ジャスティスシャークVS人喰いザメ
加賀倉 創作
第一話『変なサメ』
あまり気持ちが良い、とは言えない海中を、ひっそりと泳ぐ。ああ、むしろ暑い。水面を切る背びれが、強い日光を浴びて日焼けしてしまいそうだ。定期的に深く潜って潤いを与えてやらないと、カサカサになって、ひび割れてしまう。まぁ、これが武器になったりもするんだがな。陸の方から、キャーキャー騒ぐ人間どもの声が聞こえる。フワフワとした玉を手で弾く遊びをしているが……あれ、楽しいのか? 水中でもこれだけ暑いんだ、あいつら、どうかしているとしか思えない。あれか? あまりの暑さで頭がおかしくなって、もはや暑さを感じないとか? だとしたら、危険だ。そろそろ休憩してもらわないと、熱中症患者、ひいては死人が出てしまう。ここ、
あっという間に、人間が僕を視認できる距離までやってきた。そろそろ、騒ぎ出すぞ……
「きゃあ! 巨大なサメがいるわ!! 誰か助けてぇ!」
「みんな聞いたか! サメだ! サメが出たぞ! 逃げろ!!」
お、今日もみんな、元気に騒ぎ始めた。でも安心して欲しい。僕は、ビーチフェンスの内側、つまり遊泳区域には入らないと決めている。誰も襲わず、こうやってただただウロウロしているだけで……ほら、人間たちはみんな、一目散に海の家の方へと逃げていった。ああ、満足満足。
僕は、目的を果たしたので、砂浜の近くからは距離をとって、
「よいしょっと」
そう言って、太い後ろ足で、岩盤に一歩踏み込み、体から海水を滴らせながら立ち上がる。が、岩のぬめりがものすごいことに気づく。僕の長大な体、五メートルの体が、ふらついて、ついにずっこける。アイタタ。仰向けに転んでしまった。情けなくも、四肢をバタバタとさせて体勢を整えんとする。そうしてなんとか体を翻し、四つん這いの姿勢になって、今度は安全策、四足歩行で岩を歩き始める。視線を上げると、なんと、小学生低学年くらいだろうか、一人の、海パン姿の少年と目が合った。
「……」
少年は、まるでお化けでも見たかのように、顔が凍りついている。無理もない。体長五メートルの、人相の悪いサメ。それに、人間の脚が二本、尾っぽの付け根あたりから伸びている。上下の大顎は、無数に生える歯のせいで、ノコギリのみたいだ。もし僕を人間として扱うなら、銃刀法違反。しかも喋る。普通、サメが「よいしょっと」なんて言うか!? 言わない。絶対におかしい。本当に、驚かせてごめんね、でも、僕は君が想像するほど悪いやつでもないんだ。
「シーっ」
僕はそう言って、大きな胸びれを尖った鼻先に当てて、少年が叫ばないようにお願いをする。というか、このジャスチャー、伝わっているのか?
「おじさん、何してるの??」
少年は確かに、僕を指さして、『おじさん』と言った。まさかの反応だ。人間のおじさんの要素は、僕にはないはず。あ、オジサンって名前の魚は確かにいるよ? でも僕はどう見ても、サメだ。そもそもこんな小さな少年が、オジサンなんてマニアックな魚を知っているはずはない。いや、待てよ、おじさんというのは……。自分の後ろ足を見る。そこには、黒々とした
「少年よ、安心しろ。僕は、人間を襲わない。あと、おじさんを見たことを、誰にも言っちゃいけないぞ? 心の中にしまっておくんだ。夏休みの絵日記に書くのも、だめだ。わかったね?」
すると、少年は、黙ったまま、素早く頷くと、猛ダッシュで去って行った。
今、人間を襲わないと言ったが……実を言うと、人間は憎い。事実、僕をこんな醜い姿……サメ人間に変えたのは、人間だ。
僕は、元々は正真正銘のサメだった。だが三年前、憎きマッドサイエンティスト、
そういうわけで、僕は人間に対して、あまり良い印象を抱いてはいない。だが、数年経って、人間にはいいやつもいると知った。
そのいいやつというのは……
おやっさんだ。
御年八十歳のおやっさんは、たった一人で海の家を経営している。十年前までは、奥さんと二人でやっていたそうだが、悲しいことに、事故に遭って先立たれてしまったという。だが、そんなことを思わせないほどに、毎日元気に働いている。そんなおやっさんは、三年前のある晩、砂浜に打ち上げられていた瀕死の僕を、助けてくれた。地獄のような実験場から命からがら逃げ、なんとか辿り着いたのが、この
一つには、人々の健康。
人食いザメの恐怖を演出して、海水浴客を涼しい海の家の中へと追いやる。そうして、誰一人熱中症にならないよう、定期的に休憩するように仕向ける。楽しいはずの海で、人が苦しんだり、亡くなったりしてほしくないと言っていたな。おやっさんには、海の家の経営者としての責任と、誇りがあるのだ。
もう一つは、おやっさんのお宝。
竿陸海岸から約一海里沖の海底には、おやっさんが十年前に見つけたという、お宝が眠っている。その名も、『願い石』。それを使うと、一つだけ、何でも願いが叶う。巨万の富、天才的な頭脳、超人のような肉体。なんでも得られる。もっとすごいので言うと、死人を生き返らせることもできるそうだ。そんな誰もが欲しがるような力を秘めた石は、人目につくようなところに置いてはおけない。そういうわけでおやっさんは石を海底に隠し、僕が沖をうろうろすることで人喰いザメがいるという演出をして、人が近づかないようにしてくれ、と頼んだのだ。でも、一つ気になるのは、おやっさんが嘘をついていないなら、勿体ぶらずに、亡くなった奥さんを生き返らせたらいいのに、という点だ。僕だったら、間違いなくそうする。
今日はもう、みんな僕を怖がって海に入らないだろうが、ここには来るかもしれない。さっきの少年が、悲しくも約束を破って、警察を連れて来ないとも言い切れない。こんな真っ昼間に、僕は陸にいてはならない。また誰かに見られてはいけないのだ。僕はしばらく、海水が比較的低く気持ち良い沖で、ぼーっとすることにした。
***
夕暮れ時。
波打ち際で、おやっさんと一緒に、真っ赤な太陽に向かって仁王立ち。
手には、まかないのかき氷。
僕の方は、手というよりも、胸びれだけど。
左の胸びれの上に、かき氷の容器をバランス良く乗せている。
慣れたものだ。
水平線に沈みそうになっている夕陽を眺めながらのかき氷は、格別だなあ。
「やはりかき氷は、『みぞれ』に限るな!」
おやっさんが、そう主張する。
「何言ってるんですか、至高なのは『イチゴ』ですって! 絶対に!」
「いいや、お前はかき氷とはなんたるかを理解していな……ッゴホンゴホン!」
咳き込むおやっさん。
「おやっさん、夏風邪ですか? 海風に当たりながらかき氷なんか食べたら、余計に体が冷えて、悪化しますよ?」
「いや、大丈夫だ。気にするでない」
おやっさんは、勢いよく、赤いシロップのかかったかき氷を、口にかき込んだ。
まかないのかき氷は、美味い。僕の好みの、イチゴ味。それも、シロップをビシャがけしたやつだ。真っ赤な着色料で口の中が血にまみれたようになるから、サメ時代の記憶が蘇るのだ。
「最近の海は、昔に比べたら、随分と水温が上がってなあ」
「ですね。今日も、ずいぶんと温かったですよ。もっとキンキンに冷えた水がいいです」
「なあに言ってるんだお前さん! サメは、あったけぇ海の方が好みと違うか?」
「僕はサメじゃありません。元サメですけど、今はサメ人間です。暑いのは、苦手です」
「そうかいそうかい、なら好きなだけやるよ、かき氷。シロップは、使い過ぎ厳禁だがな!」
「ええっ! そんなぁ! このために働いているようなものなのに……」
「ガハハハハ! 冗談だよ。うちのかき氷は、氷の方が高いんだ。いいとこのを使ってるからな。シロップなんてただの赤い砂糖水。好きなだけ使ってくれい!」
「やった! おやっさん! 一生ついて行きます!」
「お、言ったな? その言葉、責任持てよ?」
「もちろんです!」
今日も、おやっさんと食べるかき氷は、とても美味しかった。
〈第二話『サメ人間VS人喰いザメ』に続く
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