8話.想像以上
完全に失敗した。
できるだけストレンジとの遭遇を避けるために気配を極限まで消していたというのに勘づかれた。
敵は3人、そのうちの1人は……こいつ、前に俺が撃退した奴じゃないか?
以前、俺のストレス発散に付き合ってもらった探索者に似ている気がする。
「お前なんでいんだよ!?もう会いたくなかったのに!」
その探索者はこちらに怒鳴り散らかしている。
おそらく前に出会った探索者で確定だろう。
目標のストレンジが"魔獣師"という二つ名を持っている以上、ここで人間を殺したりしてもしその死体を使役でもされたら面倒なことになりそうだ。
そして、3人の中で1番大きな男。
ついさっき俺の目の前にいたオークにトドメをさした探索者がこちらに迫ってくるのが見えた。
その顔はおもちゃを見つけた子供のように明るく、笑顔だ。
男の持ち武器であろう大剣が横に薙ぎ払われ、俺の体が真っ二つに両断される――
「っ、そうこなくちゃなぁ!」
何が起こったのかを瞬時に理解した探索者は身を翻して回避モーションを取る。
両断された俺の体は蜃気楼のように風に靡かれながら消失する。
それとほぼ同時に、大剣を持った探索者の背後に出現する。
今俺は、最低限の黒漆しか纏っていない。
この状態で忍野勇斗と戦った場合、普通に殺られる程度の黒漆。
突如として背後に現れた俺に驚きながらも、冷静に大剣で対処を図る探索者。
俺とその探索者の距離は、丁度2メートル前後。大剣が十分届きうる。
つまりここはその探索者の完全なる間合い。
ニヤリ、と笑みをこぼした探索者は俺に大剣を振るう。
「移動した瞬間を攻撃されたら、躱せないだろう!!」
今度は縦に大剣が振るわれる。その大剣は俺の身を裂き、絶命させる。
「なんだと!?」
完全に予想外の事態なのか、驚きを隠し切れていない探索者。
またしても俺の体は蜃気楼のようにして消え、無傷の俺が背後に現れる。
彼からすると移動した瞬間に攻撃したように思えただろう。
だがこっちからすると移動してかなり時間が経っていた。
それに、わざわざこちらから敵の間合いに入り込むということは例えどんな攻撃が為されようとも無傷で回避、ないしは防御できると自信があるからだ。
探索者はまたしても背後に現れた俺に対し、攻撃するのではなく距離をとった。
「なるほど……情報通りということか」
何かに合点がいったのか、さらに警戒を高める探索者。
この戦い、あっちの勝利条件は俺を討伐して
対してこちらの勝利条件は、おそらくこの辺りに十数名いるであろう探索者のうち、1番腕が立つであろうこの3人を無力化すること。
誰でも分かると思うが、討伐、つまり殺すことと無力化にはかなり難易度に差がある。
相手が強敵であればあるほど、討伐の難易度も上がる。
そしてそれ以上に無力化や生きたままの捕獲は難易度が高くなる。
そして今、俺が無力化しなければならないのは人類最高峰の戦闘力を誇るSランクの探索者。
難易度は最も高くなる。
ゲームで言うなら、ハードモードを超えたヘルモードと言ったところか。
相手が警戒を解かない今、こちらから仕掛けることとする。
一歩踏み出す。
下は地面、土のはずなのにコツンッ。音が響く。
そしてその音を置き去りにするかのように姿が消える。
次の瞬間、大剣を持った探索者の体に俺の右ストレートが食い込み、くの字に曲がって後ろに吹き飛ぶ。
吹き飛んだ体は背後の木を薙ぎ倒して崩れ落ちる。
殺しはしていない。ただちょっと大人しくしてもらうためだ。
カハァッという声を漏らしながら吐血する探索者。
一撃で傷だらけにされた体を無理に立たせて、こちらに向き合う探索者。
こうなって尚、その手から大剣を離していないのは流石といったところか。
「う゛う゛らぁぁあ!!!」
全身から血が垂れ流れている体で、大剣を薙ぎ払って斬撃を放つ。
その攻撃を終始、見ているだけの
やがて大剣による大きな斬撃が直撃する。
が、その瞬間にこちらも手を横に払う。
すると、大きな斬撃が弾かれて木を斬り倒しながら横に飛んでゆく。
「くっハハッ……想像以上、だ――」
殺してはいないし、死にはしない程度の傷を追わせて気絶させた。
1人目の無力化完了。
先ほど言ったように、Sランクの探索者3人を無力化する難易度はゲームに例えるとヘルモードに近い難易度だ。
だが今回ばかりは操作するプレイヤーがプレイヤーだった。
難易度をゲームに例えるとヘルモード、しかし
そもそものステータスが何桁も高い、ゲームシステムでは対応できない存在なのだ。
☆☆☆☆☆☆
神宮寺は戦慄していた。
絶対に出会わないと思っていた、今後絶対に対峙したくない敵との相対に一度。
そして、同じSランク探索者でも自分より強い月城が第三者視点から見ると遊ばれているようにしか見えなかった事実にもう一度。
「あ、あれ……」
ああ、あまりの恐ろしさに東雲も震えている。
当たり前だ、こんな恐ろしい存在を目の前にしていつもどおりに振るまっていたらおかしい。
「ろく、じゅう、ごおく!!!」
「震えてないのかよ!」
ったく、こいつはどこまで行ってもいつも通り変わらんな。
「でも……月城がやられたの。アイリだけじゃ多分勝てないの」
じぃーっと神宮寺を睨む東雲。
「分かってるよ、協力してできるだけ時間を稼ぐぞ」
月城が意識を取り戻す数分稼げればいい。そうすれば一時退避で済む話だ。
最悪の場合、”身代わりの札”もある。
「いや、倒すの」
「はぁ!?いやいや無理だって」
時すでに遅し、東雲の周りには多数の刃物、銃火器が生成されている。
そして東雲の腕が振るわれるとともに刃物は
20を越える一斉攻撃を正面から食らう、はずがない。
攻撃を放った瞬間にはもう
そして、現れるのは東雲の目の前。
今まさに黒漆を纏った上段蹴りが炸裂しようとしていた。
「っあぶな!!!」
間一髪で東雲を押して回避させる。
――目の前に青空が見える。
気がつくと俺は横たわっていた。
いつやられた?回避させた後、瞬きすらしていなかったというのに。
こうしてはいられない、すぐに立ち上がって東雲の援護を……。
起き上がって東雲の方を見て唖然とする。
そこには、彼女ができる最高の錬金魔法。
東雲が自分に合ったように改善を重ねて完成した完全武装、黄金阿修羅の姿があった。
体全体を生成した防具で覆い、その中に刃物や銃火器を混ぜる。
近接戦にも遠距離戦にも特化した戦闘フォーム。
東雲の武装化された右腕が
一方で
それにギリギリ対応するべく、ゼロ距離で放たれるロケットランチャー。
流石に躱せないのか、正面からロケットランチャーが炸裂する。
東雲が距離をとり、爆発で上がった煙を警戒しながら眺める。
「お、おい東雲。当てたのか?」
「生きてたの、神宮寺。……当てたけど、ダメージが入ったかどうかは分からないの」
いやそもそも、貯金欲だけであそこまで戦えるコイツも相当やばい。
煙が消え、姿が見えるようになる。
「え?そんな……嘘なの」
煙の中から現れたのは一本の大穴が空いた木。
おそらく身代わりとしてそこら中にある木を使ったのだろう。
「65億円はどこなの!!!」
その質問に答えるかのように
今回は東雲と俺のちょうど間に。
いきなり現れた敵に反射的に剣を振る俺と、反射的に銃を構える東雲。
コツン。
情けない音が漏れる。
見ると俺の剣は、
「っはぁぁなぁあせぇえ!!!」
剣を振り払おうと力をこめるが、ビクともしない。
一方で東雲は黒漆の刃が首に突き立てられ、下手に動けない状態になっている。
この状況を脱しないとやられる。
王手をかけられている。
ふいに、
どこに行ったのか探そうとするが、その瞬間に腹部に強い衝撃を受ける。
くの字になったことで自然と下が見える状態になる。
そこには、姿勢を低くして俺の腹に膝を打ち込む黒い悪魔の姿があった。
ホント、こいつのどこがフレンドリーなんだよ。あの動画に映ってるお喋りな
その答えに辿り着く間も無く、俺の意識はそこで途絶えた。
☆☆☆☆☆☆
よし、これで後1人。
すぐさっきまで近くにいたが、もう距離を取られている。
やはりこの女、3人の中で1番腕が立つ。
忍野勇斗には俄然届かないが、それでも強いと思える瞬間がある。
実際、気配を消している状態の俺にも気づきやがった。
他の2人を倒すのに時間をかけたのも、こいつが何をしてくるか警戒していたからだ。
「アイリしか残ってないの」
ああそうだ。お前しか残っていないぞ?
未知の敵が今回の目標であるため、こんなところで余計な体力を裂きたくはない。
だが、これ以上時間をかけて下手な小細工を仕掛けられるより今一瞬で倒すほうが良さそうだ。
それにさっきから65億65億ばっかりボソボソ呟いててめちゃくちゃ怖い。
黒漆の出力を高めて一撃で無力化しよう。
「黒漆――
指先に集中した黒漆が禍々しく揺らめく。
「なんか、やばそうなの」
女が言葉を発している瞬間に背後に移動する。
そして予想していたかのように振り向く女探索者。
だが振り向いた瞬間、トンッという弱い衝撃が女探索者に伝わる。
「え?なに?」
――ドガァァアン!!!
内部への衝撃に耐え切れずに女探索者の着込んでいた防具は膨張、破裂した。
そしてボロボロになり、今立っているのが奇跡と言えるような無惨な状態になってしまう。
「ろくじゅ、う、ごおくッ」
指先の黒漆を解いてデコピンで沈める。
すでに満身創痍だったからか、ただのデコピン一発で倒れて気絶した。
これで終わり。
あとは後ろでコッソリ見てる他の探索者に任せればいいだろう。
上級ポーションはこいつらなら絶対持ってると思うし、それで歩ける程度には回復する。
俺は下層へと向かうとしよう。
そしてあれほど森を燃やしていた炎もいつのまにか消えていた。
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