第28話

隠れ家から少し離れた場所にある防波堤。灯りは全くなく、暗闇で周りはよく見えない。物音は殆どせず、聞こえる音は海の波打つ音だけ。

 聖飛は防波堤の際に座り、海を眺めていた。

「……なんで」聖飛は近くに落ちていた小石を拾い、海に投げた。小石は水面に当たり、一回、二回、三回と跳ねて、その後、沈んだ。

 聖飛は沈んだ小石を見て、深い溜息を吐いた。琥鉄さんや爺ちゃんの正体を知って、その事実をまだちゃんと受け止められないし、他の事に対しても、どう頭と心で処理していいか分からない。もう、爆発寸前だ。

 足音が聞こえる。その足音は聖飛に近寄って来る。

「誰だ」聖飛は振り向いた。

「私よ」

 近づいて来たのは葵桜だった。

「葵桜か。どうしたんだ?」

「ちょっと、心配で見に来たの」

「……心配か。悪いな。迷惑かけて」

「いいよ。隣座っていい?」

「おう」

 葵桜は聖飛の隣に座った。

「どうかしたの?」葵桜は優しい表情で、訊ねた。

「……別に……って言いたいんだけどさ。でも、言いたい事があるのは事実なんだよ。でも、全部は言いたくないって言うか」

「言ってよ。言えるだけでいいから。ねぇ」葵桜はニコッと微笑んだ。

「……なんだかさ。俺達は与えられた情報だけを吸収してたんだなって」

「与えられた情報?」

「だってさ。与えられた情報が全て正しいと思い込んで、疑いもせずに生きてきた。その結果がこの状況だ。俺達は何も考えていなかった。少しでも考えて生きてたら、結果は違ったかもしれない」聖飛は言葉を吐いた。あまりにも情けなくなる。自分達が物事に対して、何も疑いもせずに接してきた。この世の中に溢れる情報が本当か嘘かも考えずに。そして、その情報を他人事のように思っていた事に。

「……そうだね」葵桜は聖飛の言葉を肯定した。彼女もそう感じる節があるのだろう。

「それによ。爺ちゃんも、琥鉄さんもステルス機関の一員だって知らなかった。なんだかさ、ここ数日の情報量が多すぎて、頭がパンクしそうなんだよ」

「……私もそうだよ。私も、頭パンクしそうで。いっぱい、いっぱいなんだ」葵桜は辛そうな面持ちで言った。彼女も耐え切れない事がたくさんあるのだろう。

「え?」

「……大切な家族や友達がいない事や、善人だと思っていた市長が実は悪人だったって事とかさ。色々な事が多すぎて。もう、頭が爆発してアフロになりそうだよ」

「アフロって、葵桜な。なんだよそれ」聖飛は思いがけない言葉が返ってきて驚いたように見える。

「え、アニメとかでよくあるじゃん。実験とか失敗して、頭がアフロになるやつ」

「そうだけどさ。いきなり、それはなしだろ。ハハハ」聖飛は笑い出した。葵桜の例え方が面白くて、笑いのつぼにはまってしまった。

 葵桜は笑っている聖飛を嬉しそうに見ている。

「あー笑い死ぬかと思った」

「……どう?ちょっと、楽になった?」葵桜は、優しく訊ねた。

「おう。おかげ様でな」聖飛は笑顔で答えた。助けられた。自分は自分の事しか考えていなかった。けど、それを知れて嬉しかった。だって、こんな素敵な仲間が居ることに気づかされたからだ。自分は独りじゃない。

「よかった」葵桜は、満面の笑みを浮かべた。

「お、おう」聖飛は、葵桜から視線を外した。ドキッとした。初めて、葵桜に対して、こんな風な気持ちになった。

「どうかした?」

「なんでもない。あ、今度お礼しないとな」

「別にそんなのしないでいいよ」

「いや、絶対にする。何か欲しいもの考えとけよ」

「そこは人任せなんだ」

「だって、俺、センス悪いから」聖飛は頭を掻いた。紛れもない事実なのだ。今まで、自分で選んだもので、いい顔をされた事がない。

「……わかった。考えとく」

「頼むわ」

「うん。それじゃ、隠れ家に戻ろう」

「そうだな」

 聖飛と葵桜は立ち上がった。そして、隠れ家に向かって、歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る