2:襖からやさしい手(前編)
私が4歳ぐらいの頃の体験。
当時住んでいた大阪堺市のアパートは、玄関・台所・和室・和室・縁側と縦につながっている造りだった。
確か6月ぐらいの初夏のある日、親戚連中がやってきて食事だ酒だ(父親が大酒のみだった)の宴会の後に麻雀になった。
他にいとこなどの子供はいなかったと思う。
私は父親の横で卓上を眺めていたけど、もちろん麻雀の意味などわからず退屈していた。
しかし、私の目にとても魅力的にうつった物があった。
麻雀で使う点棒である。
何に使うのかは不明でも、その細長い棒の模様をとても可愛く感じて欲しくなってしまった。
しかし、牌を投げ合いながらうるさい大人たちが点棒をくれるとは思えなかった。そこで私は、大人たちが何かの用事で席を離れた隙に、そっと5本ぐらい点棒を手に取ると、素早く奥の和室に入ると境の襖をしめて一人になった。
部屋には私のために布団が敷いてあり、豆電球でぼんやりオレンジ色に照らされていた。隅に座り込んで点棒を眺めていた私は、急に怖くなった。
こっそり持ってきたのがばれたら怒られてしまう…!
盗んだという意識は薄かったと思うけど、自分が悪いことをしてしまったという焦りはあった。
しかし元の場所に戻すと大人たちに叱られてしまう。どこかに見つからないように隠さないと、と私は部屋の中を見回した。しかし部屋の中は、タンスと母親の鏡台があるぐらいでこっそり隠せるような場所は無い。
どうしよう、と点棒を手にしてしょんぼりしていると、ひらひらと動く何かが見えたので私は顔を上げた。そちらは押し入れで、閉まった襖の下の方に襖紙が破れた穴が開いていた。
その穴から、白っぽい大きな「手」が手のひらを上にしてひらひらと揺れている。
「手」は私が見ているのに気づいたように動くのを止めた。
私はその時全然怖いとは思わず、ただ好奇心で「手」に近づいた。
がっちりした大きな「左手」で、私は男の人だな、と感じた。
襖の穴から出ている部分は、手首が見えたけど腕や肘がどうだったかは覚えていない。
近づいて、「手」をじっと見ているとまたひらひらと揺れた。
その時私は、ああこの「手」は持ってきてしまった点棒を隠してくれるんだ!と気が付きとても嬉しくなった。
私はそっと、「手」の上に点棒を置いた。
その時に私の指が「手」の手のひらに触れたけど、特に変わった感じはしなかった。皮膚は固い感触で少しひんやりしていたように思うけど、これは後年の想像かもしれない。ただ、温かい感じがしなかったのは確かである。
「手」は点棒を握りしめるようにすると、そのまますうっと穴の中に消えた。
私は、これで大丈夫だなと安堵して「手」を見送った。消えても不思議とは思わなかったし、その後の事は記憶にない。
後日、襖の穴から中を覗いてみたけど点棒も何も無かったし、その後、穴の前で座って待ってみたりしたけど「手」が出現する事は2度となかった。
その家から引っ越す日、「手」が気になって何度も穴を覗いたのは覚えている。出来ればもう一度会いたかったな、と思いながら私はその家を出たのだった。
後年、妙なものを目撃したなー、でもまあこんな話はまず信用してもらえないよね、もしかしたら私の強烈な妄想かもしれないし、と思って誰にも話さなかった。
けれど10年以上経って高校生になってから、私は思いがけない形で「手」に再会したのであった。
(後編に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます