第17話 ライラの酒場


 エマはとあるお店の入り口で誠司のほうへ振り返って言った。


「ここ、アタシのお気に入りの店なんだ」


 誠司がエマに連れて行かれた酒場は陽気な賑わいと薄暗い雰囲気が共存する場所だった。


 古びた木材で作られた壁と天井が古き良き味わいを滲み出している。暖炉からは暖かな炎が揺らめき、酒場全体に心地よい温かさをもたらす。


「いい店だ」


 様々な種族や職業の者たちで溢れ、彼らの笑い声や騒ぎ声が酒場内に響き渡る。


 美酒の香りが漂い、たくさんの酒樽が並ぶカウンターの後ろでは醸造師が巧みに酒を注いでた。


「でしょ? セージはお酒好きなの?」


「好んでは飲まんがな」


「あら? セージには定食屋のほうが良かったかしら?」


「構わない」


「いや……今の皮肉のつもり」


「そうか」


「まったく……何が楽しくて生きてるんだか」


 エマはため息をひとつ。


「あっちのテーブル席でいいかな」


「どこでもいい」


 誠司の反応を受けてエマは接客中の女性店員へ手を上げた。


 女性店員はエマに視線で返事をしながら目の前の客の注文を取っていた。


「お好きな席へどうぞってさ」


「顔なじみって感じだな」


 二人は女性店員に案内されるまでもなく、店内奥のほうのテーブル席についた。


「では早速だが、SPの話を教えてくれ」


「いやいや、そもそもSPの話じゃないし。結果的にSPも期待できるってだけで」


「ならばその新ダンジョンとやらの話を詳しく頼む」


「いいけど……アンタ、ちょっとは周りにも気をつけなさいよ。聞き耳立てられて変な奴らに絡まれても面倒でしょ?」


 隅には謎めいた冒険者たちが集まり、様々な情報や奇妙な話を交換している様子も伺える。


「なるほど……なんとなく薄暗い雰囲気の正体はこれか」


「いい雰囲気でしょ? 冒険者たる者、綺麗事ばっか見てるわけにもいかないからね」


「なるほど、同感だな」


 誠司が頷いたところで先ほどの女性店員がやってくる。


「いらっしゃいエマ。こちらの方は?」


 金髪のショートヘアが爽やかで気立ての良さそうな女性だった。彼女の笑顔は陽光のように明るく周囲の雰囲気を一層華やかに彩る。


「やぁライラ。この人はアタシの新しいパーティメンバーでセージって言うの」


「セージ・ブラック。よろしく」


 誠司は適当に挨拶を済ませた。


「少し無愛想だけど、たぶんすっごくお金持ってると思うから搾り取ってやってよ」


「え~っ! 嬉しいな! エマ、いいお客さんを連れて来てくれてありがとう!」


 ライラは服の上からでもわかる豊満な胸を揺らして誠司に笑顔を向けた。


「ライラです! 明るさだけが取り柄ですが、一応この店の看板娘ってことになってます! セージさん、今後ともどうぞごひいきに!」


 ライラが元気いっぱいに一礼をしてまた姿勢を戻すと、そこでまた揺れる豊満な胸。


「だめだめ。セージってば、そういうの全然興味ないんだってさ。あざとく振る舞っても通用しないよ」


 エマが呆れたようにライラに告げる。


「えぇ~!? そうなの~? ウブって感じにも見えないけど……」


「面倒なのを嫌うタイプだから、正面からアタックしたほうが上手くいくかもね~」


 エマにそう言われたライラは誠司とエマを交互に見やって不敵に笑った。


「もしかしてエマ、そういう関係?」


「違う違う。さっき知り合ったばかり。完全に仕事仲間だよ」


「ふぅん……なんなら2階空いてるけど?」


「それは今度ライラが誘ってやって」


「いいの?」


「オッケーオッケー。アタシたち、全然そういう関係じゃないから」


「へぇ~。それじゃあ期待しちゃお!」


 ライラは小さくガッツポーズを取るが、そこでもやはり胸が揺れるようである。


「良かったねセージ。ライラ、アンタのこと気に入ったみたい」


 エマは少し横目で言った。


「何かいいことでもあるのか?」


 誠司は淡々と聞いた。


「夜にでもくればライラからお誘いがあるかもよ? この子、お金が大好きだから」


 エマが同じくライラにも横目を向けるとライラは取り繕うように両手を振る。


「やだな~もうエマったら……それにお金大好きってエマだけには言われたくないし」


「ま、そりゃそうだ」


 エマはそれをあっさりと認め、そこでエマとライラは笑い合った。


「じゃあライラ、セージにオススメのメニューを出してあげてよ。アタシはいつものでいいからさ」


「オッケー。お酒はどうする?」


「もうライラったら。まだ昼間だよ?」


「いいじゃない、冒険者は自由でしょ?」


 そう言ってライラが店の一角に視線を投げると昼間から酔い潰れた者の姿もあった。


「あはは……せっかくだけど、もしかしたらこれから稼ぎに出るかも知れないから遠慮しておこうかな」


「俺も。今日は遠慮しておこう」


 誠司と真顔で、エマは苦笑いでそれぞれ酒を断った。


「了解。それじゃ、準備してくるからちょっと待っててね」


 そう言ってライラは去って行った。


「可愛いでしょ、ライラ」


「そうだな……ここじゃそういう商売もやっているのか」


「ま、綺麗事ばっかの店ではないよね」


「どこの世界も大変だな」


「セージは興味ないの?」


「ないな」


 エマは呆れた様子で言う。


「あっは! ライラを見てそれじゃあアンタ本物だよ。もしかして不能?」


「試してみるか?」


「えっ? 試すって……ええっ!?」


 エマは顔を赤くして仰け反る。


「冗談だ」


 誠司は抑揚なく淡々と言うだけである。


「じょ……アンタねぇ。朴念仁と思わせておいて、いきなり不意打ちはないんじゃない?」


「これ以上、無駄なやり取りをするつもりはないんでな」


「む、無駄……」


 エマは笑顔を引きつらせつつ静かになった。


「それよりも話を始めに戻そう」


「えっと……なんの話だったっけ?」


「SPだ」


「そうそうSP稼ぎ……じゃねーわ! 新ダンジョンの話でしょ!」


 テーブルを叩きながら大声でツッコむエマ。その様子にはうっかりと素が出てしまっている。そして周囲からの視線もまた集まった。


「聞き耳を立てられると困るんじゃなかったのか?」


「くうぅ~……」


 誠司の冷静な返答と周囲からの視線でエマの頰はまた紅潮する。


「セージには調子狂わされるけど、仕方ない。慣れて行くしかなさそうね」


「すまないな」


「どうでも良さそうに全然悪びれもしないで謝られるのもなんか酌だけど、特別に許してあげる」


「すまないな」


「あ・り・が・と・う。でしょ? 感謝と謝罪を同じくすまないですませないの!」


「それはすまない、クセなんだ」


 エマは深くため息をついた。


「まぁいいや。とにかく話だけしちゃおうか」


 エマは諦めたように話し始めた。

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