第5話 俺の試合、見に来ませんか?
週明けの月曜の朝。
親友の二人と駅で合流し、学校へと向かう。
「どうだったの?初デートは」
「電話とメールで報告したじゃない」
「あれだけじゃ、全然分からないよ」
「えっ…」
「何か、進展あった?」
「え…?」
「表情が垢抜けた感じ」
「っ……」
伊達に中高一緒に過ごして来たわけじゃない。
表情一つで、私の心なんて全部お見通しなのだろう。
彼と池袋のアニメ専門店に行ったことは、電話とメールで報告済み。
私が二次元オタクなのも彼は知っていて、彼も同じ趣味だということも伝えたのに。
私は三次元の男子にモテないがゆえに二次元のイケメンにどハマりだけれど、彼は二次元に恋しているわけじゃない。
ラーメン屋さんで夕食をとりながら、彼が二次元にハマったきっかけを聞いた。
女の子の心理を理解したくて見始めたのがきっかけらしいが、意外にも男性である自分にも共通する点が多いことに気づいたと。
要は、どういう男になったら、好きになった人に夢中になって貰えるのか。
視点の切り替えというか、発想の転換というか。
女性向けアプリの盲点に気づいたという。
「ってことは、好きな人がいたってこと?」
「……そうなのかな?そこまでは聞いてない」
二人にラーメン屋さんでの経緯を説明したら、そんな質問が返って来た。
「まっ、今は雫に惚れてるんだから、問題ないでしょ」
「けど、男の子の初恋って、結構後引くよ?」
「咲良、その口縫い付けるよ?」
ちーちゃんなりに気を遣ってくれたらしい。
さっちゃんの唇とぎゅっとつまんでいる。
別に彼が誰を好きだったとか、初恋がいつだったのかだなんて気にしない。
むしろ、今まで誰とも付き合ったことがないと言ったことすら、未だに信じられないくらいなのに。
*
夏休み明け一斉テストの結果が返って来た。
各学年、各科、各コースの成績上位者10名の名前と点数が、両校舎の間にあるエントランスホールに張り出された。
お昼休みに突入し、そのエントランス部分に大勢の生徒が集まっている。
「ちーちゃん7位、さっちゃん8位、二人とも凄いっ、おめでとう!」
「それはこっちのセリフ。緒方に10点も差をつけて、ダントツ1位!」
「雫~、おめでとう!」
「さすが、我らの雫様」
「もうっ、やめてよ」
緒方奏斗が悔しそうに雫たちを見ている。
雫に勝つために、夏休み中勉強をしていたのかもしれない。
けれど、雫の集中力は桁違いだ。
幼い頃から培ってきた負けず嫌いの根性と、ここぞという時の勝負強さ。
そして、目標を達成するまでたゆまぬ努力をし続ける持続力は怪物クラス級。
「雫先輩」
「あっ、……津田くん」
「1位、おめでとうございます」
「……ありがと」
土曜日のデートぶりだ。
「食べる時間なくなるから、テラスに行こうか」
さっちゃんがウインクして来た。
雫がはて?と首を傾げた、次の瞬間。
右手に圧迫感が……。
「今日は俺も、南棟の学食にします」
「……ッ?!」
津田くんが南棟の学食を食べようが、お弁当を持参しようが、そんなことはどーでもいい。
何故だか分からないが、私の右手が彼にぎゅっと握られている。
「あ~もうっ、見せつけちゃって~!彼氏に会いたくなって来た」
「私も~!尚理、お昼休みに入ったかな…、電話してみよっと」
さっちゃんとちーちゃんは自身のスマホで彼氏に連絡を入れ始めた。
すれ違う生徒たちの視線が、繋がれている私の手元に集中する。
「つつつっ、津田くんっっっ」
「雫先輩有名人だから、こうでもしなきゃ心配なんすよ」
「は?」
有名人なのは、私じゃなくてあなたでしょ。
北校舎の壁に垂れ幕が下がっているのに、今朝気が付いた。
プロのアスリートを目指す子たちが通う科だから、主要大会で優秀な成績をおさめた人の垂れ幕がずらりと並んでいる。
「それだけで足りるの?」
「2時間目終わりに、パンを食べたんで」
「……」
そりゃあそうか。
学食だけで足りるわけないよね。
しかも南棟の学食は、北棟みたいなボリューミーなメニューはないしね。
日替わりランチを頼んだ彼は、当然のように雫の隣りに腰を下ろした。
咲良が場所取りしたテーブルは、エアコンの風が程よく当たる特等席なのだ。
「先輩方は、もう進路とか決まってるんですか?」
突然の彼の質問に、3人の手が止まる。
卒業まで約半年。
当然、進路は決まっている。
「うちら3人とも国立志望だけど、同じ大学ってわけじゃないの」
「そうなんすか?」
「うん。雫は医学部、私は教育学部、ちとせは獣医学部だよ」
「うぉぉ~っ、さすがっすね!」
雫とちとせは、医塾と呼ばれる医学系専門の塾にも通っている。
白修館は中学部から大学まであるが、大学に医学部は無い。
だから、医学系を目指すなら、必然的に外部受験しなければならない。
「あと半年しかないんすね」
「……そうだね」
別々の大学を志望すると決めた時点で、3人で過ごす時間はカウントダウンを始めた。
「第一志望が受かれば、大学自体は結構距離が近いの。3人とも都内の大学志望だから、会おうと思えばいつでも会えるんだけどね」
「そうなんすか?」
「うん。だから、雫にも会えるから安心しな」
「それが一番聞きたかったっす」
「だよね」
「さっちゃん!」
咲良の一言でパッと明るい表情を浮かべた彼は、豪快にメンチカツを口に運ぶ。
「津田くん」
「んぃっ」
口の中一杯にメンチカツが入っていて、可愛らしい返答が辺りに響く。
「ミニトマト、嫌いだよね?」
「……はい?」
急いで飲み込んだものの、虎太郎は咲良の質問の意図が分からない。
「きらい、だよね?」
「……はいっ、大嫌いっす!」
テーブルの下では、咲良が虎太郎の脚を軽く一蹴り。
咲良の言わんとすることが読み取れたようだ。
『雫、ミニトマトが好きだから』と。
「先輩、あ~ん」
「ッ?!」
「あ~ん」
「……」
虎太郎がミニトマトを雫の口元に運ぶ。
さすがの雫でも、咲良の意図が理解できた。
「さっちゃん、余計なことしなくていいからっ!」
「雫のためじゃないよ。あと半年しかないんだから、津田くんのために、私らにできることをしてあげてるだけじゃん」
意味が分からない。
ミニトマトが好物であったとしても、お皿の上にそっと乗せるだけでも十分じゃない。
それがどうしたら、『あ~ん』になるの?
「ほら、津田くん困ってるから、早いとこ食べてあげな。周りの目ってもんがあるでしょ」
「……」
何それ。
ホントに意味わかんない。
「先輩、ヘタの部分を持ってるんで、衛生面は完璧っす」
「っ……」
素手で持ってるからとか、そんな次元じゃないの!
男の子から『あ~ん』して貰うこと自体が問題なんだってば!
一歩も引こうとしない彼。
ほらほら~とばかりに目配せしてくる親友二人。
……もうどうにでもなれ。
ぎゅっと目を瞑って口を開くと、そっとミニトマトが口の中に入った、次の瞬間。
彼の親指の腹が、そっと雫の唇をなぞった。
「ドレッシングが付いたんで」
「っっっ」
「見せつけてくれんじゃん♪」
顔が爆発したみたいに熱くて、味なんて分からない。
どうやってお昼ご飯を食べたのか、途中から記憶がない。
お昼休みが終わる予鈴が鳴り、周りの生徒たちも食器を片付け始めた。
「5時間目、何の授業?」
「古文っす」
「うっわぁ~、睡魔とバトル頑張って」
「先輩たちは?」
「うちらは数学」
「それもハードっすね」
「古文よりマシでしょ」
「確かに。あっ、先輩」
「……ん?」
返却口へと向かっていると、顔を覗き込むような感じで彼が視界に現れた。
そして、雫の耳元にそっと話しかける。
「日曜日、暇っすか?」
彼の吐息がかかって、耳が擽ったい。
両手でトレイを持っているから、余計にそう感じるのかもしれないけれど。
「日曜日にN校との練習試合があるんですけど、俺の試合、見に来ませんか?」
「練習試合?」
「はい。……ダメっすか?」
土曜日は塾が入ってるけど、日曜日は入れてない。
行けないわけではないけれど、私なんかが行ってもいいのだろうか?
「部外者がいても平気なの?」
「白修館の道場でするんで、大丈夫っす。じゃあ、詳しい時間とかは後で連絡入れますね」
「……ん」
5時間目の授業に遅れたら困るから。
咄嗟に断る理由が思いつかなかったから。
気づいた時には了承の頷きをしていた。
いつもながらに颯爽と戻っていく彼。
こっちは胸がバクバクして、呼吸するのも大変なのに。
「津田くんから、デートに誘われた?」
「……デートというほどのものじゃないけど」
返却し終えたちーちゃんが声をかけて来た。
「日曜日に練習試合があるらしくて、見に来ないか?って」
「デートじゃん」
「……そうなの?」
「雫に応援して貰いたいんだよ、彼は」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます