46話 ついに発動
泣いている姿を見るのはこれで三度目か……。
腕の中で泣きじゃくるセインをどうすることもできずに、アリアは魔法陣による異世界転移の効果が発動されるのを待った。
一回目は第一王子が亡くなった時。
物心ついて間もない少女に感情のコントロールなどできるはずもなく、一日中泣き続けたセインは目も当てられない状態で思い出すだけで胸がキュッと苦しくなる。
だからこそ、その後王子の任を継ぐことと二度と泣かないと王に決意を表明したことがアリアにはひどく輝いて見えた。
この人になら一生を捧げてもいいと幼いながらに思えたのだった。
そして泣かないと決心した上で流した二回目の涙は勇者との別れ。
血の繋がらない姉に過剰な嫌がらせを受けた時も、冒険の途中ではぐれ、魔物がはびこる夜の森で一人過ごした時も、信頼を寄せていた剣の師に乱暴され貞操を失いかけた時だって泣かなかったのに、だ。
その二回目の涙を経て、アリアはセインとエマの動向をより注意深く観察することにした。
セインの中で亡くなった第一王子くらいに大きくなっているタクミという存在を忘れさせる為に、王に頼み込んで婚約の話を前倒しにしてもらったし会話の中でも極力タクミの話は控えた。
そうでもしないと最悪の事態に二人は身を投じかねないと案じていたからだ。
だが、抱えていた不安は杞憂に終わってはくれず、二人は各々の地位を捨てうる覚悟でタクミのいるミラクレアへと旅立ってしまった。
案の定、国中は大騒ぎでアリアは大勢の叱責を受けた後、こうして王の命を受け単身でミラクレアへと二人を連れ戻しに来たというわけだ。
そしてその作戦も現在完遂間近、タクミは手出しする素振りもなくセインも抵抗する気配がない。後は魔法の発動を待つのみ――待つのみなのだが……。
おかしなことにアリアは、この期に及んでセインを連れて帰るべきかどうか悩んでしまっていた。
セインもタクミも仕方なくではあるが、この状況を受け入れてくれているというのに――この状況をこの中の誰よりも望んでいたアリアが未だに頭を悩ませてしまっている。
今回、王から直々に与えられたこの任務を失敗し、手ぶらで帰ってしまうと問答無用にアリアは処刑されると言い渡されている。
セインのお目付け役でありながら、掟を破るのを未然に防いでやることができなかった罪は相当なものだと王は判断したらしい。
だからアリアは尚更、セインをアルガルドへ連れて帰らないといけないのだが……。
「セイン様、私、昔誓いましたよね。一生をあなたに捧げるって」
「あ、うん。お兄ちゃんが亡くなったころだったよね。忘れるわけないよ」
涙ぐみながら答えるセインを見てアリアは微笑むと、迷いのあった心がある一つの思いに照準が合ったことを感じる。
「じゃあ昔泣かないと誓ったのも覚えてらっしゃいますよね? 」
「こ、これはその……汗だよ汗! あとアリアの涙が私の顔に落ちてきてるの! 」
「はは、では今度こそ、その約束守ってくださいね。」
「ええ! ちょ、アリア!? 」
アリアは円の外から出ると、立ち往生して呆けた顔をしているタクミへとセインを預けた。
「……今回は出番なしだと思ってたぜ」
「うるさい、いいからセイン様を落とすなよ」
「え、アリア私そんなに重かった? 」
「いや、そ、そんなこと……ねえぞ。このままダッシュで学校まで帰れるぜ? たぶん」
セインをお姫様抱っこしているタクミはすぐさまフォローに入ったがその表情には早くも曇りが見える。
「でもいいのかよアリア。俺、そんな覚悟とかまだ……」
「ああ。元よりお前にそんな覚悟ができるとも思っていなかったしな」
「な、なんだと! 」
「お? 反論するということは覚悟は決まったのか? 」
「いや、そ、それは……」
返事の代わりに煽るような笑みを浮かべると、アリアは再び輝きの増した魔法陣の中へ戻っていった。
「まあ、とにかくだ。私はアルガルドへと戻る。セイン様を、一生とは言わない。少しでも幸せにしてあげてくれ」
「お、おうわかった。元気でな」
「アリア、ありがとう! 」
その瞬間、アリアの体は徐々に地面へと飲み込まれていった。魔法の効果が今しがた発動したのだろう。
このまま帰り、王に任務の失敗を伝えるとアリアは即座に処刑されてしまうだろう。勿論セインはそんなこと知る由もない。だから明るく送り出してくれているのだ。
だがそれで――アリアの一生でセインの束の間の幸せを味合わせてあげることができるなら本望だ。
霞む視界に目を凝らすと、未だ戸惑いを隠せないタクミと、目を腫らせながらも涙が止まっているセインの姿が見える。
タクミには思いを伝えることはついぞ叶わなかったが人を好きになることの素晴らしさを教えて貰った。
セインには言葉に表せない程色々なものをたくさん与えて貰った。
二人の姿を見ているのに耐えかね下を向くと大粒の雨が足元に降り注いだ。
それがアリア自身の流した涙だと気付いたころには、意識は朦朧としアリアは完全に魔法陣の中へ吸い込まれていったのだった。
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