解読と考察
いくつかの記事を流し読みして、俺達は顔を見合わせた。考察も何も無い。『takuya9563』のコメントを解読済みの俺達からすれば、このブログのポエムは解読するまでもなく、何らかの呪いの言葉である事は明らかだった。
しかも『takuya9563』のような支離滅裂な文字列ではなく──詩の良し悪しはわからないが──意味が成立する文章を一年以上もほぼ毎日書き続けているだけ、呪いの重さを感じる。
「これって……」
「いや、うん、言わんで良い。思ったよりっていうか、何か……とにかくやべぇな」
この『ヤバいものを見つけてしまった』という感覚を、ハルキも上手く言葉に出来ないようだった。
いや『見つけてしまった』というよりは、何故かはわからないが『見つかってしまった』という感覚に近いかも知れない……。
沈黙。
近くで騒いでいた学生達は帰ってしまったのだろうか。今ではあのバカ笑いが恋しいくらいだ。俺とハルキはとっくに空になったグラスの底に溜まった水を、ただちびちびと舐めていた。
「……俺、ちょっとドリンクバー行ってくるわ」
耐え兼ねて席を立とうとした俺に、ハルキは無言で自分のグラスを渡してきた。
「メロンソーダ。氷無しで」
「──さて」
俺がドリンクバーから戻り、渡されたメロンソーダをひと啜りすると、ハルキはため息混じりに口を開いた。
「どうする? いや、どうするっていうか……まあ、とりあえず、このポエムみたいなやつ、解読する?」
「だな……」
正直、全て忘れて帰りたかったが、ここで止めても余計にモヤモヤを引きずるだけだ。どうせなら、もう行くところまで行ってやろう。それが何処なのかは、ちっともわからないが……。
「ええっと……じゃあ、とりあえず『タクヤ』のと同じで、ひらがなが『ツー』、漢字が『トン』でやってみるか」
文字の区切りはこの不自然なスペースで間違いないだろう。と、いうかそれを隠すつもりもない感じが不気味でならない。
二人で作業を行い、ダブルチェックをした上で、俺のスマホで変換ツールにコピペしてみる。変換ボタンをタップする指が、ほんの少し震えたのは内緒だ。
─────────────────────────
窓に うつる月 は幻想 現実は消え 酩酊の底 それは夜 暗い砂上で 主人が帰れ る時を待っ て魚は開口 ああ 淡々と果て 喘鳴の虜 もう散々 だ嗤う童 独り言 夜光虫 が光る舞
・- ---・ -・・ ・・-・- ・・-・ ---・ ・-・・- ・・-・- -・-・- -・-・・ -- ・・-・- ・・-・ --・・ -・-・ ・-・ ・・・ -・-・
いそほみちそゐみさきよみちふにならに
─────────────────────────
意味不明である。
「と、いうことは、漢字が『ツー』ひらがなが『トン』か」
「だな。あーもー、この作業地味にツラいわー」
文句を言いながら再び二人で作業を進め、改めて変換ツールを起動させた。
─────────────────────────
窓に うつる月 は幻想 現実は消え 酩酊の底 それは夜 暗い砂上で 主人が帰れ る時を待っ て魚は開口 ああ 淡々と果て 喘鳴の虜 もう散々 だ嗤う童 独り言 夜光虫 が光る舞
-・ ・・・- ・-- --・-・ --・- ・・・- -・--・ --・-・ ・-・-・ ・-・-- ・・ --・-・ --・- ・・-- ・-・- -・- --- ・-・-
たくやしねくるしんでしねのろわれろ
─────────────────────────
「ほらー、もー」
「やだー。怖いってもー」
俺は手にしたスマホをテーブルの上に投げ捨て、ハルキは両手で髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
「──これってつまりさ」3杯目のメロンソーダを飲み干し、ハルキは渋々、といった感じで話し始めた。「ふたりは呪い合ってる、ってことよね?」
「まあ、そうだなあ。そうなるよなあ」
「どっちが先に始めたのかね?」
「うーん、アカウント作ったのは1年くらい前みたいだけど、実際に『タクヤ』がいつからやってんのか、わかんないからなあ」
「『タクヤ』はコメントのやつだけじゃなくて、AIの画像のやつもやってるんだよね?」
「画像のやつは半年くらい前からだね」
「『ルカ』のは約1年前から、か……」
ハルキは「うーん」と唸って目を閉じると、俯いて右手で眉間を摘んだ。彼は考え込むとき、よくこのポーズをする。
「実際は、どっちが先かはわかんないけどさ」
「うん?」
「これは想像でしかないけど、仮に『タクヤ』が先に呪い始めて、どうやってかわかんないけどそれを知った『ルカ』が呪い返しを始めたとするじゃん」
「うん」
「意味不明な文字列の『タクヤ』より、意味ある文章の『ルカ』の方が、何となく呪いの力が強そうな感じするじゃん?」
「わかる。それ、めっちゃ思った」
「だろ? だから、こう、呪いの力を高めるために『タクヤ』は生成AIのやつも始めた、って流れだとしっくりこない?」
「くる! それ、正解クサいわー」
「だろ?」
──会話はそこで止まってしまった。
二人の頭に同時に「で?」という言葉が浮かんだからだ。
『タクヤ』にしても『ルカ』にしても、俺達二人の(たぶん)知らない人間だ。その二人が呪い合っているからといって、別に我々に何の関係があるというのか。
「……人間の闇、だな」
「だな」
偶然から始まった謎解きごっこは、こうして終った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます