第6話 おうちを作ろう②
「もしかしてリーリエは、エルフだけど相当若いんじゃないのか?」
そういえば違和感を覚えていた。
彼女は性的な行為にだいぶ嫌悪感を持っていたようだけど、一般的にエルフは性に淡泊だと言われている。
長命で人生経験豊富な上に、子供もできにくいのがその理由だ。
俺は彼女が嫌がっていたのをプライドの高さ故かと思っていたのだけれども、もしかすると単純にまだ若くて経験が浅いだけなのかもしれない。
「わ、私は……」
俺の言葉に俯いてしまうリーリエ。
しばらくそのままの彼女だったが、やがて思い立ったように果実酒を手に取り。
「お、おいそんなに一気に飲んだら!」
「ぷはっ! 問題ありません」
「おいおい、だからやめろって」
「ぷはぁ!」
特別強い酒ではないが、飲み方ってものがある。
案の定、彼女の目は座ってきた。
「大丈夫れす。この程度のおしゃけ」
呂律が怪しい。
「そーですよこべるさま、わたしはまだ、こべるさまに毛が生えた程度しか生きていません。うまれて20ねんそこそこです」
――珍しい。
長命種であるエルフはあまり子供を作れないし作らないという。
そんな中で、生まれてまだ20年そこそこの彼女。
どういう経緯で、彼女のような子が奴隷になってしまったのだろうか。
さすがにそこまではまだ聞くことはできない。
俺は彼女に「そっか」とだけ答えた。
「そっか、じゃありましぇん。なぜそんな若年エルフが奴隷になっているのか、キョーミ津々といったお顔をしてらっしゃいまふ!」
「あ、はい」
しまった顔に出てしまったか。
リーリエは聡いからな、人一倍気を使って付き合っていかないとならないはずだったのに迂闊だった。
「わたしの年齢を知ると、人間は皆そういった顔をするんれす。だから知られたくもない。エルフにだっていろいろとあるんれすよ!」
「いやすまん。こちらも色々と不躾だった。確かに興味はあるのだけれど、会ったばかりの日に聞けるようなことじゃないよな」
言いたくないことなんて人には山ほどある。
そこに踏み込んでしまった愚かを反省した。
「……強引に、詰問してこないのですか?」
「そんなことをしても仕方ない。リーリエが本当のことを言ってくれるとも限らないし、そもそも俺は、おまえと仲良くなりたいと思っているのだから」
「なか、よく? 奴隷とですか?」
リーリエは不思議そうな顔をして、俺の方を見た。
「そうさ。奴隷であるおまえと、だ。言わなかったっけ、リーリエとの出会いは俺にとって人生の転機だったと思っているんだ。そんな相手と、仲良くやっていきたいと思うのは当然のことだろう?」
「…………」
無言のまま、俺の顔を見続ける彼女だった。
この間はどうにも恥ずかしい。ちょっとキザなことを言ってしまった自覚もあるだけに、キョドりそうな俺だ。
ちゃぶ台返しして「なーんちゃってな!」とでも言いたいのを我慢して、俺も俯く。
「ふふ」
と不意にリーリエが笑った。
「言いませんでした? そういう態度は舐められてしまいますよ、奴隷に」
「そうかもしれない」
「でも」
リーリエが俺から目を逸らして。
「コヴェルさまには、そのうち語る機会があるかもしれません」
「え?」
「ふふ、なんでもありません」
そういうと突然彼女はコロン、と転がった。
頭が、俺のあぐらをかいた膝の上に乗る。
え!? と驚く間もなく寝息を立てているリーリエ。あまりお酒に強くはないんだな。
寝顔をじっと見る。
彼女は美人顔だけど、あどけなさも残っているような気がした。
それはさっき、俺が彼女の年齢を知ってしまったからかもしれない。
そっか、リーリエはまだ子供なのか。
それならなおさら、俺が守らなきゃならないんだろうな。
ふあぁ、彼女の寝顔を見てたら俺も眠くなってきてしまったよ。
まだまだ、やらなきゃならないことが山ほどあるんだ。
寝てる、とき、じゃ……ない。ぐぅ。
◇◆◇◆
こういう力仕事をするのは久しぶりだった。
だからついつい眠気に負けてしまったのだと思う。
俺が起きたのは夜が明け始めた頃だった。
夜も寒くはない時期だが、夜明けはさすがにちょっと冷える。
自分のくしゃみで起こされたのだ。
膝の上に重みを感じて見てみると、リーリエの頭がそこにあった。
昨晩のことを思い出して、頭を掻いてしまう俺だ。改めて不躾な問いだったな、と思わざるを得ない。反省しよう。
彼女の上になにか毛布でも掛けてやろうと思いマジックポーチを取り出したそのとき。 膝の上でパッチリ目を開いたリーリエと目があった。
「や、やあ。おはようリーリエ」
「……お、おはようございますコヴェルさま」
彼女はしばらく目をしばたかせたあと。
「いっ、いやあのっ!?」
自分が俺の膝を枕にしていたことに気が付いたのか、顔を真っ赤にした。
「申し訳ありません、私、そんなつもりでは!」
パッと正座に座り直し、恐縮するリーリエ。
どんなつもりだったのか、とそのままリーリエの話を聞いてみるに、どうも彼女は昨晩酒を飲んだあとのことを全て鮮明に覚えているらしかった。
「コヴェルさまはご主人さまなのに、私ったらなんとご無礼を!」
「いいよ気にしてない。というか、俺が無神経だった。すまない」
笑って俺は立ち上がる。
それじゃ昨晩の続きをするか。
俺が横に立てかけておいた魔法の斧を手に取ると、リーリエも立とうとした。
「起きたばかりだろう? リーリエはまだ休んでいてくれ」
「そうはまいりません。私も働きます!」
「ダメだ。怪我をしたら大変だからな」
「……わかりました」
「いいよ。それならそこで、夜食のあと片づけを頼む」
「はい、コヴェルさま」
俺は木の根元まで歩いて、よっこい……しょ、っと斧を振り上げた。
「重そうですね、それ」
「少しな。普段こんな重い武器を使うわけでもないから、ちょっと大変だ。でも木を伐るなら斧だろうからな」
「大変そうです」
リーリエがそう言った、刹那。
彼女の胸から輝きが漏れ出した。
「え」「あ」
俺たちは目を合わせ、相互に了承を得る。彼女の『中』に手を入れる俺。
彼女の中から出てきたのは、片手斧だった。
片手斧……? 軽いな、斧なら重い方が良いんだろうが、でも。
「なんだろう、強い魔力を感じるぞ」
「そうなのですか?」
斧の持ち手には人差し指のところにトリガーがあり、それを引いてみると刃身が青白く光り出した。
俺は立ち上がり、その片手斧で近くの木に切り付ける。
「あっ!」
まるでバターでも切ったかのように、刃先が通った。
その結果。
木が倒れた。一瞬で。さっきまで魔法の斧で切り倒していたような木が、ほとんど労力掛からずに伐採できてしまった。
「凄いな。こんな切れ味の斧……というか刃物? は手にしたことがない」
「そ、そうですね。確かに凄そうです」
「この先の仕事が捗るよ。出してくれてありがとうリーリエ」
「いえ、あの、その。どう、致しまして……?」
礼を言う俺に、彼女は反応に困るといった顔で笑った。
こりゃいいな、あっという間に作業が終わりそうだ。
大雑把な力仕事の部分さえしてしまえば、あとの作業は『小人さん』に任せてしまえる。
「小人さん?」
おっと、声に出ていたのか。
リーリエが不思議そうな顔をして小首を傾げていた。
「そう、小人さん。……んー、あっちもそろそろ一段落してる頃かもな。ちょっと覗いてみるか?」
「え?」
俺は彼女の手を取ると、また二人で地下の隠し部屋へと潜っていった。
「な、なんですかこの子たち!」
「ふふふ。凄いだろう『小人さん』たちだ」
茶色のトンガリ帽子に緑のダボダボ服。
いま俺たちの目の前では、手のひらサイズの『小人さん』が何十人も連なって、隠し部屋内を居住環境として機能するように改築する作業が繰り広げられていた。
各間にドアを作り、ベッドを作り、床の修繕や掃除もしている。
列をなして整然とそれらの作業をしてくれている『小人さん』たちは、俺が隠し部屋で見つけてきた一種の『ゴーレム』みたいなもので、命令を聞いて日常的な作業をお手伝いしてくれるのだった。
「まあ……ありものの材料で作業をしてしまうのが難点ではあるのだけど」
俺が苦笑したのは、ベッドや一部のドアが、金銀を材料として使われてしまっていたからだ。
ベッドに横になってみたが、うーん、固くてとてもじゃないけど寝心地が良いとも言えない。
「小人さんたち。ここに材料を出しておくから、ベッドはともかくドアは木で作り直してくれ。金のドアは重くて開けるのが大変だ」
そういってマジックポーチから、さっき伐採した木をニューっと取り出すと、小人さんたちがワラワラと駆け寄ってきて原木を木材に変え始める。
「か、かわいい……!」
リーリエは小人さんたちが気に入ったようだ。
一匹を手のひらに乗せて、しげしげと観察していた。
「だいぶ形にはなってたけど、もう少し掛かりそうだ。下は小人さんたちに任せて、俺はもうちょっと上で作業しようかね」
ぴょこぴょこと動き回る小人さんたちを避けながら俺たちは地上に戻った。
作業の再開だ。
俺はリーリエが出してくれた魔法の片手斧でさらに木を伐採し、彼女は家の土台に土ブロックを積み重ねていく。休んでおけと言ったのに、どうも休むのは性に合わないらしい。
仕方ないか。好きにやってもらおう。
土台の上に壁となるブロックを少し積んで貰えたら、あとは小人さんたちに任せるつもりだ。
木は屋根にする。
自然な通気のできる構造にして、快適さを維持したいからだ。あと、土だとなにかあって屋根が落ちたとき、重さで圧死しかねないから、という理由もあった。
それにしても、この片手斧は凄い。
トリガーを引いて使うと、刃物としても使える。しかもこんな切れ味のよい刃物は、前世で経験したことがない。
さすが魔法の世界だなと思った。
というかこの世界においても、かつて見たことがない切れ味だ。
リーリエの中からは、だんだん良い『武器』が出てきている気がする。
理由はわからないけど、彼女の気持ちに左右されているのかもしれない。さっきのリーリエ、最後はなんだか気分良さそうだったしな。
「はは」
と作業をしながら思わず笑いが漏れてしまう。
やっぱりワクワクする。
もしかして、この先もっともっと良い武器に進化していったりして。
なにせ彼女の中にある隠し部屋は『深くて広い』。
それが毎回手を突っ込んでいる俺にはわかるのだ。広大な隠し部屋の中から、彼女の気持ちに沿った武器が、俺の手に収まってくるような気がしている。
彼女との今後は、本当に楽しみだ。
◇◆◇◆
家づくりは、結局一週間掛かった。
一週間も、というべきなのか一週間しか掛からなかった、という言うべきなのか。
その辺はイマイチ判然としないが、出来上がった家には満足している。
六畳間ほどの大きさの部屋が地上に4つ。
そのうちの一室は地下への通用門だが、それでも居住空間となる部屋は三つ。
台所やリビングも作った。
ぶっちゃけ広い。
お風呂が作れなかったのは残念だ。そのうちに拡張して、小さなものでも構わないから湯舟をどうにかしよう。なにせ俺の心は半分現代人、どうせ家を持つならお風呂も欲しい。
「凄いですね。本当に完成してしまいました」
「小人さん大活躍だったろう?」
「そうですね。私たちが寝てる間も夜通し働いてくれましたし」
小人さんたちは、よく働いてくれた。
そのうちまた改築を頼むときに使おうと思う。
最後に家の中心に
これで魔物や泥棒といった、悪意や害意ある者は家に入れない。
「こっちをリーリエの部屋として使ってくれ。俺は隣のここを使うから」
「まさか奴隷の身で自分の部屋を持てることになるとは思いませんでした」
「女の子なんだからプライベート空間は必要さ。それに、俺も自分一人になりたいことが多いタイプだからな、結局これが互いのためってやつだ」
「そうですか。でも、ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をされてしまい、困ってしまう俺だ。
あらたまった態度をとられると、こそばゆい。
家が完成して一週間。
家事洗濯などをリーリエに任せている間に俺は家周囲の地図を作っていた。
森の中は幸の宝庫だ。
キノコに木の実、果物もあれば動物もいる。
特にこの森は、旨味が全くない低級ダンジョンが多いと評判の場所で、弱いとは言え魔物が数多く生息しているため人がほとんどこない。
それなりに練達した狩人がときおり狩りに入るくらいか。
「んー、良い出来の地図になってきたんじゃないか?」
俺は自画自賛。
特にキノコは同じ場所に生える種類も多いので、一回地図に記してしまえば定期的に楽しめることになる。
おお、なんという宝の地図よ!
俺は生前で言う『マイタケ』に似たキノコが好きだった。
アムサとこの世界で呼ばれるそのキノコも、味、匂い共に最高だ。
リーリエに頼んで鶏肉と合わせた汁物にしてもらうのが好物となってしまった。
家の周りに自生しているハーブを合わせると、かすかに柑橘系の風味がして凄く合うんだよな。
今日もそうやった昼食を終えた俺たち二人がリビングでくつろいでいると、玄関の戸をノックする音が聞こえた。
「すまない、どなたかいらっしゃられるかな?」
外から声が聞こえてくる。
少々舌っ足らずに聞こえる、かわいらしい雰囲気のある女性の声だった。
誰だ? こんな森の中に。
不審に思いながらも俺は返事をする。
「はい、なんでしょうか」
「冒険者ギルドの者なのだけどね、最近ここで毎晩異様な光景が広げられていたと聞いてやってきたんだ。調査に協力願えると嬉しいのだが」
俺とリーリエは目を合わせてしまった。
異様な光景、というのは寝ている間に任せておいた小人さんたちの作業に違いない。
「しまったな。なるべく目立たないよう外は夜中にだけやらせてたのに」
「仕方ないかもしれません、音がどうしてもうるさかったですし」
「それもそうか」
冒険者ギルドか。
面倒なことを言われなければいいのだけど。
そう思いながら、俺は客人を家の中に招き入れたのだった。
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なお『小人』さんは、魔力尽きぬ限り不眠不休で働きます。働き者!
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