僕と魔眼の危ない話

岩井喬

第1話【プロローグ】

【プロローグ】


「ぐわっ!」


 僕は物凄い力で吹っ飛ばされた。続けざまに相手の爪先が鳩尾に入り、一瞬呼吸ができなくなる。

 胃液がせり上がってくるのを感じつつも、僕はそのくらいのことで慌てはしない。恐喝されるのには慣れているし、自分にだって非がある。そう考えている。


 うつ伏せに転がった僕は、元居たトンネルから放り出された。ざあざあと雨が僕の眼鏡を曇らせる。それともこれは、悔し涙か? 僕は僕の胸中に、『悔しい』という感情が残っていることに、動揺しているのか?


 入学式だというのに、登校途中でこのザマだ。やっぱり僕はこうやって、誰かに脅され、搾取され、暴力に晒され続ける運命なのかもしれない。


 ――死んでしまった方が楽、かもな。


 既に家族の間に愛情はなく、大人の都合によって両親の離婚調停は山場を迎えている。父にしろ母にしろ、こんなできそこないの一人っ子を引き取ってくれるとは考えづらい。


 そんなことを考えている間に、二、三回アスファルトの上を跳ねた。再びごろり、と横たわる。


「おい葉桜くんよぉ、一回しか言わねえから正直に答えろ。お前の財布はどこだ?」


 その背後から響いて来る、ゲラゲラという下衆な笑い声。

 僕はゆっくりと上半身を起こし、財布の入っている鞄を取り上げようとした。


 これは、小学校時代から続いてきた僕の日常である。

 今更、財布やら現金やらを取られたところで、だからどうした、という感じ。

 怒りも理性も、いつからか綺麗に失われていた。


 鞄を取られると同時に、今度は拳でぶん殴られた。


「ぶふっ!」


 予想できなかったがために、その拳は僕の鼻先にクリーンヒット。鮮血が舞うのがはっきりと見えた。きっと酷い顔をしているんだろうな、今の僕は。


 僕は口で大きく呼吸をしながら、そのまま大の字に横たわっていた。いっそ殺してくれればいいのに。


 しかし、今日はいつもの通りにはいかなかった。謎の少女二人組が、僕から去りゆく不良たちの背後から猛攻撃を開始したのだ。

 誰が何を言っているのかは定かではない。日本語らしいということは分かるが。


 戸惑っていると、トンネルの奥の方で次々に悲鳴が上がった。

 いったい何が起こっているんだ?


 そう思っている間に、ようやく僕はこれが悪夢なのだと気づいた。

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