最終話 婦夫(ふうふ)のはじまり

 晴れた青空が広がるうららかな日。

 今日は私とフォルの結婚式の日だ。

 これから城にて婚姻の儀が行われて、その後結婚パレードとして国を回る。国中を廻る為、結婚旅行も兼ねているらしい。


 正しく想いが通じたあの日から、二度目の春を迎え、その間に様々な事があった。


 まずは祖国の父上と兄上達に事の次第を打ち明けるかどうか。それが悩みだった。なにせあの人達は姫だと思っていたから甘やかしてくれたのだろうから。

 フォルとの愛を育みつつ、春まで悩みに悩んだ私だったけれど、フォルに、そして義父王と義母王妃に何があっても守るからきちんと打ち明けた方が良いと後押しをして貰い祖国へ里帰りをした。フォルも付いてきてくれたので心強かった。

 城に着くと何故か遠い国に嫁がれた筈の姉上達がいい笑顔で勢揃いしていて驚きたけれどとても嬉しかったものだ。ひとしきりハグを交わし、甥や姪を紹介して貰った。ふっくらもちもちの小さい体、円らで無垢なお目々、紅葉の様なお手々はとっても可愛らしくて天使の様で思わず全力で可愛がったのは仕方ない事だと思う。

 初めて家族が揃った談話室では、人払いがなされていて、何故か意味深な色々なものを飲み込んだ様子のやつれてほほが若干こけた父上と兄上達が、苦虫を噛み締めた様な笑みで立っていた。心配で駆け寄り、おでこに手を当てて熱を測る。何故か一瞬ビクリと硬直されて更に心配になった私は、しきりに体調を聞いたり休む様に言ったりしたら、号泣された。それも男泣きだ。そのまま力一杯父上に抱きしめられて「男でもアンが1番可愛い」と言われた時には驚愕で固まり父上や兄上達の顔を順に凝視した。

 当たり前だろう。何故知っているのか?いつから知っているのか?混乱した頭で必死に父に縋り付き聞くと、姉上達がにこやかな笑顔で教えてくれた。

 曰く、フォルの掛け声で結託して義母上達をまず味方につけた後、父上達をやり込め事前に話を通してくれていた。らしい。

 詳しい経緯は怖い笑顔ではぐらかされたけれど、父上達と諍いの元にならなくてホッとしたものだ。

 その後開かれた食事会では、女性陣を遠巻きに怖がり、私に癒し?を求める父上達を今まで甘やかしてくれた分思い切り甘やかしてあげた。エイ曰く、何故かその後父上達が私に依存?気味になったらしくてフォル達に追いやられたらしいけれど。そしてシィが奇声を上げて壊れていたけれど。

 兎にも角にも家族公認になれたので、大手を振って婚姻の儀に招待できる事になったので良かったと思う。


 他にもフォルに色々なところにでーとに連れて行って貰ったり、男らしく私がエスコートを頑張って、でも上手くいかなくてフォローされたりしたけれど。

 1番驚いた事は、あの告白の後直ぐにファルからの結婚式の招待状が届いた事だろう。

 なんと、以前より熱烈に口説き落としていた相手と婚約していたらしい。

 結婚式を迎える前に私に会って、フォルにハッパをかける為にチェリお姉様と画策していたのだとか。

 ファルの純白のドレス姿は絵画のように芸術的でとても美しかった。眼福。



 城を出てそれまで知らなかった世界を知ることが出来、大好きな人が横にいる。そんな日常がとても愛おしい。


 今日の晴れ姿を母上にもお見せしたかった。


 私は今、父上と義父上の指示で共同制作された華やかな純白のドレスを着ている。

 父上はタキシードを送ろうとして下さったけれど、私もフォルも物心つく前から逆転の格好で育ち馴染んでいた為、今までのまま生活していた為、急遽ドレス作りに変更してくれた。でも、タキシードも来てみたい気持ちがあるので、別で購入してみよう。男物を着用したことは無いけれど、ちゃんと似合うだろうか。

 もちろんフォルはタキシードを着ている。これは怖いくらいにハイテンションになったシィによって、女性陣による格好良い純白のタキシードになっている。デザインは私のドレスに併せた仕様だ。男前。素敵。大好き。

 ぽーっと見照れていたら、おでこに「ちゅ」された。もう、本当大好き。


 「フォル、私を好きになってくれてありがとう」

 「アンも、過去の記憶が無くてもまた、好きになってくれて嬉しい。大切にするよ」


 フォルが手を差し出したので、その上に私の手を重ねる。

 重ねた手をそのままに、私達は今、新しい門出の為に婚姻の議を行う場所へ向かう。

 婚姻の議は国が一望できる、あの屋上庭園で行われる。

 そこには今、両王家の家族と他国の賓客や立場ある役職の人達が今か今かと待ち受けている事だろう。

 長い階段を登って行き庭園へ出ると、沢山の祝福の視線があふれる。白以外のカラフルな礼装を着た人達によって華やかに彩られた庭園を、一歩一歩想いを噛みしめる様に進んでいく。赤絨毯にそって歩いた先にいるのは、儀式用の礼服に身を包み王冠を頭上に乗せるこの国の王、ディノリザートお義父様だ。いつも農夫の姿でのっそのっそと歩いている面影は微塵もない。その手には荘厳なる杖が掲げられている。

その横には台座に載せられたティアラを持つリサ王妃。やはり儀式用の礼服を着用している。その頭上では台座に載せられているものとは違う、それでもどこか似通ったティアラが燦然と輝いている。


 ディノ王の前にたどり着き、二人並んで前を向くと、カツンと一度杖を突いたディノ王の言祝ぎの言葉が厳かに紡がれる。

 そしてディノ王が横に移動すると一枚の紙面が置かれた台が現れる。そこには2本の羽ペンが置かれていて、二人で同時に紙面に名を刻む。初めての共同作業を持って、書類上の夫婦が承認された。

 書き終わるとまた横にいるディノ王に向き直る。そして、私だけディノ王に頭を垂れる。その姿勢を維持していると、ディノ王は杖を背後に控える総務大臣へ預け、台座の上のティアラを両手て持ち上げる。その手はゆっくりと動き、ティアラが厳かに私の頭上に乗せられる。


 「今ここにアンジュ・アルム・メントアルトは、我らがアカデミルコ・グリコトルタ王家の一員となった。

 これより先は、アンジュ・アカデミルコ・グリコトルタとなる」


 ディノ王が厳かに宣言し、婚姻の議は終了となった。

 これから城門側の2階バルコニーに行き、一般披露の為にティアラを戴いた姿を見せる。

 バルコニーから外を伺うと埋め尽くさんばかりの沢山の人達が城前広場に集まっていた。見渡すとそこかしこに知った顔が見えて嬉しい。城門上にサスケを発見して思わず笑ってしまったけれど、同じく発見したフォルも笑ったから御相子だ。

 大歓声の中、私達は皆に手を振る。たくさんの祝福の声に、感極まって涙が止めどなく流れるけれど、笑顔を絶やさず振り続ける。しばらくして、終了の合図をされ、城前でのお披露目はおしまいだ。後は明日以降のパレードで再度のお披露目だ。

 今日は場内でパーティが開かれるので、賓客に挨拶周りが待っている。

 会場では、父上と2番目の兄上がにこやかにやって来た。


 「本日は遠い所お越しくださりありがとうございます」

 「いや。アンの晴れ姿を見るためなら世界の裏側からだって必ず来る」


 父上に涙声で言われ、また感極まった涙がこぼれる。

  

 「アンの大切な日に来れるだけで、次男に生まれた斐があるな」

 「ふふ。そのような事を言ったら、一の兄上に恨まれますよ」

 「ふん。恨むくらいなら王太子の座をさっさと降りればいいんだ」


 不敵に笑う兄上が楽しそうだ。

 一番上の兄上は王太子として王不在の国を纏める為に城に残っている。他の家族も大人数で来ては迷惑になるからと居残りで暴動寸前の落ち込みだったらしい。「ざまみろ」と悪い笑顔で次兄が言う。本当に兄弟仲は悪いんだから。私の前ではみんな優しいけど。


 一頻り歓談してから他の賓客に挨拶に行く。他国の方は皆一様に私を女だと思っているからか、いやらしく見る方もいて、フォルが笑っていない満面の笑みで牽制をしてくれて頼もしい。「顔は覚えた」と相手が去った後に言うフォルはどこか怖かったです。

 挨拶周りで忙しくしているとあっという間に退場の時刻となる。私達は一足先に今日から二人で一つとなる自室に戻り初夜を迎える事になるが、パーティー自体は夜を徹して開かれていて、ディノ王やリサ王妃、その親類の王族が持て成している。


パーティ会場を後にした私たちは、一旦湯浴みの為に別れる。


 「これから遂に裸のお付き合いというのを行うのね」


 エイに身体を清められてから温泉に浸かり、これからの事に想いを馳せる。身体が赤いのは温泉の熱のせいだけではないだろう。

 エイとシィは、髪が温泉に浸からないように、そして乾燥しないように保護してくれている。


 「左様でございますね」

 「エイ。シィ。今まで面倒な事情を抱えた私を優しく見守ってくれてありがとう」

 「もったいなお言葉です。

 姫様が幼い頃よりお世話をさせて頂いておりますけれど、事情が事情だけに晴れ姿を見る事は出来ないと諦めておりました。それがこんなにご立派になられた姫様の晴れの日のお世話をさせて頂けるなんて、エイは果報者です」


 潤んだ涙声で言ってくれて嬉しい。シィなどは先程から感極まったのか、ぐずぐずに泣いている。時折夢見るように何か呟いているけど、きっと聞かない方がいいのだろう。

 これからの事を思うと恥ずかしいけれど、上気せる前に上がり、丁寧に拭き清めて貰う。その後オイルマッサージを全身に受け、いよいよベッドへ向かう。緊張でお人形のようにギクシャクと歩いてしまう。右手と右足が同時に前に出る歩き方になってしまっているが、侍女達は皆奥に控えているため指摘してくれる者はいない。


 ベッドに辿り着くと、そこには既にフォルが色気を垂れ流しながら待ち構えていた。因みに今はまだ、お互いガウンを着ている。

 ごくりと唾を飲み込み意を決してベッドに上り、フォルの側まで這い寄る。

 姉上に聞いた初夜というものを思い浮かべる。


 「これでガウンを脱ぐのよね」


 ガウンに手を掛けて伺うと、真っ赤になったフォルが目を彷徨わせる。

 ああ、恥ずかしいのは私だけでは無かった。安堵すると赤い顔をしたフォルが、ニヤリと笑う。


 「珍しく大胆だね。もしかして経験がおありかな?」


 恥ずかしさを隠すためか、おちゃらけて言われ、首を傾げてしまう。


 「?いいえ。母上と褥を共にして以来初めてです」


 流石に母上と裸のお付き合いをしたのは、幼少期のお風呂位だけれど。

 正直に告白したら、フォルの笑顔が固まった。

 何かダメだったろうか。もしかして母上と寝てはダメだった?そういえば兄上達も姉上達も一人で寝ている。


 「ねぇ。初夜って何をする事か知っているよね?」

 「?初めて裸で寝る事でしょう?」

 「寝るって、もしかして普通に眠る事を言っている?」

 「それ以外に何かあるの?」


 空気が固まった。何故だろう。

 フォルは額に手を当て固まった笑顔のまま被りを降り、ひとつ息を吸い長く吐き出した後、私の両肩をぽんと置く。


 「うん。わかった。どうしてそういう偏った知識になっているのかはわからないけれどわかった」

 「?よくわからないのだけれど」

 「うん。大丈夫。私がみっちり教えてあげる。

 大丈夫、明日のパレードには響かないように手加減はするから(多分)」


 もの凄い良い笑顔で言われました。


 この日私の悲鳴のような奇声が辺りに木霊したとかしなかったとか。


 何かの悲鳴を聞いた人達はどうか私の名誉の為にも忘れて欲しい。

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