第5話 おうちを作ろう①

 ヘルムガドの西街門は小さい。

 その理由は、出たすぐそこに森が広がっているからだ。


 獣を獲る狩人や薬草などを探す低級冒険者の類しか使わない門なので、人の気配も薄い。今のように日が暮れたあとなら、それはなおさらだ。


 西街門を出た俺たちは森の中に入って、少し歩いた。


「コヴェルさま、夜は魔物の時間です。あまり森深く分け入るのは危ないと思いますが……」

「ああ、そんなつもりはないよ。確かこの辺だったはずなんだがな」


 リーリエの持つランタンの灯りだけでは心許ない。

 もう街から離れたし森にも入ったし、そろそろいいか。


 俺はマジックポーチから野球ボール大の丸い球体を取り出した。


「なんですかそれは?」

「ああ、目を逸らしていた方がいいぞリーリエ」


 俺は球体に魔力を篭める。球体が頭上にフワリと浮き上がった。


「キャッ、まぶしっ!?」


 そして球体が輝きだした。

 その輝きはとても明るいもので、周囲を広く照らす。


「これは『永遠の太陽エターナルサン』と呼ばれるレアアイテムだよ」

「……すごい明るい。まるで昼間みたいですね」


 それはオーバーだ。

 前世の知識で言うと大型照明くらいの光量といったところだろう。

 まあこの世界の夜は比較的暗いので、彼女がそういう感想を抱くのも不思議ないことかもしれない。


「ランタンの火を消してくれ。えーと、確かこの辺だったはず……、おっと。あったあった、ここだ。この石だ」


 地面に大きな平べったい石が落ちている。

 落ちている? いや敷かれていると言った方がいいのかもしれない。石畳のように見えなくもない。見ようによっては人工的だ。


「この石がどうかしたのですか」

「俺の手を握って、リーリエ」

「? はい」


 リーリエと手を繋ぎ、俺は『石の中に入って』いった。


「な、なんですかこれ!?」

「落ち着いてくれ。これが『隠し部屋』って奴だ」

「きゃああっ!」


 暗闇の中に、スポン、と入り込む。


「暗いです、暗いですコヴェルさま!」

「落ち着いてリーリエ、足場が悪いから動くと危ない。今もう一つ、永遠の太陽エターナルサンを出すから」


 真っ暗だから見えないけど、俺は知っている。ここは階段の上だ。

 永遠の太陽エターナルサンで明るくなると、どうやらリーリエも落ち着いてくれた。


「なんですか、ここは」

「言っただろ、隠し部屋。もっともここは『部屋』と呼ぶには少しばかし広くて複雑だけどな」


 俺たちは階段を降りていった。

 降りたそこには通路があり、いくつかの広間があった。


「冒険者になった初期の頃に偶然見つけたんだ。以来、アイテム置き場として活用してる」


 一番奥の部屋には、俺がまだ処分しきれていない金銀財宝と、いくつものレアアイテムが置いてある。鎧が置いてあったり、剣や斧が置いてあったり。マジックポーチに入りきらない分の資産をここに隠しておいたのだ。


 それを見たリーリエは、またも目を丸くして驚いていた。

 気持ちよく驚いてくれるな、この子。

 思わず俺はちょっと気取った調子で言ってしまう。


「ようこそリーリエ、俺の秘密部屋に。ここは俺の隠れ家みたいなもんさ」


 びっくりしたままのリーリエに笑いかけながら、俺は続ける。


「良い機会だから、ここを住処に改造しよう。まずは上に家を作って、カモフラージュする」

「ここを、……住む場所に?」

「ああ。街から遠いわけでもないからさして不便もない。それにここには、家を作るために便利なマジックアイテムもたくさんあるしな」


 アイテムを漁る。

 とりあえず魔法の斧を手に取って、他にいくつかのアイテムを仕込んでから俺はリーリエと共に、地上へと戻った。


「さて、まずは材料にする木を切るか。リーリエにも他のことを手伝って貰いたいんだけど、いいか?」

「も、もちろんです。というかコヴェルさま、そういうときは命令してくださって構わないのですよ。貴方は私のご主人さまなんですから」

「ああ、うん」


 俺は思わず苦笑い。


「わかっているけど、俺は根が現代っ子だからさ」

「げんだい……え?」

「あまり一方的に命令したりするのって苦手なんだ。だからまあ、気になるかもしれないがお伺いってやつを立たさせてくれ」


 俺がリーリエに頼んだのは、マジックポーションで捏ねた土を、ブロック状にして積み上げて貰うことだ。それを家の壁とする。


 まずは俺がざっと間取り図を地面に描き、そこに土台となるブロック台を作って貰う。 レンガやブロックによる土台作りだと思えばわかりやすい。


 リーリエに力仕事用の『金剛力の指輪リングオブマイト』と、なにかあったとき用の『守盾の指輪シールドオートマチック』を渡し、作業に入ってもらった。


 マジックポーションは、実はこんなこともあろうかと思って少しづつ蓄えておいた。

 土に混ぜると粘土のようになり、乾くとカチコチに固まる。

 街の家でも使われていることがある建材用ポーションなのだった。まあこれもまた、割と高級ではあるのだけど。


 俺は周囲の木を伐り始めた。

 金剛力の指輪リングオブマイトをリーリエに渡してしまったので、魔法の斧が少し重い。


 俺も身体を鍛えていないわけではないが、大斧なんてのは基本的に超マッチョが振るものだ。なかなか疲れる。


 そのまま二時間くらい斧を振っていただろうか。

 休憩するか、と思った頃に、丁度リーリエが俺のところにやってきた。


「どうしたんだリーリエ。マジックポーションが切れたのか?」

「いえ、作業が終わったのでそのご報告に」

「え、もう!?」

「はい」


 驚いて戻ってみると、そこには土台となるよう整然と並べられたブロックがあった。

 4LDKをイメージして地面に描いた図面の通りに敷き詰められている。


「凄いなリーリエ、手際良すぎだ」

「恐縮です」


金剛力の指輪リングオブマイト』のお陰で楽でした、とは彼女の弁だ。

 テキパキと良く動くものじゃないか。こんな優秀な彼女を、よく怒鳴れたもんだなあの黄金鎧の奴。

 間違いなく問題はあいつにあったんだろうよ。


「次はなにを致しましょうか」

「とりあえず少し休憩しよう、さっき買っておいた飲み物と摘まむものを出そう」


 果実酒に水、鳥の串焼き、蒸かした芋にチーズを添えた物。

 俺たちはリーリエが積んだブロックの端に腰かけて、それらを摘まみだした。


 彼女は細身だが、よく食べる。

 それは夕の食事を見ていても思ったことだ。育ち盛りなのかもしれない。


 いや? そういえばエルフなのだ、見た目が18歳くらいだからと言って、実年齢も沿っているとは限らない。限らないどころか、全く違う可能性の方が高い。


「エルフって長命種なんだろう? リーリエは何年くらい生きているんだ?」


 ちなみに俺は20歳だけど、と付け加えて、彼女に訊ねてみた。


「……コヴェルさまよりは長く生きておりますよ」

「やっぱりそうなんだな。俺にはリーリエがまだ10代のように見えるから、驚きだ」

「そうですか。長命の歳は人間じゃわかりにくいと聞きますからね」


 具体的には教えてくれないか。

 まあ仕方ない、まだそこまで打ち解けているわけじゃあないしな。


「でも実際に若く思える、良く食べるしな」

「え?」

「食欲があるってのは若い証拠だと思うぞ? 肉体が栄養を欲してるんだろうからな」


 リーリエの顔が真っ赤になる。

 いかん。女の子にちょっとデリカシーのないことを言ってしまったか?


「すみませんでした。つい……」

「あ、いや! 皮肉や嫌味に聞こえたなら済まなかった! そんなつもりじゃないんだ、むしろ気持ち良く食べてくれるな、と」


 皿を置こうとしたリーリエの手を止めて、俺は謝った。


「いやな、人間、年取ると食べたくても思い切り食べられなくなってくるんだ。そうなるとツマラナイもんだ。生きている理由の半分くらいは無くなった気がしたよ」

「コヴェルさまも、まだお若いじゃないですか。なにご老人のようなことを言ってらっしゃるのですか」

「確かに俺は若いが……!」


 転生前はそこそこの中年だったからな。

 経験があるんだ。――って。


「コヴェルさま『も』……?」


 俺は思わずリーリエの言葉を反芻してしまった。

 ハッとした顔をするリーリエだ。俺は、どうしようかと一瞬悩んだのちに、続けた。


「もしかしてリーリエは、エルフだけど相当若いんじゃないのか?」


-------------------------------------------

森の中の一軒家は浪漫だと思います!


面白いなー続きが読みたいなーと思って頂けましたら☆やフォローで応援して頂けますと嬉しいです。よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る