ワインレッドに愛されて

霜月 識

第1話 彼の仕事は

 昼時。

 人通りのない路地裏に、一人歩いて行く男がいる。その男は、「ブースト」というバーの前で足を止めた。

 カランカラン

 店の戸が開き、取り付けられている小さな鐘が鳴る。そして、一人の男が店内に入ってくる。

 「こんにちはマスター。」

 「こんにちは織田作くん。今日は何にする?」

 「今日はこの後仕事があるんだ。ジンジャーエールを一杯。」

 「わかった。」

 店内に入ってきた男の名は、織田作太郎。薄いコートを羽織り、前のボタンは開いている。そこから見える銃のホルスターから職業は言うまでもないだろう。

 「今日はいつもより人が少ないな。」

 「昼だからだろう。夜はもうちょっといるよ。…はい。お待たせ。」

 「ありがとう。」

 彼はグラスを受け取ると、口に含み、こくりと飲んだ。

 「…ここはいつ来ても落ち着くな。」

 「ありがとう。」

 「ここにいると、自分が人を殺しているなんて事実を忘れられる。」

 「…君がそんなナイーブなことを言うなんて初めてだね。」

 「今の話は忘れてくれ。最近眠れてないからだ。」

 キィ

 そんな話を二人がしていると、店内の奥から女性が出てきた。

 「お、来てたのか。織田作。」

 「よう、小鳥遊たかなし。」

 彼女の名前は小鳥遊小雪たかなしさき。このバーで働いているもう一人の店員

だ。

 「今日はこれから仕事か?何するんだ?」

 「今日はこれからヤクザの事務所を二つ壊しにいく。結構派手な戦闘になりそうだ。」

 「へー。ま、死ぬなよ。」

 「できるか分からない相談だがな。…ありがとう。また来るよ。」

 彼はそう言うと、グラスに入っているジンジャーエールを一気に飲み干し、お代をテーブルの上に置いた。

 


 午後五時頃。

 彼は煙草を口にくわえ、路地裏を歩いている。だが煙草に火はついていない。

 「意外に簡単だったな。あれで報酬があれだけならお釣りがたくさんだな。」

 一人でそう呟いていると、前から人の気配がした。危害はないと思い、スルーしているとその姿が見えた時、微量の驚きがあった。

 その人は、灰色で丈が長いフード付きのポンチョを着ており、裾はビリビリで軍靴を履いている。

 「織田作太郎だな。」

 その男は唐突に名前を呼んだ。

 「あぁ。そうだが一体?」

 そう言ったあと、風が吹いてきた。その風に吹かれて、ポンチョが捲り上がった。

 その男の右足には、レッグホルスターがあった。

 織田作は、男の身なりから何者かを予測した。

 (九分九厘、軍人だな。それも、俺を殺そうとしているやつ。)

 「指揮官からお前を殺せという命令が出ている。悪いがここで死んでもらう。」

 「そう簡単に死ぬと思うか?」

 「あぁ。」

 そう言うと、男は地面を蹴りこちらに走ってきた。そして蹴った瞬間に、ホルスターから銃を抜いている。

 (速い。が、捉えられないわけではない。)

 男は低い体勢でこちらに向かってきている。織田作は、男の行動を予測し、銃を抜いた。

 (低い体勢なら、撃ってくるときは…。)

 男との距離は一メートルほどになった。男が銃口をこちらに向けたその瞬間、男の視界から、織田作が消えた。

 男の顔に右側から衝撃が走り、五メートルほど体が飛んだ。

 「おっ、まえ…、何をした…。」

 「何って、胴回し回転蹴りだ。それに、お前が右腕で守っていたつもりの顔の右側。少し上が開いていたから、蟀谷こめかみを狙った。」

 織田作は、男より体勢を低くし、踵で打ち込んだ。

 「何を企んでいるのか知らないが、俺を殺そうとしたんだ。死んでもらうぞ。…その前に、お前らの組織の名前はなんだ。」

 「俺たちの組織の名前か?俺たちは…、グリムリーパーだ。」

 「そうか、覚えておこう。」 

 パァン

 織田作の銃声が夜の空にこだました。

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