ニコニコショップのアルバイトたち

円寺える

第1話

 都会でも田舎でもない加茂ノ橋市にあるショッピングセンター、ヨヨンモール。その中に、ニコニコショップという雑貨屋がある。女子中高生がよく来店するその店で、重森千奈津はアルバイトをしている。高校卒業後、正社員として働くことなくフリーターの身となった。

 女子中高生をターゲットとしているため、基本的に女性向けの商品が多い。

 品出しや接客をするだけの仕事でそれほど重労働ではなく、時給が高いためここを辞める理由がない。

 人間関係は最高! とまではいかないが、ほどほどに良好だと千奈津は思っている。


「ちょっと重森さん、ここ塵が落ちてますよ」


 大学二年生の波瀬が溜息を吐きながら千奈津に声をかけた。

 波瀬の視線を辿ると、床に小さな塵が落ちている。

 客がいる間、掃除はしない。閉店後に床を掃除し、塵を集める。

 この塵が見えないのか、と言うように波瀬は床を指さす。


「掃除は閉店後にするから、今しなくてもいいよ」

「でも、お客様の目に触れるので拾った方がいいと思います」


 千奈津がここでアルバイトを始める前から波瀬は働いていた。千奈津の方が一つ年上でも、波瀬の方が先輩なのだが、仕事に慣れたら先輩も後輩もない。仕事内容は至って簡単なものなので、千奈津はすぐに慣れ、波瀬に対して敬語を使わなくなった。

 波瀬は千奈津に対して、自分の方が先輩だという意識がある。

 だからこうして些細な事でも指摘をするのだ。


「もう少しここの店員という意識を持った方がいいですよ」


 まるで仕事ができない部下を持った上司のように肩をすくめる。

 千奈津はイラっとし、絶対閉店するまで掃除はしないと心に決めていると「どうしたの?」とぴりついた空気を破る声がした。

 客が少ない店内で女二人の険悪な声色が聞こえたのか、アルバイトの如月がひょっこり現れた。

 如月の顔を見るなり波瀬は驚いていたが、すぐに笑顔になった。

 分かりやすく豹変する波瀬を見て、千奈津は失笑する。

 如月はイケメン店員として客から人気があり、如月目当てに来る常連客は少なくない。

 二重瞼でくりっとした茶色の瞳と、その瞳と同じ色をした髪。

 柔和な雰囲気を纏う端整な顔立ちの如月は、波瀬のお気に入りだ。如月を見つめる波瀬の顔は恋する乙女だった。


「ご、塵が落ちていたので掃除をしようかと思っただけです」


 正確には「塵が落ちていたので掃除をさせようと思っただけです」だろう。

 自分が拾う気満々だったような言い方をするな。


「そうなの? でも掃除は閉店してからでいいんじゃない?」

「そ、そうですよね! でも床が汚れてると気になっちゃうんです」


 波瀬は髪をうねらせてセットしていたり、化粧を施していたりと、身なりは可愛くしているのだが、二重瞼をつくるために貼っているシールが剥がれかけている上に、毛穴が目立つ。きっと急いで出勤してきたのだろう。如月とシフトが被っている日は入念に顔のチェックをしているはずだが、今日は出勤するはずのバイトが体調を崩したため、如月が代わりに出勤することとなった。

 如月がいると思わなかった波瀬は、見た目を疎かにしていたようだ。


「ところで、如月先輩は今日出勤じゃなかったと思うのですが……」

「あぁ、代わったんだよ」

「そうなんですね!」


 如月がレジの方へ行くと、波瀬は「お手洗いに行ってきます」と千奈津に言い、そそくさとその場を立ち去った。

 きっと顔面チェックをするのだろう。

 店内に客がいないので、時間を潰そうとレジの前に立っている如月の隣に立つ。


「今日も客が少ないね。千奈津ちゃん帰る?」

「えー、いいの?」

「やっぱ駄目。千奈津ちゃんが帰ったら、波瀬さんと二人きりじゃん」


 うへー、と嬉しくなさそうに顔を歪める如月は、自分に好意を抱いている波瀬を好いていない。

 如月がこうした姿を見せるのは女の前では千奈津くらいである。

 同い年でフリーターの千奈津には、なんでも言えてしまうのだとか。


「そういえば、波瀬さんの瞼になんかぴろぴろしたのが付いてたけど、あれ何?」

「二重テープだよ。知らない?」

「知らない。二重瞼をつくるの?」

「そう。一重よりも二重の方が可愛く見えるでしょ」

「うーん、よく分からない。ぴろぴろが気になってそれどころじゃない」

「乙女の敵だわ。女の子は可愛い姿を見せたいの」

「そのぴろぴろしたの可愛いね、って褒めればいい?」

「そんなこと言われたら恥ずかしくて死ぬ」


 如月はケラケラと笑う。

 いい性格してるよな、と千奈津は如月を横目で見た。


「でもそっか、あのテープって可愛く見せるためだったんだ。その上から化粧してるもんだから、目元がすごく汚く見えたよ。普段はもうちょっと小奇麗にしてたと思うけど、今日だけ特別なのかな」

「如月くんが来るとは思わなかったんでしょう」

「はは、俺がいないときはいつも汚いんだね。小さな塵を気にするより自分の面を気にした方がいいんじゃない? って今度言ってみて」

「自分で言いなさいよ」

「やだよ、気まずくなるじゃん」


 如月琉喜亜、意地の悪さはバイトの中で一番である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る