異世界に召喚されて最強の力を手に入れたラッキーマン。なぜか美しい令嬢までついてきた
白雪花房
前編
召喚されたら悲鳴が上がった
だらだらと入浴して肌がピカピカになった。
脱衣所に上がって体を拭く。ランドリーチェストに上にはトランクスや無地のTシャツが畳んで積んであった。
下着をつかもうとして「ん?」と動きが止まる。足元から日光のように立ち上る光。床に陣が刻まれ、輝いている。
「なんだ?」
目を白黒とさせている間に彼の体は光に包まれる。
青年の姿は消え、脱衣所には静寂のみが残された。
甘ったるい香水と湿っぽい匂いが合わさって、ねっとりとした空気が肌にまとわりつく。
瞬きをしながら眉を寄せ、天井を見上げようとしたとき。
「きゃああああ! 変態! 変態よ」
甲高い女の声が空気を裂く。
ビクッと肩を震わす
シーンという静けさが後を追い、先ほどの女の声だけが浮く形で反響した。
「公衆の面前で裸で出てくる男など前代未聞! なんてハレンチな!」
目をそむけ唇を曲げながら叫ぶ。
青年はゆるりとおのれの身へと視線を動かす。
湯上がりのフレッシュな肌に細めの四肢、腰下で揺れるなにか。
目の前の惨状に気づいた瞬間、カッと体に熱が上る。
自分の人生は終わりだ。例えるのなら痴漢の冤罪に遭ったような危機感。
クラシックなドレスを着た女たちは、冷え冷えとした視線を送ってくる。
恥じらいを覚えて袖で顔を覆う者もいるが、本当に恥ずかしいのはこちらだ。
秘部を隠すという無駄な抵抗。
身を縮こませて立ちすくんでいると、奥から野太い声が聞こえてきた。
「なにを歓喜しておる。男の肌など見慣れているのではないか?」
恰幅のよい男だった。
浅黒い肌で髭が濃い。シャープな顔立ちに黒く澱んだ瞳。濁った赤髪を逆立てていた。
鎧のデザインは実用よりも見た目に重きを置いているようで、刺々しい黄金色に目が眩む。
隙間から覗く衣装には派手な刺繍が刻まれているほか、ジャラジャラとした装飾品の中で、スピネルの王冠がどぎつい存在感を放っていた。
「レオ様ったら、言い方というものがあります」
清純そうな娘が顔を真っ赤にながら上目遣いでにらんでいる。
王らしき男のそばにはシックなローブを着た集団が控えているけれど、彼らは無反応だ。
ただでさえフードで顔が見えづらいのに、能面のような表情を顔面に貼り付けているため、一層不気味に見える。
見た目はあからさまに魔導師だ。自分を呼び出した者たちだろうかと、清水は考える。
いや、まさか。そんなファンタジーみたいようなこと……。
「個室へ案内します」
「早急に着替えなさい」
マントを広げて近づいてくるローブの集団。
駅伝でタスキを渡した後の選手のように包み込まれる。
生地のなめらかさとは対照的に相手の圧が強い。有無を言わさず連行、個室に閉じ込める。
なお、一人になったわけではない。
従者が残り黙々とスタイリング、服を着せる。
純白のシャツに細身のトラウザーズ。シンプルさが上品な印象を際立てており、貴族になったような気分になる。
おおと感嘆の声を上げる暇はなく、清水は従者たちに連れ出され、謁見の間へと戻ってきた。
よく見ると眩しくなるほど装飾的な空間だ。
細やかな模様が刻まれた壁と、美術館のように何枚も貼られた絵画。
燭台やシャンデリアは黄金で統一してある。手の混んでいない箇所がない。
ぼうっとしているだけで疲れてくる。
ただし、ここは謁見の間。緊張感に気を引き締め、王を凝視する。
「アッシュ王国へようこそ、勇者よ。こちらは王都ルミエールだ。早速で悪いが出ていってもらおう」
堂々とした声。威圧感のある口調。
予想打にしていなかった言葉が飛び出した。
いきなり粗相でもしたのではないかと、血の気が引く。
顔を引きつらせた青年を見つつ、王は口角を上げた。
「なに処刑前の罪人のごとき顔になる必要はない。一日の猶予を与えよう」
「猶予が一日だけって、やっぱり死刑囚じゃないですか」
反射的にツッコミを入れて、しまったと表情を固める。
傍らに立つモノトーンの格好をした従者は、あきれ顔で彼を見た。
「騒々しいですよ。話をよく聞きなさい。王はあなたを勇者として歓迎するとおっしゃったのです」
「追い出す気満々じゃないか……。え? 勇者?」
目をパチリと瞬かせる。
「おうとも。主を呼んだのはほかでもない、我だ」
「召喚したのは神官たちですが」
控えめな声。
無視して話を進める。
「主には頼みたいことがある。もとい、命令だ。世界を救って参れ」
素面でとんでもないことを言う。
「間もなくこの世には災厄がもたらされる。魔王によってな」
王が眉を引き締める。細めた目から妖しい光がこぼれた。
「魔王は過去の大戦で敗北した恨みを持っておる。表面上は不可侵だが内心では憎らしくて仕方がないのだろう」
「だから、止めに行ってほしいと」
「ああ。さもなくば殺す。力を振るわぬ勇者は用済みなのでな」
口にした瞬間、清水の体から淡い光が放たれた。ふわりと宙に浮く感覚に浮つく。なにが起きているのかは分からないが、体の内側に眠る核のようなものが、反応している気配がする。召喚の際になにか埋め込まれたのだろうか。
「やってくれるな? 話を呑んだのなら旅立ちの準備をせよ」
眼光鋭く青年を見澄ます。
突き刺すようなプレッシャー。
有無を言わさぬ態度。
断ったら殺されると思った。
「はい、分かりました。頑張ります」
息苦しくなるほどの切迫感の中、なんとか言葉を絞り出す。
声はか細く頼りない。
ただ誠実さを示すように頭を下げる。
青年の殊勝な態度を見て、王は右端だけ口をつり上げた。
一方で真顔のままの魔導師たち。
大きく空いた窓には青い空が覗いている。
からりと晴れ渡っているはずなのに、宮殿の中は薄っすらと暗い。
かといって他に選択肢はない。撤回しようにも王に命を握られている上、他の道は閉ざされている。
魔王退治などやりたくはないが、行くしかない。
もちろん、隙を見て逃げ出すのも有りだ。なにも死ににいく必要はない。
体の内側からじんわりと汗をかきながら、彼は自分に言い聞かせた。
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