第28話 ゴブリンがSPを背負ってくる


 その日、誠司は仕事の休日を宝石の森で過ごし、ゴブリン狩りに精を出していたところでエマとばったり遭遇し、そのままライラの酒場で少し早い夕食をともにすることとなった。


 街は夕暮れ、人々も仕事を終える頃。


 まだ活気出す前の酒場の円卓で二人は手頃な料理と酒を頼み、それを待っているところだった。


「ちゃんとオリビアさんに言っておかなくていいの~? 夕飯作ってくれてるんでしょ?」


「大丈夫、今日は夕飯いらないって言ってあるからな」


――本当は隙を見て転移魔法で伝えてきただけなんだが……イースでもスマホが使えたら楽なんだけどな……。


「そ? ならいいけど」


 エマは嬉しそうに笑う。


「で? A級冒険者のエマさんが、今日はまたどんな用件で宝石の森なんて初心者の練習場みたいなところにいたんだ?」


「ギルドから依頼を受けた調査よ、調査」


「まさかまた黒いゴブリンが現れたのか?」


「いや、その話はあの一件以来聞かなくなったかな。あの変なダンジョンの件もオリビアさんが情報を届けてくれたおかげでア……然るべき機関も調査を進めてくれているみたいだからね」


「なら、今度はなんの調査なんだ?」


「実は最近、宝石の森のゴブリンが異常に増えていて、新人冒険者の練習の場って感じじゃなくなっているんだよね」


「言われてみれば最近はゴブリンとの遭遇率が上がった気がするな……ありがたいことに」


「喜んでんのはセージだけだから」


 エマは真顔でツッコんだ。


「でね? 森にゴブリンが増えた理由なんだけど、どうもグリモーリア山脈から次々と集団で降りて来ているみたいなのよ」


「まさかとは思うが、この間の変なダンジョンもグリモーリア山脈の入り口付近に発生していたんだよな……?」


「そうよね……やっぱりその辺り、関係性を疑うよね」


「違うのか……?」


「わからない……と言うのが正直なところだけど、アタシの考えではダンジョンとゴブリンに直接的な関係はない……ということになるかな」


「エマの考えとは?」


「だけどその前に……ん」


 エマはまるで情報料を請求するかのように手のひらを上にして誠司に差し出した。


「現金な奴だな」


 誠司は呆れながらも適当な硬貨を取り出してエマの手のひらのうえに置く。


 それが何硬貨でもいいと適当に手探りで財布から取り出してみたわけではあるが、結果的にそれは情報料としては破格の大銀貨だった。


「は、はぁっ!? こんなにくれんの!?」


 驚いたのはエマである。


「適当に取り出しただけだ。足りるならそれでいいだろ? 早く続きを頼む」


「素敵……ダンナ、素敵すぎるぅ……」


 それを取り返す気のない誠司を見てエマの目は嬉しさで輝くばかりだ。


「セージ……キ、キスしてあげよっか……?」


「いらん……それより早く話してくれ」


「ま、まさか……ここライラの酒場よね……? こんな大金掴ませて、二階で抱かせろってこと……?」


 エマは少し恥ずかしそうに頬を赤らめて胸元を両手で隠したが、誠司はそれを鼻で笑った。


「面倒なことを言い出したら関係を切るぞ」


「だ、だってそれくらいおかしいでしょ。適当に取り出したのが大銀貨ってあんた……」


「いいから」


「わ、わかったわよ……」


 エマは気を取り直して続ける。


「アタシの考えでは、ゴブリンの群れが山脈から森に降りて来たのはなんらかの脅威から逃れてのことね」


「なんらかの脅威……SPか?」


「なんでやねんっ!」


 エマは盛大にツッコんだ。


「それほどの脅威ともなると、さも強いモンスターとかなんじゃないのか……?」


「あぁ、強いモンスターだからたくさんSP貰えるイコールSPなのね……? ほんとセージの考え方はぶっ飛んでるわ」


「いっそ、宝石の森に降りて来たゴブリンの群れとやらがまとまって攻めてきてくれれば楽にSPが稼げるんだがなぁ」


「縁起でもないことを言うなっ!」


 エマはいちいち誠司の言葉に反応していた。


「……でも、たしかに考えてみれば一度にそんなにたくさんのゴブリンが移動してきたとなると、食料とか色々な問題もありそうよね」


「お? なら略奪のためにクリスタリアへ襲撃してくることもありえそうか?」


「嬉しそうに言うなっ!」


 エマは反応に忙しそうだ。


「だが現実的にはゴブリンごときが襲撃に来ても無意味だろうな……。街には大勢の実力派冒険者や兵たちがいるんだろう? 俺みたいな素人の稼ぎ場にはなりそうもないってか……」


 誠司の疑問を聞いてエマは少しだけ眉をひそめた。


「あ……それってもしかして、わりと不味い状況なのかもしれない……」


「不味い……? それはいったいどういうことなんだ……?」


「それが……実はさっき関係ないかもと言っておきながらなんだけど、最近、妙にこの辺りにダンジョンが発生するらしいんだよね」


「まさかこの間のような変なダンジョンじゃないだろうな?」


「いや、それは普通のダンジョンみたいなんだけど……」


「ほう。それはいいじゃないか……何が問題なんだ?」


「発生する数が多くって……。ダンジョンそのものは適正に管理ができれば利点もあるんだけど、放っておくわけにもいかないでしょ?」


「放っておくとどうするんだ?」


「ダンジョンからモンスターが溢れてくるのよ」


「それは一般人からしたら嫌だろうな」


「だから今、けっこうな数の有力冒険者がダンジョン攻略のために街を出て行ってるんだよね……」


「つまり……?」


「今、この街にゴブリンの大群が押し寄せるとなると、低ランク冒険者しか残ってないからかなり不味いことになるかも……」


「マジか……」


「なぁ~んてね、ないない。そんな偶然、あるわけない」


 そんなふうにエマは明るく取り繕った。


「バカバカしい。そんなタイミング良くダンジョンがたくさん出現して、そんなタイミング良く街が手薄なときにゴブリンの大群が攻めてくるなんてないよね」


――盛大なフラグなんだよなぁ。


 誠司は苦笑せざるをえない。


「なら、もしそうなったら俺が全部SPを貰っても誰も文句を言わないという訳だな?」


「あんた本気で縁起でもないこと言うわよね~」


 エマが呆れたように言ったときだった。


「エマちゃん! エマちゃんいる!?」


 酒場の扉を開け放って店に飛び込んで来たのは白いローブに身を包んだ聖職者クレリック風の女性だった。


 彼女は白いローブに金糸の縁取りが施された聖職者の装いに身を包み、金色の髪が柔らかく背中に流れている。薄暗い酒場の店内にあっても陽光のように輝きを放つその姿はまるで聖女のようであった。


 彼女は店の入り口に立って店内を見回していた。


「ど、どうしたのアリシア!? こんな店、あんたは一人で来ちゃダメって言ったじゃない!」


 彼女の名を呼びながらエマは立ち上がった。


「あっ! 良かったエマちゃん!」


 訳あり者の溜まり場と言っても過言ではない酒場。その雰囲気に似合わぬ上品な佇まいのアリシア。


「お願いエマちゃん! 一刻も早く、一人でも多くの冒険者さんを集めて!」


 アリシアの青い瞳には強い決意があらわれるように真っ直ぐで淀みのない光が宿っている。


「ちょっとアリシア話が見えないって! 何があったのか教えてもらわないと!」


「ゴブリンがね、ゴブリンの大群が宝石の森のほうから全速力で街に向かって来てるの!」


「「なんだって!?」」


 誠司とエマだけでなく、酒場にいたほかの客までもが声を上げた。


「今、兵隊さんとギルドが必死になって人を集めてる! エマちゃん顔がきくでしょ? 声掛けをお願い! 早く備えないと……日が落ちる前に大群が街まで来ちゃう!」


「なんでこんな直前になるまで……アリシア、それはたしかな情報なの!?」


「グリモーリア山脈にいた調査団が早馬を飛ばして来たの! 突然、街に向かって集団移動を始めたって……間違いないよ!」


「数は!?」


「わからない……でも、100とか200とかは確実だとか……」


「今、街にはそんな数に対応できるような冒険者はほとんど残ってないよ……」


「でも、やらなきゃ……!」


 エマとアリシアは悲痛な顔を向け合うが、先に意を決したように顔を上げたのはアリシアだった。


「私、ほかにも当たってみるから!」


 そう言ってアリシアはすぐに走り去って行った。


「マジかよ……」


「そんなにまとまった数だってんなら絶対にゴブリンだけじゃねぇぞ……」


「今から準備って言ったって……ほぼ新米冒険者しかいないんだろ……?」


 酒場内では嘆きの声が次々と上がる。


 不安と恐怖。そんな負の感情が酒場だけでなく、徐々に街に広がりつつあった。


 そんななか、笑みを浮かべていたのは一人しかいない。


――来た。本当に来やがった。やべぇ、笑うなよ俺、こんなときに不謹慎だろ……? おっさんたるもの、こういうときはもっと落ち着いてなきゃダメだ……。でもクソ、どうしても顔がニヤけちまう。


 誠司は緩む口元を手で隠しながら必死ではやる気持ちを抑え込んでいた。


――あ~……でも無理だ。SPが100匹? 200匹? そんなのただのボーナスステージじゃないか! 鴨がネギ……じゃなかった、ゴブがSP背負ってやってきたんだ。大人の態度でこんな好機をみすみす見逃していいのか?


 小刻みに震える誠司に気づいたエマは同情するように声を掛ける。


「さすがにセージでも死ぬかもってなれば震えたりもするか……」


 だが誠司にとってその言葉はトリガーにしかならなかった。


――死ぬ。そうだよ、俺は安楽死のためにSPを集めているんだ。おっさんぶってる場合じゃない、優先順位を考えるんだ……SP。大量のSPが俺のほうへ向かって来てるんだ! 1Pたりとも取りこぼしてなるものか!


 そして誠司は勢い良く立ち上がる。


「SP! SPが来た!」


 それはもう子どものように嬉々として声を上げたのだ。


「ゴブリンだよっ!」


 間髪置かずにエマはツッコむが、もはやそんな声は誠司に届かない。




 その後、暴走したかのように戦場を駆け回る誠司によってゴブリンの大群が一匹残らず駆逐されたことは改めて語るまでもない。

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