりがきついことで有名だ。もちろん私もその中に入るのだが。

「話してたら仲良くなってさー、その勢いで頼んだら良いよって言ってくれたんだー」

「それは…普通に凄いね。でも、部員はどうするの?最低でもあと2人は必要でしょ?」

「え?あと1人だよ?私と芹夏の2人だから」

「え?私も入るの?」

予想外の発言に思わず驚いてしまう。私も入ることになっていたのか。

「お願い!芹夏がいないと、私が部長とか絶対に無理だから!」

「部長もやらせる気だったの!?」と驚きの声を上げる。…まあ、千釣に部長を任せられるかと言えば、それに疑問が残るのは確かだ。部長になった暁には他の部員を困らせることが目に見えている。その光景を脳内で浮かべた私は、溜息をついて答えた。

「…分かった。私が部長ね?ただし、副部長は千釣だからね!」

「え、やってくれるの!?ありがとー…持つべきものは友達だねえ…」と大袈裟に喜ぶ千釣。なんだかしてやられた感じがしなくも無いけど、と改めて深く溜息をつく。

「…問題はあと1人部員を集められるかって所なんだよね…」私が言うと、千釣も少し表情を険しくして答えた。

「そーなんだよね…ちょっと時期的にずれちゃったから、1年生もほとんどは部活決めちゃったしね…ポスターは貼ってるから見てくれる人がいたらいいんだけど…あー、もうちょっと宣伝とかしてたら良かったー…」そう千釣が呻き声を漏らすと同時に、勢いよく教室のドアが開いた。


「すみません…帰宅部って、ここで合ってますか…?」

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