ゆーあいちょこれーと~わたしと侑香のセツナログ~

綾埼空

アイスクリーム・コミュニケート

「冬はいい季節だよね。アイスが溶けないから」


 その声にはっとします。

 季節はずれのアイスクリームをついばむように食べる横顔を、ぼうっと眺めていた自分に気づきました。

 吐き出す息が、雲ひとつない空に影を作って、そっと消えていきます。

 日が落ちるのも徐々に遅くなり始めました。それでも、吸い込まれそうな青の色は寒気を誘います。

 マフラーに顔をうずめて、侑香ゆかの言葉に耳を傾けました。


「溶けるってことはさ、なくなるってことだからさ」


 視線はアイスに向いています。チョコ味です。小さくむ姿はかわいらしいですが、夏を想像すると指先は今ごろべたべたになってるでしょう。

 手袋にマフラー、ブレザーの上にトッパ―コートと、装いは季節に見合っています。なのに、手に持つアイスは冬に口づけているようで、見ていてどうにも寒々しいです。


雪菜せつなはどう思う?」


 どう答えましょう。

 言葉を探していると、ふと、目が合いました。

 侑香の瞳には星があります。よく見なければ気づきません。カラーコンタクトです。

 うるんだまなこが日差しににじみます。星が輝いて見えました。

 それを見つけた日から、わたしと侑香のコミュニケーションは始まりました。


「わ、たしは」


 ぱりっと肌に張りつく空気に頬が引きつります。

 舌が冷気に驚いて、いつも以上にもつれてしまいます。


「食べたら、なくなるから……いっしょって、思ぅ」


 耳に聞こえてくる自分の声が徐々にしぼんでいくのがおかしいです。

 喋るのは苦手です。言葉にしても思いは伝わらないから。


「そっか」


 侑香はただ、私の言葉を受け止めてくれます。違う考えだからって、その理由を問い詰めたりはしません。

 でもそれは、コミュニケーションの放棄ではありません。


「たしかに食べたら、なくなるね」


 侑香なりに考えてくれるのです。わたしの言葉を咀嚼して、侑香の言葉として返してくれるのです。

 言葉にするのが苦手なわたしにここまで踏み込んでくれるのは、侑香が初めてでした。それを心地よく感じます。

 贅沢である自覚もあります。


「でもさ、ねえ、雪菜」


 疑問を返そうと口を開きますが、みぞおちにわだかまって音になりません。せめてジェスチャーだけでもと首をかしげます。


「食べたら、自分の一部になるんだって、そう思わない?」


 衝撃でした。脳がしびれるようです。背骨を伝って四肢の先端まで震えます。冷えた指先が熱をもっています。

 感情がのどに詰まって声になりません。こくこくと頷きます。


「だよね」


 侑香は笑いました。細められたまぶたの向こうに、それでも星が光る、そんなまぶしい笑みです。


「だからさ、溶けずに食べれる冬はやっぱりいい季節だって思うよ」

「でも、あの、寒く、ないの?」

「寒いよ」


 まさかの答えに声が出ません。


「でもね、女子高生の冬に、スカートとアイスクリームは正義だから」

「は、じめて、聞いた」

「今考えたからね」


 愕然とします。思考が追いつきません。侑香との会話はいつもそうです。


「スカートを履きたいから履いてる。アイスだって食べたかったから食べてる」


 駆け出して、振り返る侑香。スカートがひるがえります。手に持ったアイスクリームもいつの間にかコーンをかじっておしまいです。


「自由に生きたいじゃん、やっぱり」


 その発言はどうにもまばゆくて、目を細めたのは西日のせいだけど、侑香はそんな星なんだって感じます。

 隣に立てばまぶたを開けられるのに、足が重たくて走れないのは、きっと怖いから。

 追いつけないと知ったら、この交友関係コミュニケーションは終わりを迎える。

 幸福と知っているからこそ、そんな空想が頭のなかで膨らみます。

 だから。


「ね、雪菜はどう思うの?」


 侑香が隣にいる。歩調をゆるやかに、わたしに並んでくれる。

 そんな奇跡をなんて呼べばよいのでしょう。


「自由は、わか、らない」


 喜んでばかりじゃいけません。奇跡は掴み取らなきゃいけません。

 溶けては悲しいです。ちゃんと食べて、自分のものに。

 アイスクリームから始まった感情の疎通コミュニケートを怠ってはいけません。

 がんばって自分に問いかけます。何を感じているのか。侑香に、何が伝わってほしいのか。

 やわらかくて、溶けやすい、心がそのまま届けばいいのに。

 そんなことだって叶わないから、言葉を尽くさなければいけません。

 喉がこわばっています。舌の根が熱いです。でも、


「けど、今がそうなら、わたしも自由でいたい」


 これが言葉にできる精いっぱい。装飾して意味を深めても、どこか嘘っぽく感じてしまう。

 言葉にならない心を言い表すために探した、わたし自身。


「じゃあ、一緒だ!」


 コーンを食べ終えて、侑香はそう言うのでした。包み紙はポケットにしまいます。

 アイスクリームの時間終わり。それは別れの予感です。


「雪菜はアイスクリームとアイスミルクの違いって知ってる?」


 なのに侑香はそう言って、驚いたわたしは考える間もなく知識を口にしていました。


「にゅ、乳固形分のちがい、だっけ……?」

「知ってるかー。まずアイスミルクを知らないと思ってたのに」

「気にしたこと、たしかに、ないけど」

「じゃあさ――」


 なんて、薬にも毒にもならない会話を重ねます。

 きっと代えが利く時間なのでしょう。

 女子高生は一瞬で終わるとどこかで聞きました。ずいぶんと贅沢な使い方をしています。

 でも、それでも。

 この刹那が永遠に続けばいい。そんなふうに考えてしまうのです。

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