第五話
義鷹は、物の怪退治屋としては師匠であったが、それ以外の日常の面では、年の離れた兄のようだった。一弥に読み書きや算術の基本を教え、町での暮らし方、野宿の仕方等々、様々な知識や知恵を惜しみなく与えてくれた。
「一弥。おまえもそろそろ刀を持って構わないくらいの技量が身についてきた」
弟子入りしてから二年ほど。用事があると言って久し振りに義鷹の長屋に戻ってきた夜、彼は一振りの刀を一弥に与えた。義鷹が懇意にしている刀鍛冶に鍛えてもらったものだった。
鞘から、ほんの少しだけ引き出してみる。
刃は溜息がでるほど美しく、ずっと見ていると吸い込まれそうな輝きを放っていた。
「今日からそれはおまえのものだ。だが、これだけは忘れるな。その刀は、物の怪を斬るためのものだ。決して人を斬るためのものではない」
義鷹のその時の口調は、強く険しいものだった。そう、刀は、人をも斬れるのだ。己のものだと言われた刀にうっとりと見とれていた一弥は、刀を鞘にしっかりと収め、居住まいを正した。
「はい。ゆめゆめ忘れません」
「よし」
険しい表情は一変、義鷹は満足そうな笑みを浮かべていた。
「一弥。抜いて、構えてみろ」
「呪力は?」
「もちろん、まとわせて、だ」
今までは木刀を使っていた。木刀だが、重さは本物の刀と同じになるよう細工されていたので、刀を握っても、重さに対する違和感はほとんどない。
だが、やはり刃がついていると思うと、心持ちは全然違った。
一弥は壁を向いて抜いているが、すぐ隣に義鷹がいるせいだろうか、緊張する。
「目の前に物の怪がいるつもりでやってみろ」
「はい」
目の前は壁だ。しかし物の怪ならば、壁の向こうにいても油断はできない。あの、巨大なムカデのように。
――あのムカデを、倒す。
白銀の刃に、一弥の呪力がまとわりつく。青みを帯びた白い光を放っていた。力を込めれば込めるだけ、光は強さを増していく。
「――おまえの呪力の色は、月明かりのようだな。刀だと、よりいっそうそう見える。もういいぞ、一弥」
言われて、一弥はふっと息を吐いた。必要以上に呪力を込めていたのだと、ようやく気が付いた。
「木刀とは勝手が違うだろうが、まあ慣れだ。これからも励めよ。大丈夫、一弥ならできる」
物の怪と戦ったわけでもなく、いつもの修行と同じように構えたつもりだったが、額にはうっすら汗がにじんでいて、やけに疲れた。初めて持つ刀に、よほど緊張していたらしい。
その夜から、義鷹と同じように、枕元に刀をおいて眠るようになった。
刀を与えられてから更に三年ほど、義鷹と共に各地を巡った。村や町に出る物の怪を退治しに行くこともあったが、戦の後に現れる物の怪を退治することもよくあった。武家が頼んでくることもあれば、通りすがりに巻き込まれるように退治することもあった。
「戦って、多いんですね」
「……あちこちに武士がいて、勢力争いをしているからな。俺が武士だった頃より、もしかしたら増えているかもしれない」
自ら武士をやめたからか、義鷹は武家と関わるのを快く思っていないようだった。その割には、戦があると聞けば赴くのである。何故なのか、尋ねたことがあった。
「前にも言ったろう。戦ではただでさえ人が死ぬのに、物の怪まで出るんだ。倒さねばなるまい。戦でも物の怪でも、先に死ぬのは武士ではなく、寄せ集めの雑兵たちだしな」
義鷹は頼まれて物の怪退治をする時、武士やいかにも裕福そうな町人からは多くの報酬を要求するが、そうでなければ破格の報酬しか受け取らなかった。一晩の宿だけの時もあった。
彼はそういう人だった。
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