第32話 尊すぎる修行

「はあ、はあ。取り乱しました」


 まったく、だらしない。

 とはいえ、まだ百合に目覚めたばかりでは、こんなものか。

 

「ユリウス師匠、これからもよろしくおねがいしますっ」


「オレより、生徒会に入ったほうが効率的だと思うが?」


「しかし、転校してきたばかりの我を受け入れていただけるとは」


「ガセート先輩は、そんな器の小さい男ではない」


 さっそく、掛け合ってみよう。


「そこにいるんだろ? 先輩?」


「よく見破ったね」


 先輩は、テラスの花壇に化けていた。なんか一つだけ余計に花壇が増えているなと、思っていたのだ。


「うわ! あなたが生徒会長!?」


 アッシェが、テーブルから飛び退く。

 ラスボスなのに、リアクションがデカいな。


「いかにも。百合に詳しくなりたいんだって?」


「はい。ぜひに」


 さすがに男三人で話し合うのは、絵的にキツイ。ここは百合を見ることで、心の平穏を保とうではないか。


 二人がカフェを出ていくので、オレたちも向かうことに。

 

「おお、今日は、ティナ殿が男装なさっていますよ」


 ティナが、ボーイッシュな衣装でトマ王子と並んで歩く。ヒザまでのハーフパンツとカーディガンという、秋を意識したファッションだ。男装でありつつ、女性っぽさは多少残してある。


 これは、これでアリだ。 


「いいねえ。百合は。トマ王子が不憫でならないよ」


「今日はそういうデートの日か」


「どうにか彼女が、トマ王子が女性としてでも生きられる世界にできないかどうか」


 トマ王子は、クーガー国の跡取りだ。今後は勇者の家系として、国を導かねばならない。

 その責任が、トマの重荷になっている。

 本来支えられるべきは、トマなはずなのに。

 

 その重圧をともに背負ってくれるのが、ティナ王女だ。


 聖女ティナなら、トマ王子と肩を並べて歩ける。

 いや、そうすべきだ。


 だが、強制的に百合を普及させようとするのはいただけない。


 たとえ尊くても、それは自然に百合になっていくべきである。


「そのためにも、修行してもらうぞ」


「はい。コーチ!」



 翌日から、オレはアッシェに特訓を開始した。

 早朝から、グラウンドで組手をする。

 マギアーツの腕前は、さすがヴァンパイアといったところ。魔族の上位種だけあって、筋がいい。また血筋に頼らず、自分を高めることも重視している。


「おはようございます、ユリウス王子」


「おお、ティナではないか。おはよう」


「今日は、アッシェさんのコーチをなさっておいでで?」


「そうだ。稽古をつけてほしいとな。キミたちも、トレーニングか?」


「いいえ。涼しくなったので、朝食を兼ねたピクニックです」


 二人きりの時間を作るなら、早朝のほうがいいだろう。


「オレたちに構わず、続けてくれ」


「ありがとうございます、王子」


 ティナがベンチに腰掛けて、オレたちの組手を観察する。


 しばらくして、トマ王子がかけつけた。


「今日は、ボクが弁当を作ってきたよ」


「まあ!」


 まあっ!


 オレとティナが、同時に手を叩く。


「スキありです」


 渾身の肘打ちが、オレのみぞおちに迫る。


 オレは素早く攻撃のモーションを解き、アッシェを組み伏せた。


「まだだ。食べさせ合いイベントの邪魔をしてはならぬ」


「はい、コーチ」


 組み伏せを解除して、二人でティナとトマのピクニックを愛でる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る