じいちゃんが昔作ってくれた刀(木の刀)を異世界に持って行ったら、聖剣の五倍の威力がありました。現実世界ではダメ人間でしたが、異世界では本気出します。

彼方

第1話 異世界召喚 

「すごいな。ほんとに飛ばされたんだ」


 目の前には荒野が広がっていた。乾燥してひび割れた黄土色の大地には大小様々な岩が転がっている。上を見上げると月のような星が浮かんでいる。


 ただし月とは違い、その星は赤褐色をしていた。大きさも月の半分ほどしかないように見える。今は夕方頃なのか日差しが斜めから降り注いでいる。


 見慣れない光景を前に俺、影山絢斗は異世界に召喚されたことを実感していた。


 俺は数十分前まで東京の外れにある田舎のアパートで絶賛引きこもり生活を送っていた。度重なる上司からのパワハラに耐えきれず、無職になったのが二年前の二十八歳の時だ。それからは会社員時代と学生の頃に貯めた金でなんとか暮らしてきた。


 しかし、そんな生活もついに限界が来た。この十二月で貯金もなくなりそうになったため、親に頼み込み実家に帰らせてもらう話になっていた。


 そして引っ越しの前日の夜中、夕食を買いにコンビニに出かけた俺は信号無視のトラックにひかれ命を落としたのだった。


 目を覚ました場所は光に包まれた真っ白な空間だった。目の前に立っていたのは白い服を着て白い髭を生やしたいかにも神という風貌をした男だった。


 そこで俺は自分が命を落としたことを知ったが、ショックはあまりなかった。もしかしたら、ようやくこの辛い人生から離れることができた、という安心感の方が強かったからかもしれない。


 命を失ったというのにそんなことを考えてしまうほど、俺は典型的な社会不適合者であり社会的弱者だった。


 しかし、そんな俺に神はある契約を持ちかけてきた。召喚先の世界である条件を満たせば、命を落とす十秒前に時間を戻してやるとのことだった。


 話を聞いて俺は即座に断った。もう一度生き返るなんて懲り懲りだったからだ。

 しかし、次に神が言った一言で俺は心を揺さぶられることになった。


「このまま死んでいいのか? 両親が悲しむぞ」


 その言葉は俺の心に重くのしかかった。


 今まで、人生でうまくいかない俺をなんだかんだ言いながら見守ってきてくれたのは両親だった。一週間前も突然実家に帰りたいと言った俺を暖かく受け入れてくれた。


 電話の際に言われた「気をつけて帰ってくるんだよ」と言う母親の優しい声が脳裏に浮かび俺は結局、神と契約してしまった。


 契約をした後に、何が悲しくてもう一度あんな世界に戻らなきゃいけないんだとも思ったが、両親が悲しんでいる顔を思い浮かべるといたたまれなかった。俺は神が出す条件を聞いてみることにした。


「惑星ハロにある国、リルベルト王国の中で冒険者として実力をつけ、三年以内に【闇の覇者】と呼ばれる魔王を倒すこと」


 というのが条件だった。あまりにも抽象的だったので、詳しく聞いたらなんでも、その世界では三年後に【闇の覇者】が復活し、世界を滅ぼしてしまうらしい。

その破滅の未来を変えられたら、俺を生き返らせてくれるようだ。


 難易度はかなり高いが時間を戻すにはそれぐらいの成果は必要だという話だった。他にも神から細かい説明は色々あったが、まとめると言葉や文字は俺にわかるように自動翻訳してくれるがそれ以外の手助けは一切しないとのことだった。


 最終的には自分で決めたとはいえ、あまり乗り気にはなれないまま、俺は神によってこの星に召喚されたのだった。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 俺は荒野に独り立ち自分の体を見回す。服装は上下黒のスウェットに茶色のサンダル。死んだ時と同じ格好をしていた。


 それを見て、俺は、

(神様! もう少し配慮してくれよ。上下黒のスウェットって、明らかに変だろ!)

と内心愚痴をこぼす。まぁ、別に俺におしゃれなんて必要ないけどさ……。


 ちなみに俺は百七十センチメートルと成人男性としては平均的な身長をしている。しかし、体重は中学の頃からの不摂生もあり八十五キロと太り気味だ。


 髪はしばらく美容院にいってないため伸び放題になっている。髭も2週間前に剃ったのが最後だ。また中途半端に伸びてしまっている。


 死ぬ前にコンビニでトイレを借りた時に鏡で見たが自分の姿があまりに薄汚く、笑ってしまった。この服装は流石に良くないとさすがの俺も思う。どこか町に着いたら身だしなみは早めに整えよう。


「でも、良かった。ちゃんと刀も送ってくれたんだな」

 

 俺は地面に落ちていた三本の刀の内、いちばん長い刀を拾い上げた。


 異世界に召喚されるが決まった後、神から一つの提案があった。何か異世界に持っていきたいものがあったら三つだけ一緒に召喚してやると。


 俺はしばらく考えた。初めスマホを持っていこうと思ったがよく考えたら電波もないしインターネットもない。その上充電が切れたら終わり。そのことに気づいた俺は、スマホを持って行く考えはすぐさま却下した。


 そのあと、何が必要かよく考えたが特に思いつくものがなかったが、しばらく考えた末俺は、昔じいちゃんが作ってくれた三本の刀を持っていくことにした。


 刀と言ってももちろん本物ではない。じいちゃんが小学生の低学年ごろの俺のために作ってくれた木の刀だ。


 刃も柄も全て木でできている。しかしじいちゃんは刀身には銀色の色を塗り、柄にはそれっぽい布を巻いてくれた。しかも鍔まで付けてくれているので本物にかなり近い出来となっている。


 中学生の時にじいちゃんは死んでしまったが、この三本の刀を持っていると不思議と心が安心したため、ずっとお守り代わりにしてきた。


 不登校になったときも、受験に失敗した時も、会社に行けなくなった時も。いつも……。


俺は一つの刀を拾い上げた。


「ふぅー。やっぱりなんか心が安心するんだよな。これを持っていると……」


見知らぬ世界に来て、様々な不安が浮かんできていたが、じいちゃんの刀を掴んでいると不思議に心が落ち着いてくる。


 

 じいちゃんが作ってくれた刀は三本ある。


 今持っているいちばん長い刀が「ゼウス」。小学生ながらギリシャ神話の神の名を一生懸命調べてつけた名前だ。おそらく一メートルくらいの長さだ。じいちゃんが作ってくれた刀の中でも一番のお気に入りだった。本物みたいに反った刀身と、銀色の刃が美しい。

 

 ゼウスは空間を切り裂く斬撃を飛ばすことができる。という設定を考えて遊んでいた。カーテンを何度切りつけても少しも切れなかったが……。


 下に置いてあるゼウスより二十センチメートルほど短い刀は「シヴァ」という名前だ。当時流行っていたゲームに登場する神から名前をつけた。

 

 シヴァは氷属性の魔法を繰り出すことができるという設定だった。頭の中で創り出した架空のモンスターを何度も氷漬けにしてきた。


 そしてもう一つ、俺の足元に置いてある短刀は「アグニ」という名前だ。家のパソコンを使って火の神様の名前を調べてつけた。

 

 アグニは刀身から灼熱の炎を放出させ、敵を焼き殺すという設定だった。じいちゃんに技を放つ度に、苦しみ悶える演技をしてくれたっけ……。



「懐かしいな……。昔みたいにちょっと振ってみるか!」


 俺は手につかんでいるゼウスを軽く左下から右上に切り上げてみた。すると、


「ザンッ」

 

 という音と共に青白く輝く斬撃が放出され物凄い勢いで飛んで行った。百メートルほど先にあった巨大な岩が真っ二つに切断され崩れ落ちた。斬撃はなおも奥へ飛んで行き、見えなくなった。


「えっ……??」

 俺は目の前で起こった出来事が理解できず、しばらくの間フリーズしてしまう。


「俺がやったのか? 嘘だろ?」

 俺はあたりを慌てて見回したが見渡す限りの荒野が続いているだけで人間どころか生き物の姿も見えない。


 俺はじっとゼウスを見ると次に、斜めに切断され、滑り落ちた岩を再び見る。岩が落ちた衝撃であたりには砂埃が舞っている。


「まさかな……」

 俺はゼウスを頭の上で構えると、まっすぐ下に振り抜いた。するとまた、


「ザンッ」

という激しい音と共に再び、斬撃が刀身から放出された。先ほどより強く振ったためか斬撃はさっきよりも大きい。十メートル超えると思われる長さの斬撃が地面を切り裂きながら飛んで行き見えなくなった。

 

 切り裂かれた地面には一センチほどの幅の溝ができ、どこまでも続いていた。


「なっ? なんだこの刀!! ただの木刀のはずだろ!」


 地球から異世界に届くまでになにか不思議な力が加えられたのか? それともこの世界の武器は全て魔法が使えるのか?


 俺は必死で考えたが、いくら考えても答えなんてでない。


 (落ち着け、俺。今わかることは、じいちゃんが作ったゼウスに不思議な力が付与されているということだ。理由はわからないけど、これは悪いことじゃない……いや、むしろ良いことだろ。俺が昔想像していたような斬撃を放つことができるんだから……。)


 未だ現実とは思えない出来事に、動揺しながらもじっとゼウスを見る。ゼウスは不思議といつもよりも輝いて見えた。


 俺はしばらく呆然としていたが、ふとあることが気になり視線を落とした。そこには脇差のシヴァと短刀のアグニが横たわっている。


「ま、まさかな……」

 俺はゼウスを地面に置くと、右手で脇差のシヴァをつかみ、左手で短刀のアグニを掴んだ。


 俺はシヴァを掴んだ右手を軽く上から下に振ってみた。すると、

「ピキピキピキ」

 という音と共に刀を降った先の地面が凍りついていった。


「まじか!」


 子供の頃思い描いていた通りの光景に胸の鼓動が高まっていく。


「落ち着け俺。こっちも試してみよう」


 俺は左手に持っていたアグニを軽く右から左へ振ってみる。すると、刀身から


「ゴオォーー」


 という激しい音と共に激しい炎が放出された。太さが一メートルはある火柱が地面を燃やしていき、炎の刃が通った先は黒く焦げていた。


「すごい! 全部子供の頃に想像していた通りだ!! いや、でも……」


 お守り代わりに持ってきた刀たちの新しい力を見て、飛び上がりそうになるほどの喜びが込み上げてきたが、俺はすぐにその感情を押さえ込む。


「ふう。そんな上手い話あるわけないよな」

 俺は小さくため息を吐くと、冷静に思考を巡らせる。そして、しばらくすると一つの結論が導き出された。


(わかったぞ。きっとこの世界は武器の威力がめちゃくちゃインフレしてる世界なんだ。木でできたおもちゃの刀でこんな威力があるんだから……。間違いない。街で売ってる武器やこの世界の人間が使っている武器の威力はこんなもんじゃないはずだ)


「はぁ……」

 思わず深いため息が出てしまう。この世界は思っていたよりも大変そうだ。武器がインフレしているってことはモンスターや敵だってその分強力なことは間違いないだろう。


 (俺にはこんな世界で生き残っていく自信なんてないぞ……。どうしよう……)


 異世界に召喚されてから数分で俺の心は不安でいっぱいになった。





















 

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