猛虎の襲撃から、逃れられません!

蓮条

第1話 慰謝料、請求していいっすか?


 9月1日、朝7時50分。

 夏休みがあっという間に終わり、今日からまた学校生活が始まった。


 通勤通学で混雑する駅構内を、都内でも有数の名門私立高校 白修館の制服を纏う女子高生が颯爽と歩く。

 さらりとしたストレートロングの髪を靡かせ、ホームの端へと向かう。

 一号車の女性専用車両に乗るためだ。


「おっ、今日もいる!」

「朝から目の保養~癒されるぅぅぅ」

「あの制服着てるだけで、Aランクだもんなぁ」


 反対側のホームにいる男子高生達の視線が一人の女子高生に向けられる。

 距離が離れているのに、会話が丸聞こえだ。


「ちーちゃん、おはよ」

「おはよう、雫」


 ちーちゃんこと、天野あまの ちとせ。

 身長162cm、体重40kg。

 ゆるふわロングの髪に黒目がちのぱっちり二重。

 あちこちの芸能事務所からスカウトを受けるほどの美貌の持ち主で、幼馴染の彼氏がいる。

 両家親公認の、リア充さん。


 そんなちーちゃんの横に立つ私は、香椎かしい しずく

 身長170cm超えの長身で、肩幅も広い。


 仲のいい女友達は『スレンダーで美人』だなんて言うけれど、奥二重のシャープな目に、鍛え抜かれた体は『可愛い』とは対極を意味しているようなものだ。


 ちーちゃんの横に立ったら、いかつい強面の女でしかない。


「見ろよ。髪を耳にかける仕草とか、マジで色気パネェ~」

「ぜってぇ、すっげぇいい匂いするよっ」

「クンクンしてぇ~~」

「お前ら、考えがゲスいよ」

「いいだろ、妄想くらい好きにしたって」


 ちーちゃんを見て、妄想の世界で幸せに浸りたいのは理解できる。

 かくいう私も、妄想の住人だからだ。


 幼い頃から、成長曲線から逸脱するほど体が大きい雫は健康そのもので。

 親に言われるがままに水泳、剣道、柔道、空手、体操教室などに通っていた。


 特に小学校一年から始めた銃剣道では、小学一、ニ年の部から中学二、三年の部に至るまで、一度も負けたことがない完全無敗の猛者だ。

 初めこそ親の言うがままだったが、天性の運動神経の良さで、何物にも代えがたい楽しさと達成感を味わったのは言うまでもない。


 けれどその過去が、今の雫を苦しめている。


 チラチラと向けられる視線に、『今日もデカ女がいるぞ』と言われているみたいで胸がぎすぎすする。


『可愛いより美人の方がいい』だなんて雑誌に書いてあったが、結局はふわふわ系で可愛らしいキラキラ女子が好まれるのが世の常だ。

 テレビドラマでも映画でも、“天然”だとか“ゆるふわ可愛い”だとか、もてはやされるワードは、体育会系長身女子には鉄槌NGでしかない。

 遊びならまだしも、恋人にしたいのも、結婚したいのも安らげる可愛らしいか弱き女性だ。


 ぽっちゃりしてるならダイエットすればいい。

 目が細いならメイクで誤魔化せる。

 けれど、デカい身体はどうにもできない。

 どうやったら、小っちゃくて弱々しい女の子になれるのだろう。


 高校生になったら、彼氏なんてすぐできると思っていた。

 都内でも有数の名門私立高校の制服を身に纏い、JKというブランド力のようなものがあれば、誰だってリア充になれるものだと。


 だけど、現実は違った。


 ちーちゃんや仲のいい子たちに合コンをセッティングして貰っても、全戦全敗。

 連絡先を交換しても、何回かのメッセージのやり取りがいいところで、既読スルーする人もいる。

 中にはブロックまでする人もいて…。

 高校二年が終わる頃には、『諦め』というスキルを身に着けた。


「間に合ったぁぁ~~っ」

咲良さくら、おっそいよっ」

「マーくんに朝から絡まれて」

「またお泊りしたの?」

「来週、ゼミの合宿で会えないってうるさくて」


 階段を駆け上がって来たもう一人の親友、北島きたじま 咲良。

 身長164㎝、体重43kg、B89、W58、H88のダイナマイトボディの持ち主で、性格は頼りになる姉御肌。


 大学生の彼氏がいて、彼女もリア充さん。

 咲良にベタ惚れで、頻繁にお泊りをおねだりするらしい。


 咲良の両親は離婚していて、今は母親と二人暮らし。

 しかも、その母親は某会社の社長さんで、出張が多く家を頻繁に空ける。

 一人で留守番をする事も多い彼女は、料理の腕がピカイチ。

 よく焼き菓子を作って来てくれる。


 この二人と肩を並べると、ますます卑屈になる。


 せめて、妄想の中だけでもイケメンに恋したいと、少女漫画やイケメン育成アプリにハマり…。

 最近の癒しは二次元の世界。


 視線の先にいる男子高生のように、妄想で日々支えられているようなものだ。


「あっっっつ~~いっ!シャワー浴びて来たのに、今すぐシャワー浴びたいっっ」

「さっちゃん、下着見えちゃうよっ」

「あーいいよ、見たけりゃ見れば」

「え…」


 汗ばむのが気持ち悪い咲良は、短いスカートをパタパタと煽ぐ。

 色気と反比例して、男前な性格でもある。


 **

 

 放課後。


「今日、どっか寄って帰る?」

「あ、ごめん。今日、本屋さんの日」

「あっそうか、今日は1日だもんね」

「……うん」

「雫が、イケメン王子と出会えますように~~♪」


 咲良が両手を翳し、雫に念を送る。


「さっちゃん、ありがと」

「じゃあ、また明日ね」

「また明日」

「雫、バイバイ」


 毎月1日発売の月刊コミック。

 これがお目当てなら、近場のコンビニでも手に入る。

 私のお目当ては、その月刊誌を受取りに行った際に、未発掘のイケメン二次元を探し出すこと。

 コミックだけでなく、小説やDVD、ゲームに至るまで、大手の書店内を隈なくチェックするのが楽しみの一つ。


 私の生き甲斐を熟知している親友二人と、駅前の交差点で別れた。


 雫は駅前の交差点を渡り、書店を目指す。


 アスファルトの照り返しもあって、体感温度はかなり高い。

 日陰を求めながら足早に先を急ぐ。


 書店の自動ドアをくぐると、一気に冷気に包まれた。


「涼しい~」


 思わず声が漏れ出すほど。


「いらっしゃいませ」


 陳列するスタッフの後ろを横切り、一目散にお目当てのコーナーへと。


「えっ、コミカライズになるの?!」


 コミックが陳列されている棚に広告のポスターが貼られていて、好きな絵師さんがコミカライズの担当になったことを知る。

 約一年ぶりの作品だ。

 これは、絶対に予約せねば。


 **


 大収穫があった雫はルンルンで書店を後にする。

 何軒もお店をはしごしたお陰で、戦利品を幾つもゲットできたのだ。

 駅へと向かっていると、スマホのアラームが鳴る。


「アルディ様の時間だ」


 毎日17時更新のイケメン育成アプリ『プリンセスの扉』。


 一国の王女としてプレイし、次から次へと他国の王子から求婚されるゲーム。

 貢ぎ物や手紙のやり取り、宴や茶会の誘いなどをこなし、意中の王子を射止めるストーリー。


 勿論、謀り事やトラブルなども起こり、ハッピーエンドまでは一筋縄ではいかないのがハマりどころだ。

 イケメンボイスは勿論のこと、きゅんセリフも盛りだくさんで、何より美麗イラストにハートが鷲掴みされている。


 様々なタイプの王子様が登場し、どのキャラも魅力的で。

 全王子様を攻略したい雫は、毎日ログインし、コツコツとストーリーを進めているのだ。


 目下攻略中のアルディ様。

 銀髪碧眼の王子様で、冷徹な性格を攻略しなければならない。


『アルディから夜会の招待状が送られて来た』

 ▽【華やかなドレスにする】

 ▼【クラシカルなドレスにする】


 ストーリーを進めるのは、二者択一だ。

 選択によって、その後の展開が左右される。


 雫は唸りながら駅の改札口を抜け、ホームへと向かっていた、その時。

 ドンッ。


「んっ…」

「……ってぇ」


 歩きスマホをしていた雫は、誰かとぶつかってしまった。

 しかも、その相手が咄嗟に雫を庇ってくれたようで、雫自体には大きな痛みなどはない。


「……えっ…と」


 恐る恐る目を開けた雫の視界に映ったのは、雫よりも遥かに大柄の男子高生。

 それも横たわっていて、視線を逸らすように手で顔を覆った。


「慰謝料、請求していいっすか?」

「……へ?」


 すぐ傍を通り過ぎる人たちの視線が突き刺さる。


 彼の言葉の意味を辿るように自身の視線を降下させると。


「ん゛ん゛んんんんんんんっっっっっ」


 何何何何っ?!

 何をどうしたらこんな状況になるのッ?!


 なんと、大柄な男子高生に馬乗りになっていた!

 しかも、その男子の大事な部分を鷲掴みにして……。


「ごごごごごごごっ、ごめんなさいっ!!」


 慌てて彼から離れ、床の上に正座。

 大火傷を負ってるんじゃないかと思うくらい、顔が熱い。


 右手にはスマホ。

 左手には柔らかい?ような何とも言えない感触が残ってる。


「怪我は無いっすか?」

「……へ?」

「どこか痛い所とかは?」

「……ないです」

「はぁ……ならよかった」


 上半身を起こした彼は苦笑しながら鞄を拾い上げた。

 私を守るために鞄を放ったのだろう。


「立てます?」

「……」


 あり得ない状況で、足に力が入らない。

 腰が抜けたのかも。


 彼に支えられるようにして何とか立てはしたけれど、足下がおぼつかなくて立っているのがやっとだ。

 しかも、彼の視線が私の右手に釘付けだ。

 ……もう、よりにもよってアルディ様を見られてしまった。


「もう大丈夫ですっ。行って下さい」

「……でも」

「ホントに大丈夫です。……死ぬほど恥ずかしいのでっ」


 視線が上げられない。

 彼が今どんな顔をしてるとか。

 どこの学校の制服なのかすら、確認できないほど。

 ちゃんと謝罪もしなければならないのに、息もできないほど、羞恥で死にそう。


「じゃあ…」


 真横を通り過ぎる際に、フッと彼が笑った気がした。

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