機神冒険活劇カリュプス プロヴォカーレ ー未開の地を解き明かさんとする開拓者達の物語ー

九傷

第一章 ルーキーズカップ

第1話 Fランク開拓者の悩み


 ガタガタと揺れる窓、隙間風が入り込む薄くて脆い壁――そんな粗末な部屋で落ち着きなくゴロゴロと寝返りをうつ。



「…………暇だ」



 声に出してみるも、それに反応する者は誰もいない。

 部屋には自分しかいないのだから当然なのだが、別に気が狂ったわけでも見えてはいけないモノが見えているわけでもない。

 ただ、何も喋っていないと化石にでもなってしまいそうな気分だったというだけである。



 この辺境の島国、キャトルセゾン公国に亡命してから、約1ヶ月が経とうとしていた。

 手続きやら審査、その他諸々とすることは多かったのだが、最終的にはこの粗末な部屋に缶詰め状態となっている。

 亡命者の扱いが難しいことは理解していたつもりだったんだが、まさかここまで不自由な思いをするとは思っていなかった。

 元帝国軍人である俺は、実力こそ評価されていなかったが実績だけはそこそこにあった。

 だからこそ、この国でも歓迎されるだろうなどと楽観視していたのだが、むしろその立場こそが問題となってしまったようだ。

 どうやら、帝国における俺の評価は想像していたよりも高かったらしく、俺を引き渡す渡さないで相当に揉めたらしい。

 帝国での俺の扱いなんて、親父のオマケ程度のものだと思っていたから、それを聞いたときは正直驚いた。

 だからといって嬉しい気持ちには到底なれないし、むしろ迷惑なくらいなのだが……


 まあそんなこんなでようやく話がまとまったのが、つい先日のことである。

 結果的に、俺の亡命は無事に認められた。

 やや制約はあるが、基本的には自由の身と言っていいだろう。

 その要因となったのは、この国が中立国であることと、親父の配慮に因るところが大きかった。

 気難しく、父親としてはかなり問題のある人物ではあったが、このことばかりは感謝してもしきれない。



「親父……」



 約2か月前、親父は戦場に散った。

 俺は同じ戦場にこそいたが、その最後の瞬間をこの目にすることはなかった。

 大佐の話によれば、勇猛で、そして華々しい散り様だったのだそうだ……


 そして戦が終わり、軍葬で戦友達と親父を見送ったあと、俺は国を出た。

 それが親父とお袋の願いであり、俺の夢でもあったからだ。

 ……しかし、俺は早々に挫折しかけていた。

 理由は実にシンプルだ。

 ……金が無いのである。



(どうしたもんか……)




 俺は、親父とお袋の願い通り、開拓者としての一歩を踏み出した。

 開拓者ギルドにも登録はしたし、仕事も受けられるようにはなった。

 しかし、登録したての俺のランクは当然ながら最低のFランク。

 そんなランクでは仕事の斡旋もないし、未踏領域への挑戦権もない。

 これでは、普通に生きていくことすら難しい……


 当たり前だが、スポーツマンだろうが芸術家だろうが、みんな最初は駆け出しから始まる。

 そして駆け出しのころは、その職だけで食っていけるほど甘いものではない。

 だからそういった技術や実績がモノを言う職種の新人は、必ずと言っていいほど何か別の収入源や蓄えを用意している。

 開拓者もそれは同じで、初めのうちは二束三文で細かい調査任務をこなしながら、別口の仕事をこなして収入を得るのだそうだ。


 ……しかし、その別口の仕事で収入を得るという手段を、俺は取ることができなかった。

 理由は、亡命に際して俺に課せられた制約にある。


『デウスマキナを利用したあらゆる仕事に就くことを禁ず』


 一応、この制約には『ただし、これは開拓者としての活動を制限をするものではない』と続いている。

 これは開拓者が厳密には仕事、職ではないことを補足するための一文だ。

 さらに言うと、『軍務への関りを禁ず』という制約もあるのだが……、まあこちらはどうでもいい。

 問題はデウスマキナを仕事に使えないということだ。


 提供された住居のある町は、辺境の何もないところだった。

 そのせいか、どの仕事も人員が足りているらしく、新規のバイトすら募集していない。

 数少ない仕事の募集は全てデウスマキナ関係であり、俺は就くことができないという……



(せめて、デウスマキナを使用した運送業くらいは認めてくれたっていいだろうに……)



 多くの開拓者が副業にしているのは、そういったデウスマキナを利用した運送業や力仕事である。

 そのくらい良いじゃないかと思ったのだが、残念ながら国からは却下されてしまった。

 

 ……国から出た補助金も、既に底を尽きかけている。

 もしこのまま職を得られなければ、俺は餓死してしまうかもしれない。

 それだけは絶対に避けたいところだ……


 起き上がって小屋の外に出ると、備え付けられたボロい郵便受けへと向かう。

 国には現状の危機を伝え、何とか職を斡旋してもらうよう交渉しているのだが、届くのは大抵なんらかの技術を要する求人広告であり、どれもこれも俺には不可能な内容ばかりであった。

 本気で俺を殺そうとしているのかとも思ったが、毎日なんらかの求人広告が届くことから、一応は見捨てられていない……と思いたい。



「……今日のも駄目か」



 郵便受けに雑に突っ込まれていた求人広告。

 そこには急募、医術資格保持者、と書かれていた。

 全く、こんな広告を寄越すこと自体馬鹿にしているとしか思えない。



(元軍人の俺が、医術資格など持っているワケがないだろう……)



 軍でも応急処置などの技術は学べるが、本格的な医術など学ぶワケもなく、ましてや資格を取ることなど不可能だ。

 俺の経歴や資格については国に伝わっているハズなのだが、もしかしたら担当者レベルまでは通達されていないのかもしれない。


 広告を握りつぶし、そのまま適当に捨てようとして、この前ご近所の婆さんから怒られたのを思い出し踏みとどまる。

 仕方なく広場に設置されたゴミ箱まで向かい、腹いせのように力を込めて放り込んだ。

 すると、その勢いのせいか他のゴミが弾き出されてしまった。

 やることなすこと上手くいかない感じが、イライラを募らせる。



「チィッ! …………ん?」



 弾き出されたゴミを拾い、ゴミ箱に戻そうとするが、そのゴミ――チラシに書かれた内容に目が留まった。

 クシャクシャになったそのチラシを引き伸ばし、目を皿のようにして内容を確認する。



「…………これだぁぁぁぁっ!!!」



 人目も気にせず大声で叫ぶ。

 当然、周囲の人々からいぶかし気な目で見られるが、気にしている場合ではない。

 今日は5月7日、チラシに書かれていた日付は5月9日……、のんびりしている余裕はなかった。

 俺は急いで小屋まで駆け戻り、出発の準備を始める。



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