No.88【ショートショート】この世の理、あの世の理

鉄生 裕

この世の理、あの世の理

『成仏師』


それが私の仕事だ。


成仏師とは名前の通り、この世に未練がある死者を成仏させることが仕事だ。


死者を相手にしているのだから、もちろん私は“彼等”のことが視える。


この仕事をもう何年も続けてきた。

仕事とはいっても、死者を相手にしているのだから当然賃金は発生しない。

仕事というよりは慈善活動という方が相応しいのかもしれない。


1年前、私の噂を聞いた1人の青年が、「俺も成仏師になりたい!」と私のところへやって来た。


私も引退を考えていた時期だったので、彼の申出を受けることにした。


この1年間、成仏師としての仕事や役割をみっちりと叩きこんだ。

彼にも“視える”という特別な力はあったが、それでも私と彼の間にはどうあがいても埋めることのできない“決定的な違い”があった。

すぐに逃げ出すだろうと半分諦めていたが、思いのほか彼は粘り強かった。

それに、彼には成仏師としての素質があった。

この1年間で、彼は立派な成仏師になった。

あとの事は彼に任せようと、そう思えるようになった。


そして今日が、私の成仏師としての最後の日だ。




私の最期の仕事は、

『20歳になる息子と、最後に一度だけ一緒に酒を呑みたい』

という男の望みを叶えることだった。


男は息子がまだ幼い頃に癌で亡くなった。

男は息子が20歳になるまでの13年間、あの世とこの世の狭間をずっと彷徨い続けていた。


「大きくなったら一緒に酒を呑もうな」


男は酔うと必ず息子を抱きしめながら、まるで口癖のように何度もそう言った。


自分のことなんてすっかり忘れているに違いない。

男は不安な気持ちを抱えながら息子に会いに行った。




その日の夜、大学から帰ってきた息子の手には2本の缶ビールが入ったコンビニの袋が握られていた。


息子は仏壇の前に座ると、1本の缶ビールを仏壇に供え、目を真っ赤にしながらもう1本の缶ビールを一気に飲み干した。




10数年経った今でも、息子は父親のあの口癖をずっと覚えていた。




もう、思い残すことは何も無い。


これでようやく、私もあの世へ行くことができる。




私の最後の仕事は、13年前に癌で死んだ私自身を成仏させることだった。




生者には生者の世界があるように、死者にもまた死者の世界が存在する。


この2つの世界の間には明確な隔たりがあり、お互いに干渉することは許されていない。


だから生者が死者を見ることができないように、死者もまた生者を見ることができない。


だが稀に、死者を視ることができる生者が存在する。

それが、1年前に私のもとを訪れた彼だ。


そして、その逆も然り。

死者のなかにも稀に、生者を視ることができる者が存在する。

それが私だ。


“生者を視ることができる”


それが死者となった私に与えられた特別な力だった。




『成仏師』




それは、あの世とこの世の理に自ら首を突っ込もうとする、お節介な物好きにしかできない仕事だ。

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No.88【ショートショート】この世の理、あの世の理 鉄生 裕 @yu_tetuki

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