15話.変型

「ここまで来れば、奴らも追いかけてはくるまい」

 我が子であるこのスライムに攻撃を当てた瞬間にもう我を殺すことはできなくなる。


 我の不死身の攻略条件は、このスライムに攻撃していないこと。


 つまり攻撃した瞬間にもう勝機はゼロとなる。


「探索者も強いが、何よりあの黒いストレンジはいかん」


 殺されたって死にはしないが、何回もやられ続けるのはまずい。


 あの苦痛を何回も味わうのは絶対に避けたい。


 だからこうして自分のエリアから上層まで転移して避難した。


 ここでいい感じに奴らが帰ってくれるのを待っているとしよう。


「だが一応守りは固めておくか」


 上層なので強いストレンジはいないが、ゴブリンを100匹程度集めておく。


「よし、お前ら静かにしろ」


 グキャグキャ言っていたゴブリンが静かになる。


「探索者程度ならこれで撃退できるだろう、これで我は死ぬこともない。クックック」


 自然と笑みが漏れる。


 おそらくあのストレンジは我を倒しに来たのだろう。どういう理由があってかは分からないが、こっちだって死にたくはないのだよ。


「クックック……ん?」


 ふと違和感に気づく。


「何か、来ている……?」


 向こうから超音速で接近する物体を感じる。


「っ!?な、なんだ!?」


 物体はそのままケアを防御しているゴブリンに衝突。

 ゴブリンは跡形もなく消し飛ばされる。


「100匹のゴブリンを……貴様、誰だ?」


 煙が晴れ、物体の姿が顕になる。


 その物体は、まるで人間が作った戦闘機を模したような形状。


 だがその見た目は骨組み。


 骨組みの戦闘機が超音速で突っ込んできたのだ。


「あーやばいですね。当たってませんよねスライムに」


 ガシャガシャという音とともに骨組みが変形し、やがて人の形を成す。


「貴様よくも……集まれゴブリンども!!こいつを殺るぞ」

「よかったです。弱そうで」


 人型の骨はそう言った瞬間、ケアの目前に移動している。


純骨撃打スカルデモリッシュ!!」

 手に握られた骨の一本で殴打される。


「クァッ。貴様我を誰だとおも――」


 ザシュ。


 後頭部から何かが突き刺さる感覚。


純骨刺突スカルティング……」


「貴様ァッ……」


 刺されたものが抜かれる。


「く、そ……」

 視界の端にゴブリンが見える。

 まだやられるわけにはいかない!


「何やってるんですか?……って、ええ!?食べてる!?」


 周りにいるゴブリンに死力を尽くして飛びかかり、食い出すケア。


「ハァ、ハァ……これで復活だ」


「回復、ですか」


 ケアの能力の一つ、使役するストレンジを捕食することでの回復。


「中層からオークも集めた……貴様の死に場所はここだ」


「うわっ、めちゃくちゃいるじゃないすか!」


 オークがクラッキーを取り囲む。


「うーん。アンノさん来る前に倒しちゃうかも」

「あ゛?ここで死ぬって言っただろう?貴様の能力はおそらく変形、その程度じゃこの物量をどうすることもできん」


 変形の能力は姿形を変えるだけ、量相手ではなす術はない。


「力借りますよ、アンノさん――」


 クラッキーの全身の骨がカタカタと変形し、やがて人型へと再構築される。


「……どう、いうことだ?貴様、その力は――」


 クラッキーの能力は変形という工程を含んだコピー能力。


 骨格が変形し、模倣対象へと再構築されることで対象の能力を一つだけ使用することができる。


 無機物への再構築も可能であり、その場合は完全に模倣することができる。


 生物を模倣した場合はオリジナルには劣ってしまうのがルール。


骨組変型スカルチェンジ、アン……いや黒天王ネグロキング


「チィッ、貴様まさかっ!!」


 クラッキーは黒い外殻を纏う。


「そもそも僕がジェット機できた時点で能力が変形だけじゃないのは分かるでしょ」


「や、殺れオークども!あいつを殺せ!今すぐに!」


 ブモォーと襲いかかるオーク。


「黒漆――ラディカル


 アンノの場合指先に集中させるが、クラッキーの黒漆の操作技術はアンノに大きく劣る。


 そのせいで指先だけでなく、手のひら全体へ黒漆を集中させることで手一杯だ。だがそれでもこの敵を倒すのには十分である。


 アンノの技を模した攻撃はオークの大群を上下に断つ。


 それだけでは終わらず、鼻を境目としてケアを上下に分断する。


 ゴン、ゴン、ゴロゴロ。


 分断され、浮く力をなくして地面に落ちるケア。 


 上手くしゃがんで避けたスライムはどこかへポヨンと跳ねて逃げていく。


「あっぶな、スライム攻撃するところでした。変型解除チェンジアウト


 変形が解け、通常の人型へと戻る。


「あ゛あ゛……」

「まだ喋るんですか!?」


 脳を失った口が動く辺り、やはり人間とストレンジには大きな違いがあると分かる。


「貴様ら、大人、は、許さん……」

「大人、ですか?」


 途切れ途切れになりながらも言葉を発するケアと、それに耳を貸すクラッキー。


「ようやく、分かっ、た。なぜこれほどに、理由もなく、大人が憎いのか……」

「……そうですか、分かってよかったですね」


 ふいに、上から白い人型のモヤがケアに覆い被さった。

「ヒ……キ、来てく……のか、ありが――」


 ケアは人型の白いモヤとともに塵となって消えた。


「……最後の白いのはよく分からないですけど、バッドエンドではなさそうですね」


『アンノさん、終わりました』

『そうか、お疲れ様。最深部で待ってるから来てくれ』

『分かりました、最深部ですね』

『途中で探索者に出会ったら全速力で撒いてから来いよ』

『え?なんですかそれ』


☆☆☆☆☆☆


「お、来たかクラッキー」

「来ましたけど……アンノさんは来てくれてないですよね」


 不機嫌そうなクラッキー。


「いいだろ別に、どうせすぐ倒せたんだからさ」

「倒せましたけどそれとこれとは別でしょ!」


 倒せたらそれでいいだろ、と言う主張のアンノ。

 約束は約束だ、と主張するクラッキー。


 その喧嘩を真顔で眺めるカース。


「もういいやろ別に、悪かったよ行かなくて!」

「反省してないですよねーそれ。帰ったらポイジェさんとデイノさんに言ってやります」


「……なんか楽しそうっすね。あの、俺帰りたいんすけど」


 カースが申し訳なさそうに間に入る。

 あれほど会いたがっていたのに、帰りたいとは何事だよ。


 でも、気持ちはアンノにも分かる。


「ああ、俺も帰りたくなってきた」


『デイノ、こっち終わったからゲート開いてくれ』

『うぉ!?いきなり話しかけてくるなよ。……ゲート開いたぞー』

『ありがとありがと』


 近くの地面に黒い渦ができる。


「クラッキー、帰るぞ」

「はーい」


「じゃあ俺は自分のダンジョンに」


 カースは自分自身がダンジョンボスなので承認などせずにいつでも帰ることができる。


「ん、じゃあな」

「はい!クラッキーさんもアンノさんもまた会いましょう!」


 互いに手を振ってそれぞれの住むダンジョンへと帰還した。


 俺とクラッキーは住処である"深淵"へと帰ってきた。

 

「あ、そうだ。ケアはなんか言ってたか?」

「うーん。最期まで大人が憎いって言ってました」


「最後まで!?すげぇなあいつの精神」

「どうかしたんですか?何か、引っかかるところがあったり?」


「いや、ただ最後まで変わらないやつやったのかと思ってさ」


 ケアは探索者が大人と判断できずに見た目だけで子供と判断した時はほぼ攻撃しなかった。 

 だが大人と分かった瞬間、攻撃を強めた。


 それ以外にも、『我が子』と呼ぶ存在にはあまり戦わせなかったり、倒されるとブチギレたりしていた。


 何より、子供の頃からあのダンジョンに潜っている忍野勇斗を殺さずに放っておいた。


 理由は知らないが、子供と大人への態度が極端に違うことが分かった。


「最後に曲げる奴は弱い、その点ケアは最後まで貫いたんや」

 

 最後に死にたくないと命乞いする奴ほど醜いものはない。


 物理的には弱くとも心は一級品だったっけわけか。


 ただ、やっぱりあの「金のためならなんでもする」を貫き通す探索者が一番エグい。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る