2-7 フォブス王子編 現実の「戦乙女」なんて大半は悲惨な末路です
俺はその日、夢を見ていた。
それは、子どもの時の思い出だった。
「まったく、剣ではお前には全然勝てないな」
「へへ、あんたが弱いだけだよ」
「そうそう。ま、あんたは王子様だから、勉強でもやっときなよ」
そんな風に二人の少女が、倒れた俺に楽しそうに声をかけてきた。
二人は俺の幼馴染だった。
あまり裕福な家庭ではない二人は、俺はお忍びで出会ったときをきっかけに仲良くなり、そして剣の鍛錬を行っていた。
「ま、あんたは男だからさ。もっと体が出来上がってきたらあたしらに勝てるんじゃない?」
「うーん……。それならいいんだけどな」
一応王子という立場に気を使っているのか、その二人の少女はそう言ってくれていた。
だが、二人の剣の腕は天才的だった。少なくとも、大半の成人男性はかなわないだろう。
14歳の時点で俺はそう思っていた。
「……なあ、本当に兵士になるのか?」
「ああ、あたしらだったら、男が相手でも負けたりしないからな!」
「そうそう! 体力はちょっと自信がないけど……それでも、あんたのとこの正規兵よりは、マシだと思うからな」
16になった時、二人の幼馴染は、俺の率いる北部地方の兵士になりたいと言い出した。
……正直、うちの兵士は栄養事情が悪かったこともあり、あまり身体能力が高くない。
彼女たちは女性にしては体格が大きかったこともあり、フィジカルでも彼らに引けを取ることがないことは俺にもわかっていた。
実際俺は、最後までこの二人に剣で勝つことはできなかった。
「けど、俺の軍では、女は兵士になれないんだが……」
「知ってるよ。なら男装して入隊すればいいだろ? 大丈夫、絶対にばれない自信があるから!」
「そういうこと。それに兵士って稼ぎいいじゃん。うちの妹をいい学校に通わせるためには、戦働きが一番だと思ったからさ!」
だが、俺はこの二人が兵士として戦うことには絶対に反対だった。
別に女に上に立ってほしくないとか、そういう理由じゃない。
……単にこの二人を失うのが嫌だったからだ。
「なら……俺の側室に……いや、それは嫌だろうから、これを受け取ってくれ」
そう言って俺は、大量の金貨の入った袋を取り出した。
「……なんだよ、これ?」
「今まで俺に稽古をつけてくれた礼だ。……これだけあれば、妹も学校に……」
「いやだよ、バカ」
だが、その金貨を二人は受け取らなかった。
「あんたにそこまでしてもらう義理はないね」
「そうそう。あんたはあたしたちより弱いんだからさ。大人しくあたしらに守られてりゃいいんだよ」
その二人の決意は固かった。
おそらくは自分の剣の腕を世界に知らしめたかったというのもあるのだろう。
「わかったよ……。そこまで言うなら俺もお前たちを軍に入れるように手配する。だが……」
安全な場所に配備させようと言おうとしたが、それを読んだのだろう、二人は釘をさしてきた。
「あのさ、言っておくけど、安全な仕事をさせるとか、ひいきするとか、そういう真似したら、ただじゃ置かないからね?」
「そうそう。あくまでも私たちが女だってばれないようにすればいい。わかった?」
「ああ……」
そう言って俺は二人を軍に入隊させた。
「どうだ、新しい軍は?」
「ああ、毎日殴られて大変だよ」
俺の軍隊では体罰は日常的に行われていた。
彼女たちは優秀な兵士として頭角を現していたが、正直なところ口があまりよくない。
そのせいで上官からぶん殴られているのだろう、毎日顔を腫らしていた。
「けどさ、あほな上官を稽古の場でぶちのめしてやったからさ、おかげで出世できたよ」
「ああ。多分あたしたちが最年少の下士官だな」
入隊後はさすがに王子と兵士が、ため口で話し合う姿を見られるわけにはいかない。
そう思っていた俺は、お忍びで近くのカフェに行き、そこで話をするのが日常になっており、それが一番の楽しみになっていた。
出世を喜ぶ二人の幼馴染の表情は明るく、俺はそれを見るのが嬉しかった。
……正直、俺はそんな二人に恋心のようなものを抱いていた気がする。
「あのさ、二人とも。今度観劇でも見に行かないか?」
気づいたら俺は、そんな風に声をかけていた。
すると今までは「鍛錬があるから」と断っていた二人だったが、珍しく了承してくれた。
「え? ……そうだね、じゃあ今度の戦いが終わったら、考えてやってもいいな」
「そうそう。今度やる『ヴァルキリーの夕暮れ』の観劇をみたいな」
彼女たちはそう言って楽しそうに笑う。
『ヴァルキリーの夕暮れ』とは俺たちの国に伝わる伝説の女騎士の戯曲だ。
彼女が戦場を駆け巡り多くの兵士を打ち倒し、そして勝利に導く。
そんなおとぎ話を幼少期から聞いていたからこそ、二人は剣の道に進むことを決めたのだろう。
……だが俺は、その伝承を広めた連中を今でも許せない。
彼女たちと戦った場所は、修道院北部にある国境線だった。
規模としては小競り合いに毛の生えたようなものだったが、数で劣る俺たちは持久戦を強いられた。
それでも俺は地の利を生かした戦いで、何とか勝利することができた。
……だが……。
「嘘だろ……なんで剣の達人のお前が……」
戦いの後、俺は幼馴染の遺体の前で泣き崩れた。
二人は、その戦いのなかで命を落としていたからだ。
……一人は、最初の突撃の中で銃砲と弓矢で狙い撃ちに遭い、その自慢の剣の腕を振るうことなく命を落とした。
「馬鹿な敵兵の銃弾なんて、簡単にはじき落とせるって……自慢していたじゃないか……」
彼女は、自身の剣の腕なら、弓矢や銃をかわすこともはじき落とすこともできると豪語していた。
確かにそれは事実であり、訓練の時には撃たれた模擬弾をひょいひょいとよけ、はじき落とすという天才的な能力を発揮していた。
……だが、この世界の敵兵は『学習しない、やられ役のモブ』じゃない。
彼女をはじめとした天才に蹂躙を繰り返されていたためだろう、徹底的に訓練した偏差射撃、そして人間の反応速度を上回る物量による、曲射と直射を同時に行う一斉射撃を仕掛けてきた。
この戦法では、どんな天才も運が悪ければ命を落とす。
その不運を引き当てた彼女は、最初の突撃であっさり死んだ。
「一騎当千の無双」なんてものは、特権階級である『屈強な騎兵を護衛に率いる指揮官』にしか許されない権利なのだ。
どれほど才能があっても、歩兵にはその称号は与えられないということを俺は思い知らされた。
「お前は……戦うこともできなかったのか……」
もう一人の幼馴染はもっと悲惨だった。
彼女は俺の率いる軍の後方支援のため、砦を警備させていた。
……だが、ある日その砦に敵のカタパルトにより死んだ牛馬が放り込まれたのだ。
そして彼女は、その牛馬から感染症をもらい、そのまま命を落とした。
……俺が二人に支給した剣は、戦場で一度も振るわれることなく新品同然のままだった。
「くそ……なにがヴァルキリーだ……ふざけやがって!」
俺はその時わかった。
所詮『戦で戦う乙女の伝説』なんて、プロパガンダだ。
戦争は残酷なものだ。
戦場で華々しく戦って武功を立てることはおろか、華々しく散ることができる奴すら稀だ。
ほとんどは彼女のようにあっけない死を迎えるだけだ。
つまり戯曲に出るような戦乙女など、所詮は指揮官待遇を最初から受けられる『金持ちのご令嬢』だけに与えられる、庶民にとっては夢物語なのだ。
……もう、彼女のような人を出したくない。
戦場で血を流すのは『いらない命』だけで十分だ。その命を俺は全部背負って、一緒に死んでいく。
それが、彼女たちを含む、俺が死なせてきた……そして殺してきた兵士達への手向けになる。
そう決意を固めたのは、その時だった。
「あれ、どうしました、フォブス王子?」
「ああ、ベラドンナか」
俺が目を覚ますと、そこには道化師ベラドンナがいた。
彼女は、その死んだ幼馴染の妹だ。
結局彼女は学校に行くことはできなかったが、俺はこいつを道化師として雇うことにした。
……こいつの姉は、俺が殺したようなものだ。
もっと安全な場所に二人をやるべきだった。……いや、そもそもあの二人を兵士にするべきじゃなかった。
そう思ったが、ベラドンナは私を許してくれた。
そして今は俺のそばで道化として働いてくれている。
「そろそろ死の匂いが濃くなってきましたねえ、王子?」
「……ああ……もって……あと1週間……くらいか……」
熱が引かず、すでに意識は朦朧としている。
やはり俺も、あの傷がもとで※病にかかったのだろう。
(※この世界にはまだ、敗血症や破傷風、栄養失調などの概念がないため、フォブス王子は体調不良を全て『病』と捉えている)
……だが、最後の仕事が残っている。
「そうだ、王子。せっかく死ぬのであれば、童貞を捨ててお子をなすというのは? みな、あなたの子であれば、金貨10枚で産むと言っておりますよ?」
ベラドンナはご丁寧に、金貨の袋を手に、美しい娼婦たちを後ろに連れてきていた。
「フォブス王子……あなたの子なら、私は育てます……」
娼婦たちはそう言ってくれた。
彼女たちがどうしても育てられなかった幼子を俺は自分の手で始末したことがある。
正直、それをした夜は吐き気が止まらず、それが俺の衰弱の理由にもなっていた。
地獄なんてものがあるなら、俺はきっとそこで、永遠に彼女の子らの呪いを受け続けるだろう。
ベラドンナは少しだけ顔を赤らめてつぶやく。
「ちなみに、私であれば無料で。……といっても私はここで王子と死ぬつもりですが」
「……今までの努力を無駄にするんじゃない。……こいつらも、早く南に避難させろ……」
俺が童貞を貫いた本当の理由は『万一にも跡目争いを起こさせないため』だ。
万一俺が子をなした……いや、『子をなす行為をした』という事実があれば、仮に血がつながっていなくとも、適当な子を『王位継承者』に仕立てられてしまう。
……俺の死後にネイチャランドを、そしてメリアを守るのは最愛の弟、アイネスだ。
そう思い俺は、自身に女性経験がないことを意図的に吹聴していた。
そのせいでからかわれることも尊敬されることもあったが、そんなことはどうでもよかった。
ベラドンナは、最初からそういうことをわかっていたのだろう。
「わかりました。それでは、馬車を手配しましょう。金貨は彼女たちにお配りします」
「すまないな、ベラドンナ……あと、ありがとう。お前がいてくれて……俺は本当に助けになった」
「まあ、気持ち悪い。暴君のあなたがそういうなんて。鬼の目にも涙ってやつですか? ……涙を流すのは、道化の仕事です……」
ベラドンナは俺に顔を見せないようにしながら、振り向いた。
すでにレイぺルド公国の軍隊はこちらに迫ってきている。
ここで少しでも奮戦すれば、南部地方だけは奪われないような停戦協定を結べるはずだ。
万一逆転勝利出来れば……いや、それは女神でも降りない限りありえないか。
俺は力を振り絞り、立ち上がった。
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