1-4 無能王子は火薬の原料を畑に捨ててしまったようです

それから少しの後、私とアイネス王子は城に戻ってきた。

幸い、まだ使者は来ていない。


「アイネス王子、少し急がれた方がよろしいかと」

「ああ、そうだな。ありがとう、ライア」


王子はそう言うと自室に戻り、服を着替えはじめた。



「ああ、王子様! 泥だらけじゃないですか! まったく、洗濯する身にもなってください!」

「あはは、すまない。ちょっと農夫と泥遊びをしていたのでな!」



そんな声が聞こえてきて、私は少し呆れた。

ここにきてまだ一日目だが、とりあえず王子の奇行に周りが振り回されているのは分かったからだ。


そんなことやっていないで、公務にいそしめばいいものをと思いながらも、私は一足先に、謁見室に向かった。




「ん、どうしたんだろ、荷車が止まってるな……」


アイネス王子の城は、民家と比べたらはるかに大きいが、一般的な王宮のそれに比べたら小さい。

その為、謁見室は城の玄関からすぐのところにあり、荷物の搬入口にもなっている。


そこでは数人の男たちが、荷物の積み下ろしを行っていた。

荷物を受け取っているのは、アイネス王子の妹カリナだ。



男は荷物を全て卸すと、空の荷車を持って去っていった。


見た限り、その荷物は重そうだ。

華奢なカリナではさすがに難しいだろうと思い声をかけた。



「あの、良かったら手伝いますよ?」

「え、よろしいのですか? ……フフ、ライア様ってお優しいのですね?」


そう言って天使のようにかわいらしい笑みを向けてくるカリナ。

……ああ、やばい。この笑顔のためだったらなんでもできちゃいそうだ。

そう思いながらも私は平静を装って答える。



「王子が来るまで暇ですから。……ところでこれ、いったい中身は何ですか?」

「北部のフォブス王子から届いた、硝石と硫黄ですわ。兄上は何に使うのかは分かりませんが……」



硝石、と聞いて私は嫌な気分になった。

私がまだ北部地方にいたころ、そこでは大量の糞尿を用いて硝石を作っていた。


糞尿を材料に硝石を作ることができ、これを硫黄・木炭を適切に調合すると黒色火薬が出来ることは私も知っていたので、そのこと自体は驚かなかった。


……だが、フォブス王子はそれを見て、



「これでまた多くの兵士に銃を配れるな!」



と喜んでいたのを思い出した。

……戦争のための道具をこっちに送ってくるなんて、フォブス王子の奴は平和な南部まで戦争に巻き込むつもりなのか?


ここの人たちは平和に暮らしているのに、そんなくだらないことに巻き込むなんて最低だ。

戦争なんて、北部の男どもが、勝手に好きにやってくれればいい。

こいつは今すぐにでも窓から放り投げてやりたく思い、窓を見上げた。



だが、ここで私は下手に騒ぎを起こせば、フォブス王子への復讐も台無しになる。

そう思いながら私は荷物を持ち上げた。



「よいしょっと」

「うわあ……すごいですね、ライア様! 1人でこれを持ち上げられるなんて!」

「別に、これくらい普通ですよ~」


私は元新体操部だから、そこらの女子よりは腕力に自信がある。

とはいえ、褒められるのは嬉しいため、ちょっとにやけてしまった。



「それでカリナ、これはどこに持っていきましょうか?」

「うーん……。もう使者が来るはずなので、運び込みは無理ですね。……そこの隅にでも積んでおいてください」

「分かりました」



やっぱり、カリナはじめ、南部地方の人たちは穏やかな人が多くて話しやすい。

そう思いながら私は荷物を隅にどけた。



あらかた荷物を片付けた後、ようやく王子がやってきた。


「ふう、すまない、遅れてしまったな」



……王子が正装をした気品のある姿に私は正直どぎまぎした。

だが私は、道化師として王子のサボりを非難するような口調でおどけて見せた。



「おお、なんと美しい! 先ほどまで公務をサボって、泥遊びをしていたとは思えない! 馬子にも衣裳とはまさにこれ!」

「む……」


一瞬王子はそう憮然とした表情を見せたが。


「いや、まったくだな。着付けをしてくれたメイドに感謝をせねば」



そういって王子は苦笑した。

……やっぱり、ちょっと言いすぎたかな。そう思って私はフォローもかねて、くるりと体を回転させた。



「それでは、使者の方が来るまで踊りでも……」

「おや、アイネス王子殿。ご機嫌麗しゅう……」



だが、その私の踊りは、そんな女の声で一時中断させられた。

彼女が「ウィザーク共和国」の使者だろう。

年齢は大体40代くらいだろうか。少々小太り気味のその女性は、ニコニコと愛想のいい印象を受けた。



「ああ、久しぶりだな」

「ええ。アイネス王子はお元気でしたか?」

「私は特に変わりない。そちらの王子殿はどうだ?」

「もう最近は食欲がすごくって! 今年は豊作で助かったくらいですよ!」

「ハハハ、確か5歳だったな、そちらの王子は」


その使者と王子は過去に何度も顔を合わせたことがあるのだろう。

使者はさほど緊張していない様子で、適当な世間話をしていた。


「フォブス王子は最近体調を崩していないか、心配ではないか?」

「南部地方では最近、野菜の値段が上がって大変ではないか?」



といった質問を何度も使者の女性はやっている。

そんな井戸端会議のようなどうでもいい話をしているのを見て、私は不思議に思った。

……この女は、そんな話をするために来たのか?



そう思いながらも、私は適当に踊ったり相槌を打ったりして、その場を持たせようとしていた。


「では、そろそろ本題ですが……」


そういうと、使者の女性は何枚かの羊皮紙を取り出してそれを読み上げた。

どうやら、現在ウィザーク共和国はさらに南の国と緊張状態にあること。


その国から生糸の輸入が止まったので、少し融通してほしいことなどであった。

正直あまりこの国は生糸の生産量は多くないので少し交渉に時間を有したが、やがて妥結したようだった。


「わかった、ではこれだけそちらに販売しよう」

「おお、ありがたい! いい返事を頂け、感謝の至り!」


アイネス王子がそう言うと、使者の女は少し安心したような表情を見せた。


「我がネイチャランドがそなたの国の力になれたなら嬉しく思うよ」

「こちらこそ。それでは私は……ところでそこにある……怪しげな箱は何ですかな?」

「えっと、それは……」


そこで、使者の女の目つきが変わったのを私は感じ取った。

……そうか、彼女は、本当はこの国の情勢の偵察に来たんじゃないか?


万一ここにある道具が火薬の原料だとバレたら、彼女はそれを国に報告するだろう。

代わりに私は上手いことごまかそうと思い、頭を巡らした。


だが王子は、あっさりと答えた。




「ああ、それは硝石と硫黄だ。兄上から火薬の原料として送られたのだよ」




王子のばかああああ!

私はそう思いながらも、平静を保って見せた。

使者の目が光ったのを私は見逃さなかった。


「おや、火薬、ですか……。これだけの量があれば、相当な銃が出来そうですなあ……」

「や、やったあ、戦争だあ!」


そこで私は大声で、おどけて見せた。

そう、確か道化と言うのはこういう場で王子を『批判』するのも仕事だからだ。

これで殺されるようなこともあるらしいが、アイネス王子はそこまでしないだろう。



「火薬を銃に込めるんだ! 人を殺すんだ! 暴君王子と同じことをするんだ!」

「こら、よしなさい、ライア!」


そう叫びながら、私は王子に尋ねる。



「けど、そうなんでしょ、王子? そうじゃないなら、その材料捨てちゃいましょ?」



なんだかんだで硝石は貴重品だ。

こんなことを言って捨てたりはしないだろう。

そう私は高をくくっていた。



……だが王子の反応は違った。



「……ふむ、確かにライア殿の言う通りだ! 戦争の火種になる火薬など捨ててしまおう!」

「は?」

「え?」

「お、お兄様、本気ですか?」


その発言には、流石に私も驚いて尋ねた。

驚いたのはカリナや使者の女も同様だったようだ。その場で冷静だったのは、隣にいた大臣だけであった。


王子はその大臣にニコニコと笑って声をかけた


「大臣」

「は……」

「この硝石と硫黄、北西の畑にでも撒いてしまってくれ! バーッとな!」


そう王子は隣にいた大臣に言った後、そこにあった箱をドカッと蹴り飛ばした。

確か北西の畑はここ最近土地がやせており、事実上の放棄地になっていたような場所だ。

捨てても困るものはいないだろう。



「かしこまりました……兵、みなこれを運んでくれ」



大臣はそう配下の兵に命令すると、それを一つずつ運び出した。

……正直これを代わりに捨ててくれるのはありがたいが。


それを見て、使者の女は王子を馬鹿にするように笑みを浮かべる。


「ククク……ハハハ……王子殿は……本当に戦争がお嫌いなのですなあ?」

「ああ、私は戦争が大嫌いだ! だからウィザーク共和国の方々も心配しないでくれ!」

「ええ、ええ。分かりましたとも。……それでは、ごきげんよう。無能王子」

「無礼な!」


その最後の捨て台詞に、近くにいた近衛兵は怒りの表情を見せた。

だがアイネス王子は余裕の表情を見せ、それを制する。


「よいよい。それより、そなたも体には気を付けるのだぞ? 病気が流行っているそうだからな」

「ええ。……ではまた」


そういうと使者は踵を返し、去っていった。





そして使者が去った後、王子は私にそっと礼を言ってくれた。


「すまないな、ライア殿。私の言いたかったことを言わせてくれて」

「はい?」


私は単に戦争が嫌いだったから、そう言っただけだ。

だが、そう言ってくれて私は少し嬉しくなった。


「あの使者はどうも、我がネイチャランドが自国に攻めてこないか、相当心配していたようでな。ずっと腹を探られていて気分が悪かったんだ」

「そうでしたか……」



今にして思うと、あの時世間話だと思ってたことも、全部『戦争の可能性』を探っていたものだったのか。

私はそう思い、少し恥ずかしくなった。



「けど、畑に捨てるのはもったいなくないですか?」

「……そうか? 戦争の道具だ。どこかに売ったり保管したりするのは良くない。捨ててしまう方が良いんだよ、あれは」

「はあ……」


やっぱりこの王子はバカだ。

そう思って私が返事をすると、隣の大臣はにやりと笑った。


……また、あの農夫の表情だ。何か意味があるのか?



「とにかく、明日からも同じような調子で頼む。……ありがとう、ライア殿」

「あ、いえいえ。……よろしくお願いします」


こうして私の一日目の仕事は終わった。

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