第32話


         ※


 強烈な灼熱感を腹部に感じ、僕は思わず体勢を崩した。足元が揺らぎ、上半身も脱力してしまう。

 そっと腹部に手を遣ると、ぬるりとした感触に強い鉄臭さがついてきた。色は赤。どうやら僕は、オッドアイでありながらも一応人間であるらしい。


(形勢逆転に次ぐ逆転、といったところかな? ボクも君も、まったく以て酷いザマだが)


 神様が、皮肉めいた思念を送ってくる。顔を見上げると、やはり凶悪な笑みが浮かんでいた。きっと、僕の背後に小さな光球を発生させ、刃のように変形させたのだろう。

 その殺気を感じ取れなかったのは僕の未熟さゆえ。加えて、幾多の戦闘に参加してきた神様の経験値の多さゆえ。


 刃が僕の背中から引き抜かれた。僕は腹部と背部の両方から、おびただしい出血に遭っている。失血性ショックで、自分でもいつ死ぬか分からない。


 久々に恐怖という感情が、僕の全身を捻り潰そうと圧を加えてくる。それが常人の感覚なのだろうとは分かるけれど。


 だが、僕の目に映っていたのは不思議な光景だった。

 神様の座っている玉座に向かい、投石が行われているのだ。

 誰だ? 樹凛か? いや違うな。いくらなんでもあの石は大きすぎる。


 白亜、あるいは黒木だろうか? それも考えづらい。二人の戦闘能力はほぼ互角。戦いが終わっていれば、二人共が満身創痍でそう易々とは動けないだろう。


 残る戦力は――?

 ずどん、という重低音がして、僕は転がるように回避した。そこにあったのは、大きな岩の塊。いや、ただの岩ではない。無機物にしては動き方が生々しい。


「……ゴー、レム……?」


 頭部を半分も消し飛ばされ、腹部にいくつもの致命的裂傷を負いながら、それは動いていた。僕を援護してくれているようだ。しかし、何をするつもりだ?

 僅かな動作から、ゴーレムが自分の頭部を指さしていることを察し、僕からも接近を試みる。


 が、しかし。

 食道からせり上がってきた血液が、僕の鼻腔から噴出した。

 もう駄目だ、僕はもう……。


         ※


 耳元で鐘の音が反響している。ここはどこだ? 天国か?

 不思議と痛みはなくなった。冷涼で濁りのない風が流れていくような感覚が、僕の神経や血管の隅々にまでいきわたる。

 これが死ぬということなのか? だとしたら随分と穏やかなものだが……。


(おい待てよ白亜! 白亜ってば!)

(何を仰っているのですか、黒木! あれほどわたくしを挑発するなんて、すぐに許せと言われても、まったくもう!)

(騙すなら味方から、って言うだろ? とにかく、お前は碧の治療に専念しろ! 神様は俺が抑えてる、ってことを忘れるな!)

(ああもう仕方ない、了解ですわ!)


 僕は恐る恐る、腹部に手を当てた。微かに粘性のある液体は未だ付着していたものの、痛みは全くない。


「これが、治癒魔法……」

(ただの治癒ではありませんことよ、碧さん! 傷口から入った砂塵や黴菌も取り除いておきましたもの!)


 ああ、全身を巡る爽快感はそのために生じたのか。


「ところで黒木は?」


 白亜はさっと手を差し伸べて、神様の方を指先で示した。

 その先では、黒木がヒット・アンド・アウェーで連続攻撃を仕掛け、神様を追い立てている。


(おい白亜、さっさと手伝え! 相手は神様なんだ、俺一人には限界ってものが……)

(分かっておりますわ。それと碧、このゴーレムはまだ息がありますが、敵対心は感じられませんの。何か伝えたいことがあるのかもしれませんわね)

「伝えたい、こと……?」

(では失敬。わたくしも黒木の援護に参ります!)


 そう伝えて、白亜は瞬間移動でもするかのような速度で黒木の援護に回った。


         ※


 僕は、その場で待っていてくれたらしいゴーレムに向き直った。

 するべきことは、既に僕の中でもはっきりしている。僕はゆっくりと歩み寄って、自分の額と、ゴーレムの半壊した頭部をくっつけた。


 途中で、僕ははっとした。


「まさか、君がそうだったなんて……!」


 続けざまに、二つ目の驚きが僕に押し寄せる。その内容に、僕は言葉を失った。

 それを察知したのだろう、ゴーレムは最期にこう伝えてきた。


(躊躇うな。強く生きてくれ)


 それ以上、ゴーレムはぴくりと動かなくなった。

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