第27話
聖飛達を乗せた車は西区から南区に向かって走っていた。どうやら敵は追いかけて来てないようだ。
「助かったのか」直哉は呟いた。
「命はあります」
「ヤバイ。気失いそう」
「紅礼奈。深呼吸、深呼吸」
「ありがとうございます。助かりました」聖飛は後部座席から、運転席のマスクを被った男に言った。
「他人行儀だな。聖飛」
「……他人行儀?」聖飛は男の言葉に疑問を抱いた。どこかで聞いた事がある声。いや、馴染み深い声。
運転席の男はマスクを外した。
「こ、琥鉄さん」
聖飛達を助けたのは琥鉄だった。
聖飛は驚きのあまり開いた口が塞がらないでいる。
「よう!」
「なんで、琥鉄さんが?」聖飛は訊ねた。
「それはあとで説明する。それより、今は逃げ切るのが先決だ」
「う、うん」
「とばすぞ」琥鉄はアクセルを思いっ切り踏んだ。聖飛達を乗せた車は速度をさらに上げた。
南区の海岸。
聖飛達を乗せた車が停まった。
「みんな降りろ」
琥鉄の指示通り、全員、車から降りた。
「全員降りたな」
「うん。全員降りた」
「よし」琥鉄は車に小型爆弾のようなものを付けている。
「何してるの?」聖飛は不思議そうに訊ねた。
「この車を爆破する」
琥鉄が車に付けていたのは、やはり、爆弾だった。聖飛達は驚き、顔を見合わせている。
「爆破するの?」
「あぁ。証拠隠滅って奴さ」琥鉄はニコッと笑った。
「でも、ここ南区だよ。これから、どうやって逃げるんだよ」
「これに決まってるだろ」琥鉄は自身の足を叩いた。足で移動すると言いたいのだろう。
「足?」
「おう。お前ら、爆破に巻き込まれないように離れるぞ」
「……うん」
「聖飛。この人、普段からこんな変な人なの?」紅礼奈は聖飛の耳元で囁いた。
「違うと思うんだけど」
「なんで、確証持てないのよ?」
「いや、普段と違いすぎて」
「お前ら、走るぞ」琥鉄は走り出した。
「今は信用しましょう。それしか、助かる方法がないんですから」賢斗は言った。
「だな。みんな、走るぞ」
「え?」「うん」「了解」
聖飛達は琥鉄のあとを追った。
「ここら辺でいいか」琥鉄は足を止めた。聖飛達も足を止める。
琥鉄はズボンのポケットから、スマホを取り出した。そして、スマホを操作して、画面をタッチした。すると、車に付けられていた爆弾が爆破した。とてつもなく大きい音がして、強風が聖飛達を襲う。車は燃えて、無残な姿に変貌を遂げている。
「じゃあ、行くか」琥鉄は何食わぬ顔で、歩き出した。
「やばい人なんじゃない」
「……俺も、そう思ってきた」聖飛は琥鉄の姿を見て、呆然としている。
「何で、この短期間で下水道移動二回目なのよ?」紅礼奈は嘆いている。
「仕方ないだろ。それに俺も二回目だし。命が助かっただけいいじゃねぇか」
「それはそうだけどさ」
聖飛達は下水道を歩いていた。近くにあったマンホールから入ったのだ。
琥鉄が先頭で歩いている。聖飛達はその後ろを歩いている。
「紅礼奈。文句言っちゃだめだよ」葵桜は紅礼奈を注意した。
「やっぱり、葵桜が姉貴だな」直哉はクスッと笑った。
「直哉!アンタ喧嘩売ってる?」
「事実だろ。なぁ、賢斗」
「そうですね」
「賢ちゃんまで……ふん、もういい」紅礼奈は、眉間に皺を寄せた。
「皆さん、お静かに」琥鉄は聖飛達に言った。
「すいません」聖飛達は反省して、謝った。
「琥鉄さん。どこに向かってるの?」
「……着いてからのお楽しみだ」
「着いてからのお楽しみ?」
「おう。きっと、びっくりするぞ」
「……わかった」聖飛は不安そうに言った。
聖飛達の足が止まった。目の前には壁があり、行き止まりだ。驚くようなものはどこにも見当たらない。
「行き止まりだよ」聖飛は琥鉄に訊ねた。
「場所間違えたんじゃない?」
「紅礼奈!」葵桜は紅礼奈に注意した。
「ごめんなさい」紅礼奈は琥鉄に頭を下げた
「心配しないでいいよ。お嬢ちゃん。ここで合ってる」琥鉄は壁を触った。すると、壁が音を立てて、ドアのように開き、大きな部屋が現れた。まるで、魔法のようだ。
「マジかよ」
「……隠し扉」
「スパイ映画みたいですね」
聖飛達はあまりにも衝撃的な事が起こり、唖然としている。
「船やバイク、それに水上バイクまである」
聖飛達の目の前の部屋にはバイクが三台置かれていた。その奥には船が一隻と水上バイクが一台、水上で浮かんでいる。さらに奥には海が見える。きっと、ここから海に出れるのだろう。
「これで驚かれちゃ困るんだな」
「まだあるのかよ」
「おう」
「ちょっと、みんな入ってくれ」
聖飛達は部屋に入った。
琥鉄は部屋の壁面にあるボタンを押した。すると、壁面が動いた。
「ここって、隠れ家じゃない」
壁面の先には、隠れ家があった。この部屋と、隠れ家は繋がっていたのだ。
「こんな所と繋がってたなんて」
「ずっと気づかなかった」
聖飛達はその場で固まってしまった。
琥鉄は隠れ家に入った。
「みんな、固まってないで早く来な」
「は、はい」聖飛達は頷き、恐る恐る、隠れ家に入った。
ダイオウイカの魚拓がドア代わりになっていた。
「みんな、座ってくれ」
聖飛達はテーブル前の椅子に腰かけた。
「まず、何から話そうか」
「ちょっと待って」
「なんだ?」
「……本当に琥鉄さんなのか?」聖飛は訊ねた。普段と今の琥鉄さんの立ち振る舞い方が違い過ぎて、受け止められない。
「そうだ。正真正銘、琥鉄だよ。俺の顔を忘れたのか?」琥鉄は二度、自身の頬を軽く叩いた。
「……いや、そんな事はないけど」
「質問いいですか?」紅礼奈は訊ねた。
「どうぞ。嬢ちゃん」
「なんで、貴方がここを知ってるんですか?この場所はうちら以外知らないはずだと思うんですけど」
「……たしかに」直哉はボソッと呟いた。
「……それは、俺がステルス機関の一員だから」
琥鉄の口から語られたのは衝撃の事実だった。
聖飛達はまた固まってしまった。
「……ステルス機関」
「ここは聖飛さんのお爺さんが聖飛さんに渡した場所ですよ」賢斗は言った。
「……もしかして」葵桜は何かに気づいたようだ。
「そっちのお嬢ちゃんは察しがいいね」
「……爺ちゃんもステルス機関の一員だった」聖飛は言った。一番可能性のある答えだ。でも、信じられない。信じろと言う方が難しい。こんな、現実離れした答え。
「正解だ」琥鉄は頷いた。
「……マジかよ」聖飛は驚きを隠せていない。近しい人間の新たな事実を知り、頭が混乱している。もう、キャパシティーはとっくに超えている。
「お前の爺ちゃんは最高のリーダーだ」
「……もしかして、爺ちゃんは生きているの?」
「…………」
「何か言ってよ」
「……すまない」琥鉄は謝った。
「……そっか」聖飛は俯いた。
「聖飛」直哉は聖飛の背中を擦った。
「本当にすまないな」
「琥鉄さんが謝る事じゃないよ」
「あぁ……聖飛。あれ持ってるか?」
「あれって?」
「この前、やったネックレスだよ」
「持ってるけど」
「貸してみな」
「う、うん」聖飛は椅子から立ち上がり、本棚に置いている本の形をしたネックレスを手に取った。そして、そのネックレスを琥鉄に渡した。
琥鉄は本の形をしたネックレスの中央部分を押した。すると、ネックレスは半分に割れ、中からはマイクロチップが出てきた。
「……マイクロチップ」葵桜は呟く。
「質問。それには何の情報が入ってるの?」紅礼奈は訊ねる。
「生物実験の報告書とヒンケルの設計図だ」琥鉄は答えた。
「そうなんだ」
「……俺がずっと持ってたのか」
「大事に持っててくれてありがとうな」
「う、うん」聖飛は照れくさそうに返事をした。
「これで、データが二つあるって事ですね」
「もう一つ持ってるのか?」
「うん。港でステルス機関の人に渡されたんだ」
「そのステルス機関はどうなった?」
「……殺されたよ。今さっき、俺達を殺そうとした梨本って奴に」
「……そ、そうか」琥鉄は悔しげな表情を浮かべた。
「琥鉄さん……あ、証拠の動画もあるよ」
「動画?あいつが撮るように言ったのか?」
「うん」
「……あの馬鹿野郎」琥鉄は両手で顔を隠した。肩が震えている。指と指の間からは涙がこぼれていた。
「……琥鉄さん」
琥鉄は手で顔を思いっ切り擦った。目は充血している。そして、何かを吹っ切るかのように大きく深呼吸をした。
「俺に力を貸してくれないか?この街の人々を助ける為に」
「はい」聖飛達は決意に満ち溢れた表情で、頷いた。
「みんな、ありがとう。それじゃ、これからの事を伝える。まず、明後日、ユートピアに行き、残された三つ目のデータを奪いに行く」
「一つ、質問していいですか?」直哉は手を上げて、訊ねた。
「いいよ。言ってごらん」
「データが二つと動画だけじゃ駄目なんですか?なぜ、わざわざ危険な場所に行かないといけないんですか?」
「それは三つ目のデータにワクチンの設計図が入っているからだ」
「……ワクチン?」
「ヒンケルを打たれた人達は、ワクチンを打たないかぎり、元には戻らないんだよ」
「……そ、そんな」直哉は事実を受け止められないでいる。
「だから、奪いに行くんだ。みんなを元に戻す為に」
「でも、どうするんだよ。あそこのセキュリティは無茶苦茶固いんだよ」聖飛は言った。この前より、さらにセキュリティは強固になっているはずだ。人員もかなり増えているはず。賢斗のハッキングも通用しない。このまま行けば、自殺行為だ。
「それは大丈夫だ」琥鉄はズボンのポケットからUSBメモリーを取り出した。
「それは?」
「ステルス機関が開発したハッキングソフトだ。このソフトを使えば、どんな固いセキュリティでも突破可能だ」
「マジですか」賢斗は目を光らせて、USBメモリーを見つめている。
「君に渡そう。君はハッキングの天才らしいからね」
「何で、そんな事を知ってるんですか?」
「ステルス機関の情報網を舐めないでくれ。ほら」琥鉄は賢斗にUSBメモリーを手渡した。
「ありがとうございます。でも、その情報一つ間違いがあります」
「なんだい?」
「天才ではなく鬼才です」賢斗は自信満々に言い切った。
「ハハハ、そうかい。それは頼もしい」琥鉄は笑った。
「おい、調子乗んなよ」
「本当だぜ」
聖飛と直哉は、賢斗の頭を思いきっり撫でた。賢斗の髪の毛はボサボサになってしまった。
「やめてくださいよ」
「観念したか」
「才能は認めるけどよ」
琥鉄は咳払いをした。
聖飛と直哉は琥鉄の方を見た。
「話の続きをしていいかな?」
「あ、ごめん」
「すみません」
「どうぞ。お願いします」
「馬鹿じゃないのアンタら」紅礼奈は言った。
「まぁまぁ」
「じゃあ、話の続きをするね。明後日のデータ奪還作戦は俺と聖飛と賢斗君で行く」
「うん」
「分かりました」
「他のメンバーはクリティアから脱出する準備をしてほしい」
「脱出って簡単に言いますけど。あの橋を渡る方法以外でここから出れる方法なんてあるんですか?」紅礼奈は訊ねた。
「紅礼奈。口の利き方」
「あれだよ」琥鉄は先ほど居た部屋にある船と水上バイクを指差した。
「船と水上バイク」
「そう。陸が駄目なら海からだ」
「口なら簡単に言えますけど。うちら操作方法なんて知りませんよ」
「だから、紅礼奈。口の利き方」葵桜は注意する。
「心配しなくても大丈夫。ステルス機関で、船も水上バイクも改造してあるから、操作は誰でも簡単に出来るようになってるから」琥鉄はニコッと笑って、答えた。
「そ、そうなんだ」
「でも、見つかる可能性があるんじゃないですか?レーダーとかにひっかかるとか」葵桜は訊ねた。
葵桜の言うとおりだ。いくら、操作性がよくなっていたとしても、相手に見つかれば全く意味を持たない。
「それは大丈夫だ。レーダーには映らないように改造されているから」
不安要素はなくなった。
「……はい」
「それに基本は俺が操作する。だから、そんなに心配しなくていい。いわゆる、保険だよ」
「保険って?」聖飛は問う。
「もしも、俺が命を落とした時の為だよ」
「はぁ?縁起でもない事言わないでくれよ」聖飛は声を荒げた。そんな言葉を聴きたくはなかった。思っていたとしても、口にはしないでほしかった。
「縁起でもない事は分かってる。でも、可能性は0じゃないんだ。0じゃないかぎり、起こり得る事全てを想定しないといけないんだよ」
「……でもよ」聖飛は俯いた。頭では理解している。でも、心が否定している。だって、琥鉄さんには死んでほしくないから。
「大丈夫だ。俺は簡単には死なない」琥鉄はニコッと笑いながら、サムズアップした。
「……うん」
「じゃあ、作戦の続きだ。データ奪還後、船と水上バイクで鹿島港に向かう」
鹿島港とは茨城県にある港のひとつだ。
「何で、鹿島港なの?」
「鹿島港には俺が一番信頼している人が待ってくれている」
「ステルス機関の人?」
「あぁ。その人にデータを渡し次第、ステルス機関が仙石達を制圧して、拘束する……これが君達に協力してほしい計画の全容だ。質問はあるか?」
「なぜ、仙石はこんな事をしてるんですか?」賢斗は訊ねた。
「それは、人類全てを機械人間化する事。このユートピアを拠点としてね」
「世界征服って事ですか?」
「簡単に言えばそうだ。全人類を全て、自分のものにしようとしている」
「でも、何でそんな事するのさ?」聖飛は訊ねた。意味が分からない。世界征服をしたところで何になる。王様にでもなりたいのか?
「……それは分からない」
「……そうなんだ」
「悪いな。他に何か質問あるか?」
聖飛達は首を横に振った。
「そうか」
「……ちょっとだけ風に当たってくる」聖飛は溜息を吐いた。
「おい、聖飛。どうしたんだよ?」直哉は聖飛の表情を見て、ただ事ではないと感じたようだ。
「なんでもない」
「なんでもない事ないだろ」
「あぁ、分かった。行って来い」琥鉄は言った。
「琥鉄さん」
「でも、すぐに戻って来いよ。この周辺も完全に安全ではないからな」
「分かってるよ」聖飛は階段を上って、外に出た。
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