第10話

五月十八日。スマホのアラームが鳴る。聖飛は手探りで、スマホを手に取り、画面をタッチして、アラームを止めた。

「眠い」聖飛は起き上がり、スマホの画面を見て、時間を確認した。午前7時15分。

 聖飛はベットから降りて、ドアを開けて、階段を降りて、リビングに向かった。

 聖飛はリビングに入り「母さん。メシ」とキッチンに向かって言った。だが、返事がない。

「あれ?母さん、母さん」聖飛はリビング中を見渡した。

 リビングには誰もいない。普段、キッチンで朝食と弁当を作っている佳奈美の姿が。ソファに座って、新聞を読んでいる卓の姿も。

「……父さん。母さん」聖飛は焦って、家中を探し始めた。寝室、書斎、トイレ、風呂などありとあらゆる場所を。しかし、二人の姿はどこにもなかった。

「……いない」聖飛はリビングに戻り、テーブルの上に置手紙がないか確認した。だが、テーブルの上には何もない。

 聖飛はリビングを飛び出し、玄関に向かい、鍵の施錠を確かめると、鍵が開いていた。

「……嘘だろ」

 ただ事ではない。もしかしたら、二人とも何かの事件に巻き込まれているかもしれないと、聖飛は思った。


 清流学園の校門前。生徒達は普段通りに登校していた。しかし、普段、校門前で立っている教師達の姿は見当たらない。

 聖飛はその光景に違和感を抱きながら、校門をくぐり、下駄箱で外靴から上履きに履き替えた。

 階段で4階に上がる。そして、二年三組の教室に向かった。

 教室に入ると、クラスメイト達が騒いでいた。いたって、普段通りの光景だ。聖飛は自分が考えすぎだったのだと反省した。

 聖飛の視界に俯きながら席に座っている直哉の姿が映った。

「どうした?」聖飛は直哉に駆け寄った。

「……聖飛」直哉は疲れきった顔で、聖飛に視線を送った。

「顔色悪いぞ」

「……ちょっとな」直哉は言葉を濁した。

「直哉らしくないぞ。俺に言ってみろよ」

「……ありがとう。今から話す事信じられないと思うけど信じてほしい」

「……わかった」聖飛は直哉の隣の席に座った。

「……俺の親父とお袋知ってるよな」

「知ってるよ。優しい親父さんとお袋さんだろ」

 聖飛と直哉はお互いの両親が仲が良く、家族ぐるみの関係だ。だから、聖飛は直哉の両親がどんな人物かよく知っているのだ。

「メモ書きもせずに朝から何処かに行くように見えるか?」

「……見えないけど……もしかして、お前の家もかよ」聖飛は自宅で起こった出来事と、直哉の家で起こった出来事が繋がっていて、同じ事件に巻き込まれているのではないかと思った。

「どう言う事だよ」

「俺の両親も居ないんだよ。メモ書きもなかったし、鍵は開いてたし」

「……本当か?」

「本当だよ。これって、やばいよな」

「やばいって話じゃないだろ。単純に事件だろ」

「だよな」

 葵桜と紅礼奈が教室に入ってきた。二人の表情は暗い。

 葵桜と紅礼奈は聖飛達に歩み寄った。

「おはよう」「おはよう」

「おう。二人ともなんかあったか?」

「あのさ、ちょっといい?」紅礼奈は神妙な面持ちでいる。

「いいけど」

「うちらの両親の事知ってるよね」

「知ってるよな」聖飛は直哉の顔を見て、同意を求めた。

「あぁ、知ってるよ」

「厳つい親父さんと」

「美魔女のお袋さんだろ」

「まぁ、そう。その二人が家のどこにもいないんだ」

「……その話本当か?」聖飛は驚きを隠せていない。

「本当だって。ねぇ?葵桜」

「うん。子供に何も言わずにどこか行く無責任な親じゃないから」

「……聖飛。さすがにこれは」

「あぁ、ただ事じゃねぇぞ」

「どう言う事よ」

「俺らの両親も居ないんだよ」直哉は答えた。

「……嘘」

「そんな偶然ありえるはずがない」

「……でも、そんなありえない偶然が起きてる」

 偶然が重なれば、それは偶然ではなくなり必然になる。そして、それは確信に繋がっていく。

「あのよ。大槻が来たら、理由話して早退させてもらおうぜ」直哉は提案した。この状況では最善の策だ。

「そうだな。信じてもらえるかはわかんないけどな。葵桜も紅礼奈も、それでいいよな」

「いいわよ」

「うん。お父さん達が心配で勉強に集中なんて出来ないし」

「決まりだな」

 チャイムが鳴った。直哉以外の三人は自分の席に戻り、大槻が来るのを待っている。

 ――5分経過した。しかし、大槻が姿を見せない。普段なら、チャイムと同時に入ってくるはずなのに。

 教室内がざわつき始めた。

「遅くない?」

「いや、許容範囲でしょ」

「きっと、相沢ちゃんとイチャついてるだって」

「学校内で?ヤラシイ」クラスメイト達の冗談半分の憶測が教室中に飛び交っている。


 10分が経った。チャイムがもう一度なり、一時間目に突入した。大槻は結局教室には来なかった。そして、1限目の世界史の先生もまだ来ない。

 クラスメイト達は、スマホでゲームを始めたり、友達の席に行って雑談したりしている。

 聖飛達は聖飛の席に集まって、周りを見ている。

「先生、授業忘れてるんじゃねぇか」

「ちょっと、職員室見てこようか」

「やめとけよ。もうちょっと粘ろうぜ」

「他の教室も騒がしくない?」

「言われてみればそうだよな」クラスメイト達は大声で話している。

「俺、違う教室偵察してきます」

「ばれるなよ」クラスメイトの一人が、教室を出た。

「直哉。これって、もしかして」聖飛は言った。

「たぶん。そうだと思う」

「だよな。信じたくねぇけど」

「どう言う事よ」

「俺らの両親だけじゃなくて、先生達も行方不明だって事だよ」聖飛は紅礼奈に説明した。この状況で考えられるケースではそれが一番合点のいく答えなのだ。

「一度。賢斗に連絡しよう。まだ、今日会ってないし」

「だな。安否確認の為にもな」聖飛はスマホをズボンのポケットから取り出し、画面をタッチして、連絡アプリを開き、メッセージを送り始めた。

▼おっす。学校来てるか

▼来てますよ

「学校来てるってよ」聖飛は連絡が返ってきたのを確認して、三人に伝える。

「それはよかった」直哉は胸を撫で下ろした。

 聖飛はスマホを操作して、メッセージを送る。

▼お前のクラスどうなってる?

▼先生が来なくて、お祭り状態です。そっちはどうなんですか?

▼こっちも同じ状態

▼ヤバイですね

▼あのよ、話し変わるけど、ちょっといいか

▼はい。なんですか?

▼お前の両親、行方不明じゃねぇか?

▼……はい。なんで、分かったんですか?エスパーですか?

▼実は俺達の親も行方不明なんだよ

▼……俺達?

▼俺も直哉も葵桜も紅礼奈も全員の親が行方不明なんだよ

▼本当ですか?そんな偶然ありえないですよ

▼そうなんだよ

▼……事件ですよね。神隠しですよね

▼だな

 廊下から足音が聞こえる。かなり早い速度で近づいて来る。

 足音が止まった。そして、ドアが開いた。教室に入って来たのは他のクラスに偵察に行っていたクラスメイトだった。

「ご報告に参りました」クラスメイトは軍人のように敬礼をして言った。

「どうだった?」

「早く言えよ」他のクラスメイト達が戻って来たクラスメイトを煽る。

「……なんと、全クラス先生が来てませんー」

「マジかよ」

「もう帰っていいんじゃねぇ」

「よっしゃ!帰ろうぜ」クラスメイト達は、立ち上がったり、踊ったり、叫んだりして、喜んでいる。

「おい。みんな」聖飛は直哉達に小さく手招きして、自分に近づけさせて、三人にだけ聞こえる声で呟いた。

「どうした?」

「学校から出て、あそこに行って色々考えようぜ」

「そうだな」

「本当に学校から抜け出す気?」

「この状況だったら仕方ないだろ」

「まぁ、そうだけどさ」

「私は行く。ここに居たら正しい判断出来そうにないし」

「だよな。お前はどうするんだよ」聖飛は紅礼奈に訊ねた。

「行くわよ。行くに決まってるじゃない。お父さんもお母さんも心配だし」

「じゃあ、決まりだな。俺は賢斗に連絡するから、みんなは行く準備をしてくれ」

「了解」「はいよ」「うん」直哉達は返事をして、学校を抜け出す準備を始めた。

 聖飛はスマホを操作して、賢斗にメッセージを送る。

▼教室から出れるか?

▼出れますけど。どうするんですか?

▼隠れ家に行って、行方不明になった親達の事とかこれからの事とか色々考えようぜ

▼分かりました。すぐ教室から抜け出す準備をします

▼頼んだ

 聖飛はスマホをズボンのポケットに戻し、直哉達と同じように準備を始めた。

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