18話.バグ個体

 

 斬撃が弾かれるなんて始めてだな。今までの敵でも斬撃を食らっても立っている奴ならいた。


 でも弾かれるのは始めてだ。感じたことのない緊張感が漂う。

 

 いや、この緊張感は俺だけに漂っていてあいつには漂っていないかもしれない。


 地面を蹴り、一瞬で距離を詰める。そのまま刀を振り下ろす。

 常人なら瞬間移動したように見える攻撃だ。


「っ、、、これも止められるか」


 指一本。いつの間にか指先に集中されている黒漆で超高速の振り下ろしが受け止められている。


:指一本はやばい

:あれ、マジで今までとは別格?

:初めてじゃね?ここまでのストレンジ

:あとこのストレンジ妙に現代知識持ってんな

:コメント読む隙もないのはウロボロス以来だな


 このスピードについてきて、かつ指一本で止められた。これだけでもかなりやばい。


 でも俺の目的はそれとは別にあった。刀を振り下ろすと同時に斬撃をいくつか放ち刀本体でのダメージを捨てて斬撃でダメージを与える予定だった。


 だが、その斬撃もすべて弾き返された。というよりその斬撃はこいつの外殻に傷をつけることができなかった。

 つまりこいつは外殻状態で弾いた後、指先に黒漆を集中し防いだということになる。


「そのかったいのずるいだろ」


 おそらくあの黒漆を破ることは不可能ではない。さっきの斬撃もちょっと弱まったものだから弾かれたのかもしれない。

 ちゃんと斬撃のみを打てば斬れると思う。


 でも今はちょっと試したいことがある。


「煉獄」

 刀身に炎が宿り、激しく燃え盛るわけでなく穏やかに燃える。


「煉獄って割には、優しい炎やな」


 そんな油断してていいのか?

 そのまま斬撃を放つ、だが今回の斬撃は一味違うぞ?


 放たれた瞬間、先程とは見間違えるほどの大きな炎の刃が現れて敵を襲う。

「おお、うおあああデカすぎデカすぎ!」


 躱されることなく直撃、少しは効いてくれればいいんだけどな。


「あっちいあっちい」

 ……残念ながら直撃した割には効いてなさそうだ。


「お前、硬すぎないか?流石に」

「んん?じゃあ逆に俺が今の攻撃やったとしてお前ダメージ受けるん?」


 もちろんダメージは受けないと思う。でもそれは俺の場合回避して被弾しないからだ。こいつのように真正面から受けて対処できるかと言うと怪しい。


「ッらァ!!」


 今度は斬り刻むように叩き込む。

 

 シュルルッ

 これも弾かれる。恐ろしく速い手刀によって。

 そもそも斬撃自体が弾かれて効かない。黒漆の外殻状態から一点集中モードに切り替わるのにかかる時間はほぼゼロに近い。

 

 やっぱりこいつ相手に遠距離は無理あるな。近づいて接近戦に持ち込むか。

 刀が直接触れる間合いに飛び込む、だが気をつけなければならないのはそこは俺の間合いであると同時にこいつの間合いでもあるということ。


 気を抜けば直接死につながるということ。


 まずはこいつの外殻をどうにかしないと……といっても攻撃しまくる以外なにも思いつかないけど。


 刀と黒漆、それも刃の形に変化した黒漆が一秒の間に何十回とぶつかり、無数の衝撃波を生む。

 最初は地上戦だった戦いはしだいに空中戦へと変化し、互いに縦横無尽に動き回りながら攻撃を繰り出す。


 配信を見ている人はもちろん、その場に居合わせた人でも視認など到底不可能。何より衝撃波の影響で目を開くことすらままならない。


 まさに頂点、この世界に生きる生物として最上位に至るもの同士の対決。どちらが優勢など、そもそもその頂きに至るものでないと決められない。

 そもそも何が起こっているかすら理解不能。


 刀身に炎が宿り、空中に赤い閃光が走る。

 一方で片方は出力をあげ、対照的に禍々しい黒が空中を駆ける。


 両者がぶつかり、赤黒い光を生む。激しい攻防が続く。

 

 赤い光の後ろから、薄く弱いが一本の黒い光が迫る。 

 

「ッ!?あぶねぇッ……あ」

 背後からの攻撃に気を取られ、前の黒い光に遅れをとる。

 拮抗していた攻防に亀裂が入る。 


 ――バチィィィンッ

 衝撃音が響き、空中の赤い光が地面に叩き落とされる。


「痛ったたたた、それありかよ……」


 俺の場合、斬撃を放ったり何かしら遠距離攻撃をしたらもう攻撃の対象は変えられない。

 

 だがあいつは一度攻撃に使った黒漆を遠隔で操作して背後から打ちんできやがった。今までそんなことしなかったらできるなんて知る方法がない。


 ギリギリまで隠しておいて一番のタイミングで手を切ってきやがった。そしてこの黒漆とかいう技術、とんでもなく応用が効く。


:分からん分からん

:途中から2人とも見えんくなった

:さっきの閃光みたいなのかっこよかった

:今はどっちが優勢や?

:マジ?忍野勇斗押されてるくね?

:え?叩き落されたように見えたんだが


「いい加減帰ってくれないか?お前倒すのめっちゃ大変そうやし」


 あちらは別に俺を殺したいわけじゃないみたいだ。でも理由が分からない。


「なぜ殺そうとしないんだ、今までのストレンジはみんな殺す気で来たぞ?」

「だってそもそも俺、お前に何もされてないし。仲間殺されてたらブチギレるけど別にそうじゃないし。それにほら、分かるだろ?」


 一気に高められた殺気を感じながら納得する。

 今までの敵はそもそも俺よりだいぶ弱かった。だから死ぬ気でかかってきた。


 でもこいつは、俺と同等以上の力を秘めている。そして賢い。俺だってそう簡単に殺されたりしない。


 死力を振り絞って抵抗する。おそらくこいつはこんな風に振る舞っているが俺のことをめちゃくちゃ警戒し、そして追い返すことに尽力している。


 だがそれでも俺はこいつと戦いたい。今までこんな強い敵なんていなかった。こいつを殺したい。


「生憎、燃えるんだわそういうこと言われたら」


「そう?じゃあもうちょっとやったら帰ってよ、迷惑だからこっちも」


 残念だけど勝てる可能性がある限り俺は勝つまで戦い続けるぞ?

 ちょっと工夫して……これはどうかな。


「氷炎」

 白い炎が冷気を発しながら刀身に纏われる。


「次は……氷?燃えてんの?それ」

「さあ、どうだろうなッ」


 思い切り、そして速く振る。

 この攻撃、どう防ぐ?


 斬撃は斬ったものを氷結させながら迫る。

 そして、敵がその斬撃を弾き返す。


 敵が弾き返したのは斬撃のみ。つまり――。


「え?なんこれ」


 奴の半身が黒漆ごと凍結された。

「正面で受けるからそうなるんだよ」

 その隙を逃したりはしない。


 距離を一瞬にしてつめ、首を斬る。

「ッ!?マジかよ」

 が、すぐに後ろにジャンプして奴の直接的な間合いから離れる。


「これ、便利だぞ?今みたいな攻撃でも無傷で防げるし」


 俺の予想が外れた。黒漆ごとを凍らせれば、あいつも凍ると思っていたがそうではないらしい。


「ますますやばいな」

 煉獄に続き、氷炎ですら効かない。今の攻撃で仕留め損ねたのはかなりきつかった。

 俺の持ち技で他に奴に効きそうなのがもうない。


「なぁなぁ、もう終わろうよ。お前だったら俺に百勝てないからさ」

「決まったわけじゃないだろ」


 そうは言ったのものの実力ではあっちが少し?分からんが上。初見の技での攻撃も多分ほぼ効かない。

 それに加えあいつはまだ何を隠し持ってるから分からない。


 未だにあの攻撃できないやつの種も分かってない以上、勝てる見込みはかなり少なくなった。


「いや、勝てないって。だって俺不死身だもん」

「……は?」


 不死身、だと?

 ……あれ、無理なんじゃね?まじで。


:は?

:クソゲーすぎやろ

:こんだけ強くて不死身とか、もう無理やん

:こいつだけバグ個体だろ

:不死身じゃなかったとしても今まで、というか普通にストレンジ最強レベルじゃね?

:勝てんやろ、ほぼチートやん


「しかも条件満たすのは無理、不可能」

「不可能……?」


 さっきの毒のストレンジと同様、実現が非常に困難だということか?


「でも突破する方法はあるんだろ?」

「いやない、俺自身この条件を満たすまでの手立てが思いつかない」


 は?自分でも無理だと?

「今配信してるだろ?それ切るんだったら教えてやるよ」

「……なるほど、でもどうせ広まるぞ?」


「別にいいよ」

「まあいい……それじゃあみなさん、一旦ここで切りますね。後で報告します」


:は?気になるやろが

:行きて帰って来ないとかやめてよ?

:生還だけはしてくれ

:お前が死んだら終わりだろ

:それな、このストレンジ誰が倒すねん


「じゃあさよなら……はい、切ったぞ?」

「じゃあ教えてやるよ、簡単やぞ?条件は俺の名前を知っていること、それだけ」


 ……は?それだけ?

「おいおい、そんな簡単な条件かよ。もう俺満たしてるんだけど」

「いや、満たしてないで?」


「なぜだ?お前の名前はアンノ、そうだろ」

「確かにそうやけど、俺にはもう一つ名前があんねん。しかもその名前はとっくの昔に俺自身が忘れたから覚えてない」


「自分の名前忘れんなよ……」

「勝手に抜けてたんだもん。ついでに言うと俺以外に知ってるやつはいない、だから実現不可能」


 確かに……攻略方法なんてあるのか?

 そもそも素の戦闘力がべらぼうに高いこいつを拘束してダンジョンの外へ持っていき監禁や埋めるなどの手は取れない。

 というかそもそも埋めても出てくるだろ、こいつ。


 と、この瞬間に斬撃を放つ。

 しかし、黒漆を纏った手刀により弾き返されて俺の頬を掠める。


 ……時間の無駄、か。まだ俺に明確な殺意を持ってない今が引き際だろう。


「はぁ……分かった。帰るよ」

「お、良かったよ分かってくれて」


 まさか初心者ダンジョンで敗走するなんて思ってなかったな。初心者ダンジョンももう初心者ダンジョンじゃなくなるだろうな。


「じゃあな、バケモノ」

「いやお前も相当バケモンだろ」


 いつか、殺せなくとも実力では勝てるようになるのが目標かな。

 こうして、この戦いは俺の配信者としての初の敗戦となった。


 

 

 


 

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