第6話 名探偵探偵

「では、アナタは昨夜、彼の自宅には一切立ち寄っていないと?」


「えぇ、だからそう言っているでしょう!」


「ニャー」


「では、アナタは昨日の夜、彼女と自宅には立ち寄っていないと?」


「えぇ、だからそう言っているでしょう!」


「………」


「なら、これは何でしょう?……アナタの部屋で見つかったこのカツラ、下着、そして香水。販売店に問い合わせて購入日を調べて頂いた所、日付は昨日。女装趣味がおありであれば他にも同様の品が数々見つかりそうなものですが、生憎女装グッズはこれだけ。不可解ですよね?」


「なっ……!勝手に家に上がり込んだのか!?い、言いがかりだ!」


「ニャー」


「なら、これは何でしょう?……アナタの部屋で見つかったこの髪の毛、上着、そして学生証。DNA鑑定を行った結果、この毛は彼女のものであると証明されました。当然上着と学生証も彼女のものです。明白ですよね?」


「なっ……!勝手に家上がって勝手に鑑定したのか!?な、なんか気色悪い!」


そして探偵は、凶行に手を染めた犯人を指さし吠える。


「アナタは昨夜、女性に扮して彼の自宅へ侵入し……そのまま彼を殺した。よって犯人は、アナタです!!!」


「くっ………!!」


「ニャー」


そして探偵は、淫行に手を染めた犯人を指さし吠える。


「アナタは昨日の夜、奥様が友人と会食している間に彼女を連れ込み……そのまま一夜を過ごした。よってアナタは、浮気をしている!!!」


「あの、一回止めてもらっていいですか」


「ニャー」


「この期に及んでどういうおつもりですか?まぁ、いいでしょう。何ですか」


「………………今じゃなきゃダメですか!?」




部屋には二人の名探偵。青のハンチングを被った探偵は隣を振り返り、赤のハンチングを被る探偵に向かって叫んだ。


そんな様子を、二人の目の前に座る黄色いベレー帽をかぶる犯人が、素っ頓狂な顔で眺めていた。


「ニャー」


「当然です。アナタの奥様は早急に事実の解明とアナタの謝罪を待っています」


赤ハンチングの探偵が声を荒げる。


「いや、でも今私、殺人事件の真相暴いてる最中ですよ!?そんな探偵の大サビみたいなタイミングで探偵の不貞をわざわざ暴きにくる事ってあります!?」


青ハンチングの探偵も声を荒げる。


「ニャー」


「私は、名探偵の大サビ中に名探偵の不貞を暴き大恥をかかせる事を生業としている、名探偵探偵なのです」


「マイノリティにも程がある!!!趣味も悪いし!!!………とにかく、こっちは殺人事件ですよ!?浮気事件如きで妨害してこないでください!」


「ニャー」


「如きとはなんですか!!……アナタの奥様は今、ひどく心を痛め床に伏している。つまり、アナタは彼女の心を殺したも同然。現場に血は流れていなくても、涙が一滴流れれば、そこに罪の大小はありません。アナタは決して消えない罪を犯したんだ!」


「なんで殺人事件側の探偵より名言っぽい事言っちゃうんですか!!そういうのはこっちが言うのが定石でしょう!」


「………」


「ん?急に黙って、どうしたんですか?」


「ニャー」


「失礼、一瞬眠気が差しましてね。アナタの御託に飽き飽きした結果でしょうか」


「殴るぞ!!」


「………」


「また黙って!今度は何ですか!?]


「ニャー」


「失礼。窓際に蝶々が飛んでいましてね」


「集中しろ!!」


「あの」黄色ベレー帽の犯人が、ここで声を上げる。


「はい?」


「白状します。……私は昨晩、周囲の人間に素性がバレぬよう女装をして、彼の自宅へ赴き、そして彼を……殺害しました」


「………ようやく、素直になって頂けましたね」


「そして、彼の自宅の隣にある家に、青いハンチングを被ったアナタと、一人の女子高生が一緒に入っていくのも見かけました」


「ニャー」


「………目撃者は、意外にも近くに居たようですね。さぁ、これで言い逃れはできませんよ」


「何で殺人事件側の名探偵が数的アウェーに立たされなきゃいけないんですか!!もうすぐ解決なのに!!」


「ニャー」


「さぁ、では殺人犯のアナタは警察へ自首を。浮気犯のアナタは奥様に自首をそれぞれお願いします」


「お前が仕切るな!!なんだ浮気犯って!!」


「はい。……では家族の事、よろしくお願いします」


黄色ベレー帽が立ち上がる。


その拍子に、一匹の黒猫が彼の膝から飛び地面へと降り立つ。そして赤ハンチングの探偵の足元まで歩を進め、脛のあたりにすり寄った。




「結局、浮気調査側の探偵が解決したみたいな感じで終わってしまった……」


「では、私はこれにて帰ります。……依頼主がいなくなってしまったので」


「はい?いなくなった?私の妻が依頼主でしょう?」


「私は、今部屋を出て行った黄色いベレー帽の彼から、”うちの飼い猫を探して欲しい”と依頼を受けていただけです」


「何を言っているのかさっぱりだ。名探偵の大サビを不貞の暴露で邪魔する名探偵探偵とか言っていたじゃないか」


「私は、名探偵の大サビ中に大恥をかかせる探偵を大捜索し捕まえて、依頼主の下へと送り届ける、名探偵探偵探偵です」


「付き合ってられないね」


「何処に行くんです?」


「………妻に自首するのさ」



青ハンチングの探偵は、両手を上げながら部屋を出て行った。



「………さて、では帰りましょうか。今日から私が、アナタのご主人ですからね」


「ニャー」



黒い毛並みに覆われた猫は、赤いハンチングを被る探偵に向かって鳴いた。



「え、何ですって?………ハハハ、まぁいいでしょう。この稼業では食えませんしね。ホームズは、アナタに譲りますよ」



部屋には二つの名探偵。いや、たった今、一匹になった所だ。


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