後編:フォブス王子の真の顔と「侵略者」
2-1 最近王子の挙動がおかしくなってきたようです
それから4か月ほどが経過し、10月になった。
私はカリナがお茶会を開いてくれたので、それに参加することにした。
過去にも道化師としてお茶会を盛り上げる仕事をしたことはあるが、本来身分の違う道化師として働いている私は同席することは出来ない。
その為今回は非公式で行う、個人的なものだ。
可愛い妹のような少女、カリナとのお茶会はある意味私の夢だったので、こうやって紅茶を飲みながらお菓子を食べられるのは至福の時だ
(はあ……天気もいいし、最高の日ね……)
この世界の秋はカラッとしていて気持ちがいい。
少し冷たい秋風を肌に感じながら、私は暖かい紅茶を一杯飲んだ。
「ねえ、お兄様?」
「どうした、カリナ?」
当然というべきか、アイネス王子も同じく招待されている。
私たちは向かいの位置に、カリナを囲むような形で座った。
「なんか、最近お兄様、ライアによそよそしくありません?」
「え? ……いや、別にそう言うわけじゃ……」
川でおぼれた時の一件依頼、アイネス王子は私にぎくしゃくした態度を見せてくる。
ひょっとして私の素顔を見て、何か思うところがあったのだろうか。
まさか、私の顔に惚れたとか?
……いや、いくらなんでもそれはないか。
私は王子をからかってやろうと思い、軽くおどけて見せた。
「アイネス王子? ひょっとして、私に色々言われるのが嫌になったんですか? 脆い王子様ですね~?」
「別にそう言うわけではないが、な」
「へ~? じゃあ、これからもず~っと、嫌みを言い続けてあげますよ、王子様?」
そう私が笑って見せると、カリナも何やら含むところがあるようにくすくすと笑いだした。
「フフフ、そういうライアだって、前より少し、お兄様に優しくなっていますね?」
「はあ? ンなわけないじゃない! こんな無能王子にそんな!」
そんなわけない。
こんな、顔と人徳だけが取り柄で、頭が悪くてすぐに取り乱す、センスの悪い王子様なんか好きになるわけがないのに。
……まったく、カリナのお年頃の子はなんでも恋愛に結びつけるんだから、嫌になる。
私は不愉快になって紅茶をぐい、と飲むとカリナはクスクスと笑った。
「そんなムキになって否定していると、却って気になりますわね? 先日川で助けてもらったことがきっかけですの?」
「……な、なんでカリナが知っているの?」
「あの村のものから耳にしたので。お兄様、珍しくかっこよかったそうですわね?」
それについては否定はしない。
一瞬だけ、あの時のアイネス王子はかっこよく見えた。
……本当に一瞬だけだけど。すぐに元の無能王子に戻ったけど。
「川の一件で思い出したのだが……あの川の洪水被害……例年より少なかったそうだな」
アイネス王子は恥ずかしくなってきたのか、話題を変えてきた。
珍しく公務の話をしたと思ったら、こんな形なのが泣けてくる。
だが私はそれに敢えて乗っかることにした。
「そうみたいですね。……あの調整池以外の場所でも水の氾濫が少なかったそうですね?」
「水量は例年よりも多かったのに……不思議ですわね?」
カリナはとぼけるような口調でつぶやくと、隣にいたメイドがポン、と手を叩いて答える。
「……分かりました! きっと、聖女メリア様のご加護ではありませんか?」
「メリア様、か……」
ここ最近、聖女メリアの手配書が南部地方全体に広まったこともあるのか『聖女メリアがこの地に潜伏し、豊穣の力を与えてくださっている』という話が広まっている。
「あの方の『豊穣の恵み』の恩恵を私たちが受けている可能性もありますよね?」
「そうかもしれないが……」
「一度会ってみたいですわね、お兄様?」
「ああ、そうだな……聖女メリアか……」
……やはり私が聖女メリアだって言った方がいいのかな。
だけど、もしそれを言ってあの暴君フォブス王子に見つかったら厄介だ。
「け、けど、聖女メリアがこのあたりに潜伏していることが分かったらきっと、フォブス王子がお怒りになりません?」
私はそうとぼけて見せると、カリナも頷いた。
「それは……そうですね。それにしてもフォブスお兄様、最近どうされているのでしょう……」
「ああ。まあ、出来れば会いたくはないものだがな」
私にとって幸運なことに、フォブス王子とこの二人は仲が悪いようだ。
その為いつかフォブス王子に復讐したとしても恨まれることはないだろう。
そう考えていると、農夫たちが満面の笑みで城にやってきた。
また、彼らに交じって、以前アイネス王子にミミズを渡して麦を貰っていた女性も一緒に来ていた。
「どうも、王子にカリナ様。それにライアさん」
私も名前を覚えてもらったようだ。
そう思うと少し嬉しくなる。
「久しぶりだな。……って、なんだ、その大荷物は!」
見るとその農夫は後ろの車に大量の作物を積んできていた。
アイネス王子が驚くわけだ。
「ええ。以前王子が遺棄していた畑があったじゃないですか? 覚えてませんか?」
アイネス王子は思い出せないのだろう、首をかしげた。
「ええっと……すまない、忘れてしまったな」
「ここの北西にある畑ですよ。忘れちまったんすか? まああっしらが貰いうけることが出来たのはありがたかったんすけどね」
「ああ、思い出してきたぞ……ライアは覚えているか?」
まったく王子は、ことあるごとに私を頼ってくる。
アイネス王子は私がいないと何もできないのだろう。……ま、しょうがない人だ。
「以前王子が火薬をお捨てになられた由緒正しい土地ですね?」
私は敢えて軽口を叩くように言いながらアイネス王子に気づくように促した。
「おお、思い出した! あの土地は痩せていたからな! 正直ゴミ捨て場のような扱いをしてたのだが…・・・」
「ええ、あそこなんですけど、実はあそこにダメもとで種をまいたんですけどね。これがまた、ものすごい豊作になって!」
「なに、あの土地で作物が実ったのか?」
「ええ。なんで、そのお礼もかねて作物を持ってきたってことなんすよ」
なるほど、その農夫たちが持ってきた作物はどれもよく栄養を吸って美味しそうに見える。
よほど農夫の育て方が良かったのだろうか。そう思っているとアイネス王子はまたぽつり、とつぶやいた。
「やはり、聖女様のご加護なのだろうな……」
「聖女様? ああ、この地域に潜伏しているっていう、メリアのことっすか?」
農夫が訪ねると、アイネス王子もこくり、と頷く。
「ああ。……おそらく彼女には『豊穣をもたらす力』があるのだろう。だから、こうやって作物も水害も沈めてくださったのだ……」
そう王子が言いながら、拝むような姿勢を見せた。
正直私には特別なチートな能力なんて持っていない。今回の豊作だって、只の偶然のはずだ。
そう思うと私は気まずい気持ちになった。
農夫もその話を聞いて、神妙な顔で頷いた。
「へえ……なるほど、流石は聖女様ってことですね。この手配書では凄い怖い女みたいですけど、実際には素敵な人だといいっすけどね」
「ええ。きっと、女神のように神々しく美しい方だと思いますわ?」
カリナもそんな風に言っており、私はますます恥ずかしい気持ちになった。
……本当は私が聖女だと口にしたい。
フォブス王子への復讐を終えたら、満を持してアイネス王子に報告することにしよう。
そういえば、聖女と王子の立場だと結婚は出来るんだったっけ。なら……。
……いやいや、私は何考えているんだ。
一瞬そう考えてしまったことを恥じながら、私はお茶会を楽しんだ。
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