28話 体力テスト

「いやーいい眺めだねー」

「全くだ。男に生まれてきてよかったぜ」


 昨日のことなんてすっかり忘れ、俺は体力テストに没頭していた。

 体力テストを真剣に取り組んでいるわけではもちろんない。大体が男女別で行われる体育の授業が、こと体力テストにおいてはその境を曖昧にしてくれるのだ。

 

 よその学校はどうしているか知らないが、市之宮高校の体力テストは学年関係なく、午前中の授業を全部潰して一斉に行われるのだ。

 クラスごとに固まってそれぞれの測定場所に行き、終わったら空いている場所に移動してを繰り返して――という風になっている。


 で、今は上体起こしの測定を行っている最中だ。

 クラスごととはいえ一応同姓同士でペアを組んでいる為、性犯罪に繋がる恐れは軽減されているがそれでもこんなに近くにいると興ふ……感情が昂ってくるのは男子高校生としては正常なことだと私は思うのですはい。


「ああ、もうダメっ!」

「はぁはぁ……うん!」


 とか横で言ってるんですよー半袖半ズボンで。あえて目を閉じて聞くのも通ですよね。

 世の女性に聞かれれば罵詈雑言の嵐かもしれないが、男子なんて大体こんなもんだ。 

 

「てか眺めてないで上体起こせや修」

「いや、腹筋悲鳴あげてるから無理」

「お前このままじゃ記録三回だぞ」


 ペアを組んでいる修は、折角足を抑えてやってるというのに胸の前で手をクロスしたまま動かない。


「どうせ記録書くの拓実じゃん。てきとーに書いとけば大丈夫だよ」

「お前なあ……」

「よーし後十秒だ! ほら篠崎、あとちょっとだ頑張れ!」

「はい、先生!」


 ストップウォッチを持ってウロウロする先生(♀)に名指しされると、修は人が変わったように腹筋をし始めた。俺は慌てて足を抑える力を強める。


「三、二、一、よし、そこまでだ! 篠崎やればできるじゃないか」

「はぁはぁ……先生の、応援のお陰ですよ……」


 先生はその言葉にまんざらでもない様子だ。返事こそしなかったが、口の端を緩ませストップウォッチのボタンを軽快に押す。ダメだ、騙されるな先生……。


「拓実、お前ならできる、俺の分まで頑張ってくれ」

「いつまでそのキャラやってんだお前。あとちゃっかり記録書き変えんなよ!」


 修は俺の書いた「17」を無理矢理「29」に修正しやがった。絶対後で消してやるからな。


「よし、じゃあみんな交代したな。よーい、スタート!」


 先生の声で一斉にみんな腹筋を開始する。

 俺も修の記録には負けまいと意気込み、最初から飛ばし気味で記録を伸ばす。

 

 それにしてもこれ女子とペアの方が記録伸びることないか。だって頑張って上体起こしたのに目の前にむさくるしい男の顔があるんだぜ? モチベーション下がるわ。


 そんなことを考えながらも、スピードを緩めず記録に取り組んでいると近くで「きゃあ!」とお手本みたいなな女子の悲鳴が聞こえた。

 

 声の方へ全員が目をやると、体育館の下の窓から全身真っ黒の不審な奴が体育館の中をキョロキョロ見回している。

 悲鳴をあげたのはその近くで上体起こしに励んでいたクラスメイトの女子、森川さんだ。


 あ、違った。森川さんがびっくりしてのけぞったせいで、その下敷きになった雄牙の声だ。

 森川さんのふくよかな体型から繰り出された攻撃に思わず可愛らしい声が出てしまったらしい。

 声変わりがまだ来ないため、いつもは意識して無理に低い声を出してることがこのことからバレてしまわなければいいが……。


 って違う! そんな心配をしている場合じゃないのだ。

 恐らくあいつが昨日たまたちもいっていた不審者だろう。


「おい、お前! そこでなにしてるんだ!」

「動くな! 他の先生たちは逃げ道塞いで!」


 生活指導の山本先生と生徒指導の渡辺先生は男気を発揮し木刀とさすまたを携え不審者をじりじりと隅においやる。

 いつもは怖くてダルい先生二強の二人だが、今だけは頼りがいのある、生徒を守る勇敢な教師に早変わり。生徒達も「頑張れ先生!」「負けるな先生!」とその場のノリにかまけて思い思いの声援を飛ばす。

 

「よし、ゆっくりマスクとサングラスを取れ」


 追い詰められた不審者は渡辺(先生)に指示されると


「ちっ、今日のところは引き下がってやろう」


 そういうと指をパチンと鳴らし眩い光を体から発した。

 

 そして光が消えた頃にはその姿はなくなっていた。


「おい、どこいった? 先生方、まだ近くにいるはずです。手分けして探してください!」


 バレバレだから先にいっておくと、この後いくら探しても不審者は見つからなかった。

 

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