第9話 妻の特権

その①

 前略

 

 ハンスさんお久しぶりです。なかなか顔を出せず手紙ばかりですみません。先日注文頂いた薬をお届けします。代金はいつも通りバートさんにお渡しください。

 それから今回は村で採れた栗も一緒に送りますね。2袋送るので1つはリリアさんに渡してください。

 秋も深まり朝晩の冷え込みが身に染みるようになってきました。風邪などひかないようにご自愛ください。


                       ソフィア・ローレン


 10月も半ば。村は森で採れるキノコや果物など自然の恵みで溢れ、ウチも一年で一番忙しいと言っても過言でないほど薬が飛ぶように売れていきます。毎年のこととはいえ、村の人は森に入る度に傷薬が売れるいまの状況は個人的に嬉しくありません。

「ソフィーさん、そろそろ傷薬作った方が良いんじゃないですか」

「たぶん大丈夫だよ。ある程度村の人たちに行き届いたし、しばらくは出ないと思うよ」

「そうなんですか」

「毎年のことだからな。昔はソフィーも『薬が飛ぶように売れる!』とか言ってな」

「そんなこと言った覚えないんだけど⁉」

まったく心外です。確かに薬が売れればそれだけ経営は安定するけど、だからと言って村の人たちが怪我したり病気になるのは嫌です。出来れば健康でいて欲しいし、その為に時にはきつく言うことはあります。けど患者さんが増えたと喜んだことは無く、薬が飛ぶように売れたと嬉々したこともないはずです。たぶん。

「ま、ソフィーはああ言ってるけどしばらくは閑古鳥が鳴くだろうな」

「ちょっとその言い方はやめてよ」

「ま、まぁ。そういえば、この辺りも森って蜂蜜も採れるんですよね」

「うん。別に養蜂している訳じゃないから採れる量は年によって変わるんだけどね」

 この辺りを縄張り? にしているハチがいるのか村に接する森ではこの時期になると蜂蜜が採れます。ただ、この辺りのミツバチは気性が荒く、ほんの少し巣に近づいただけで刺しに来るので採集は慣れた人しか出来ません。

「今年はなにもなければいいねぇ」

「え?」

「去年は特にハチの機嫌が悪くて刺された人が多かったんだよ」

 ただでさえ気性の荒いハチなのに去年は例年以上に攻撃性が強く、ミツバチ渾身の一刺しに遭った人が続出しました。

「処置はお安い御用だけどなにもないに越したことは無いよね」

「ソフィー、おまえ……」

「え?」

「ソフィーさん、また……」

「わ、私がなにか言ったからって毎回なにか起きる訳ないでしょ!」

「サラ、とりあえず薬用意しとけ」

「そ、そうですね」

「ちょっと⁉」

 なんか私が疫病神みたいじゃない! っていうか、サラちゃんとエドって最近息が合ってるよね⁉

「サラが来て半年は経ってるんだぞ。息くらい合うだろ」

「私の方が付き合い長いんだけど⁉」

「なんで張り合うんだよ。つか、サラだけに準備させるなよ」

「誰のせいよ。まったくもう」

 鼻で息をしながら薬棚に向かう私はストックしてある虫刺され用の塗り薬を一瓶取り出します。

(一応、あっちも準備しておくかな)

ウチでストックしているのは腫れや痒みを抑える効果に重きを置いたタイプなので強毒性のハチに対しては専用の薬を作る必要があります。これまで強毒用の薬は使ったことないけど、備えるに越したことはありません。それはこの村で薬師をしてきて学んだ経験みたいなもの。使わないことを祈りつつ、私は薬研やエキス剤を作る為の煮出し袋を棚から取り出しもしもに備えました。

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