第48話 大型生物の正体
『っ! どうしたの!?』
「パンドラが何かを感知した。どうやら、この先に何かいるようだ」
『嘘!? レーダーには何も反応ないけど!?』
「ああ、こっちのレーダーにも――いや、僅かだが熱源探知に反応がある」
先程までは全く反応が無かったが、今は僅かに反応がある。
恐らく理由は対象との距離だろう。
……つまり、この先にいるであろう何かは、少しずつ近づいてきているということだ。
『流石は軍用レーダーね』
「これでも型遅れの廃棄品なんだがな」
現在パンドラに搭載されているレーダーは、軍人時代型落ちとなり廃棄処分されたものを
当たり前と言えば当たり前なのだが、火器や兵器を含む軍用の機器は、たとえ型落ちや故障品でもあっても買い取ったり私物にしたりすることはできない。
廃棄状況も含めてしっかりと管理がされているため、盗み出すことも困難だ。
しかし、逆に言えば廃棄後であれば管理情報には残らないので回収すること自体は不可能ではない。
それでも普通は修復不能なレベルで壊されるため回収したところでほとんど意味はないのだが、パンドラであれば固有兵装『キビシス』を使って再構築が可能だ。
パンドラは一度解体された関係でオリジナルのパーツの大半が失われているため、そうやって回収した軍用の機器で足りない部分を補っている。
正直コソ泥のようで少し嫌ではあったのだが、俺も親父も購入物から色々と勘繰られる可能性があったため、最低限必要な機器を手に入れるにはこの方法しかなかったのだ。
そして軍用とはいっても所詮は旧世代の機器であり、性能面やメンテナンス面で見れば一般市場に出回っているものの方が優れていることが多く、今となってはほとんど買い替えてしまっている。
そんな中、今でも使用している数少ない機器の一つが、このレーダーだ。
このレーダーは探知範囲こそ最新機種の半分以下でしかないが、実は熱源探知など探知できる種類と精度が優れているという特徴があった。
どんなものにも言えることだが、バージョンが新しくなるにつれて需要が少ない機能は外されたり重要視されなくなる傾向にある。
結果的に昔のバージョンの方が一部機能においては優れているため、今でも愛用されている――なんてことが実際は多々あるのだ。
このレーダーは正にそういった類の代物と言えるだろう。
恐らくはまだ生身の兵士による戦闘が多かった時代のレーダーなのだろうが、開拓者目線では中々の掘り出し物である。
地獄のロッククライミングでも役に立ったし、今後も何かと活躍する機会が多そうだ。
「前方約20メートルの距離に――っ!? 反応が消えた!? パンドラ!」
『いえ、近くにいます。警戒を』
熱源探知から反応が消えたということは、探知範囲外に移動されたか、何らかの探知欺く技術があるということだ。
そして、パンドラの認識が正しいのであれば対象はまだ近くにいるということになるため、恐らく前者ではない。
やはり、反応が薄かったことからも探知を欺く技術があると思って間違いないのだろうが……、そんなことが可能な生物などいるのだろうか?
『……反応が消えたってことは、完全に動きを止めたという可能性もあるわ』
「どういうことだ?」
『虫みたいな無脊椎動物は、爬虫類と同じで変温動物に属するの。そして変温動物っていうのは体温を一定に保てないから、基本的に周囲の温度と同じ温度になる。だから熱源探知にはそもそも引っ掛かりづらいのよ。でも、動いてるときは当然熱量が発生するから、さっきはそれで反応した……ってこともあり得なくはない』
「そういうことか……」
熱源探知は種類にもよるが、基本的に周囲との温度差で生物などの熱を検知するシステムと習ったことがある。
シャルの言う通り変温動物なのであれば、探知しにくいのも納得ができる。
しかしそれは――、
「まさか、本当に蜘蛛なのか?」
『可能性は少し上がったかもね。ただ、軍では熱源探知をかいくぐる技術も研究されているって聞いたことあるわ。完成されたかどうかは知らないけどね』
つまり、シャルはまだ蜘蛛だとは思っていないということだろう。
軍の技術は、未だ一般に出回っていないようなものも数多く存在する。
俺が知る限りでも、研究中と公表していながら実は既に完成している――なんていう技術も確かにあった。
だからシャルの想像も決して絵空事などではないのだが、正直この件に軍が絡んでいるとは思えない。
これは軍がこんな場所で何かしてるとは思えないだとか、何か根拠があるワケではなく、あくまでも俺の勘だ。
……そう、ただの勘ではあるのだが、元軍人という経験則に
実際、戦場ではこういった勘が死を回避する重要な要素にもなるので、少なくとも個人の責任の範疇であれば頼っていく方針だ。
「パンドラ! アーマーパージ!」
俺の声に反応し、パンドラの仮の姿であるボックスワンのアーマーが即座に解除される。
アーマーはパンドラの固有兵装である『アイギス』により構成されているため、解除に要する時間はコンマ1秒に満たない。
その前提で俺は機体を操作し、高速でその場から離脱する。
次の瞬間、ボックスワンのアーマーに白い粘液のようなものが降り注いだ。
『な、何事!?』
「蜘蛛(仮)から攻撃された。上にいるぞ」
『上!? 本当に!?』
「ああ、間違いない」
上から攻撃を受けたのだから、蜘蛛(仮)が頭上にいるのは間違いない。
ただ、シャルが信じられないとでも言うような反応をしたのも理解はできる。
先程蜘蛛(仮)が熱源探知に反応した際は、少なくとも20メートル近く距離が離れていた。
にもかかわらず、蜘蛛(仮)はほんの僅かな時間でこちらに全く悟られず頭上に移動していたということになる。
これはどう考えても異常だ。
『熱源探知は!?』
「……反応していない」
『嘘でしょ……』
動物でも機械でも、基本的に動けば必ず熱が生じるものだ。
だからこそ先ほどは熱源探知で捉えられたのだとシャルは予想していたようだが、今は全く反応が無い。
それに、ボックスワンを狙って放たれた粘液は明らかに数リッターはありそうだ。
つまりそれだけ巨体であることが予想されるのだが、そんな巨体が音もたてずに木の上を移動できるとは到底思えない。
「パンドラ、まだ反応はあるか?」
『あります』
「大雑把でいいから、方向を割り出してくれ」
パンドラは色々な情報を感知することが可能だが、神代のデウスマキナ以外の情報については精度が低く、参考程度にしかならない。
しかし、今はその参考程度の情報でも必要だ。
『位置は……、先ほど私のいた場所から、東に迂回するようにこちらに近づいてきているようです』
やはり正確な位置情報はわからないようだが、思いのほか精度の高い情報が得られた。
これならば、やりようはある。
「シャル! 東方向を最大出力で照らしてくれ!」
『っ! わかった!』
シャルのデウスマキナ――シャトーには、様々な環境を想定して多くの特殊な機能を備えている。
そのうちの一つに、広範囲を昼間のように明るく照らすことのできる高出力ライトがあるのだ。
シャトーから強い光が放たれる。
木々の乱立する森ではどうしても影は残るが、それでもかなりの高範囲が昼のように明るくなった。
そして、その光に怯んだのか、木のかなり上の方で枝を揺らす何かをカメラが捉える。
「そこか!」
反応してブーストで上昇するが、枝が邪魔で思った以上に速度が出せない。
そうこうしている間に、蜘蛛らしき何かは素早く別の木に飛び移り、そのまま森の奥へと消えてしまった。
「……すまん、逃がしてしまった」
『こんな環境じゃ、いくら高性能なデウスマキナでも追うのは無理よ』
速さには自信があっただけに、正直少し凹んでいる。
姿を捕捉さえすれば討伐など容易い――そんな甘い考えがあったことも否定できない。
猛省だ……
『で? アレの姿くらいは確認したんでしょ? 共有できる?』
「ああ」
映像データは常時記録されている。
管理はパンドラに任せているので、俺の反応を確認した時点で勝手にファイル共有が行われていた。
便利といえば便利なのだが、俺に確認することもなくデータ共有が行われるのは変な気分だ……
これは普通のAIでは絶対に体験できないし、恐らく誰もしたくないだろう。
『……蜘蛛ね』
「蜘蛛だな……」
結果的に、俺達二人の予想は外れたということになる。
悔しいという気持ちはないが、どうにも腑に落ちない感覚は拭えない。
『ところで、さっきの話の続きだけど――』
「ん?」
そういえば、さっき何かを聞こうとした瞬間にパンドラが何かに反応したため、話が途中で途切れたのを思い出す。
確か、物理法則やら生物の限界やらを無視できるなら――みたいな話だったよと思うが……
『大型の蜘蛛が時速300キロ以上のスピードで動くなんて、普通に考えれば不可能よ。もし実現しているのだとしたら、それは物理法則やら生物の限界やらを無視しているってことになる。……ねえ、この映像、カメラのせいかもしれないけど、蜘蛛の動きを捉えきれてないでしょ?』
「俺の外部カメラは市販の安物だが……、確かにブレているな」
パンドラに搭載されているカメラは、親父が元々所持していた外部カメラである。
防犯用に買った安物だと言っていたが、もしかしたら開拓者時代に使用していたお古だったのかもしれない。
『まあ普通のカメラなんてのは大体1秒に30~60コマくらいしか映せないように作られているから、余程の粗悪品でもなきゃ性能は似たり寄ったりよ』
シャルが言うには、一般的なカメラは人間が映像を捉えられる速度に合わせて作られているということらしい。
これは古くからあまり変わっていないらしいので、カメラの古さなども関係ないようだ。
『実際の速度は対象物が動いた距離から算出するから大体の推測になるけど、30fpsのカメラで被写体の映像がこれだけブレるってことは、恐らくこの蜘蛛は200キロ以上の速度で動いてる。それも、初速でね。それが音も出さず、枝も折らずに移動しているだなんて、絶対に異常だわ』
「……それはつまり、この蜘蛛が物理法則や生物の限界を無視している――と言いたいのか?」
『ええ。そして、それを可能とする存在は現在だと二種類しか確認されていないの。何かわかる?』
なんとなく予想はつくが、ここは敢えて聞きに徹することにする。
「それは、なんだ?」
『一つはドラゴンよ。ドラゴンは、あの巨体で飛んでることからもわかりやすいでしょ?』
「まあな」
ドラゴンは大きい個体なら数十メートルを超すものが確認されているが、どう考えてもあのサイズを翼で浮かび上がらせるのは不可能だと言われている。
しかも、戦闘機すらも追い抜かされたという記録が残っているため、明らかに物理法則や生物の限界を無視している。
『そして、これは言うまでもないけど、もう一つはデウスマキナよ。それも、神代のね』
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