BottlingWorld 〈ボトリングワールド〉

七乃はふと

第一章 光と共に現れた 第1話 

 分厚いカーテンが左から右に吹き飛んだ。

 そう錯覚するほどの光がおれの視界に飛び込む。

「な、なんだ」

 深夜に睨めっこしていたノートが真っ白になるほどで、思わず頭を上げる。

 しっかりと閉じたカーテンが貫通するほどで、近くで大爆発でも起きたようだ。

 鼓膜は無事なようでエアコンの低い起動音しか聞こえない。

 寝惚けたのかと瞼を擦ると、まつ毛が入って痛みを感じた。

 痛みが引き、書きかけのノートに意識を戻そうとする。光の正体が気になってペンが動かない。

 カーテンを開けてみると、左手側の外がやけに明るい事に気づいて肌が粟立つ。

 隣人が電気をつけた訳ではない。先日引っ越したからだ。

 無人の部屋で一体何が。

 トラブルに巻き込まれる事よりも、創作のネタになる。

 蝶番が擦れる音に気をつけながら、部屋のドアを静かに開ける。見える範囲の廊下は暗くて物音もしない。

 あいつを起こさないように、スマホを持って外に出る。

 目の前の通りを朝刊を届けるであろう原付が通り過ぎた。

 光に誰も気づいていないらしく、窓から外を覗く人の姿はない。

 誰もいないはずの隣室の扉から光が漏れている。夢ではないみたいだ。

 段々弱くなっていき、ドアの前に立った時には、室内に吸い込まれていた。

 無人の部屋だと分かっていながらノックしてみる。

 誰も出てこない。

 扉の隙間から見えた光は、誘うように内側に引っ込んでいく。

 もう一度ノックした。何も変わらない。拳を解いた右手が正体を確かめようと、ドアノブに向かっていく。

 鍵がかかっているから開かない。そんな結末を予想した。

 ノブをゆっくり動かすと、まったく抵抗もなく開いてしまった。

 隙間から見える玄関は月明かりに照らされた範囲しか見えない。

 ドアの内側に引っ込んだ光が、手招きするように部屋の奥へ。

「お邪魔、します」

 靴は脱ごうとしたがやめた。

「すいません。誰かいますか」

 威嚇するように声を出しながら、リビングを遮る扉の前に立った。

 隙間から漏れる光は足下を照らす力も残っていないほど弱々しい。

 消滅したら正体が分からなくなる。

 ここまで来て徒労に終わらないように、生唾を飲んでから扉を開けた。

 発光源はいた。

 全身を隠すような長い髪に包まれた人間。

 直視して顔が沸騰した。慌てて目をそらす。

 胎児のように丸まった姿勢でこちらにお尻を突き出していたから。

 出来る限り見ないよう、熱を持った顔を手で覆う。

「あの、大丈夫、ですか」

 独り言となって消えていく。

 リビングの天井も見えない弱々しい光。消滅したらこの人の命も消えてしまいそうだ。

 近づくと、髪の隙間から剥き出しの鎖骨やお腹が見える。

 助けが欲しかったが、人が来る気配はない。

 スマホを取り出す。救急車を呼ぼうとすると乾いた金属音。

 音の出所を見ると、倒れている人の首元に細いチェーンが見えた。

 目で追っていくと鍵がある。

 鍵穴に差込む部分は何の変哲もないが、手で持つところが球体になっている。

 スマホのカメラでズームする。

 球体の裂け目には黒い線がノの字を描いている。

 まつ毛だ。

 画面が髪の毛に覆い尽くされる。

 二つの満月と目があった。

 後ろに下がろうとして、バランスを崩した。

 後頭部が固い床と激突する前に、身体が停止する。

 スマホを持った腕が両手に包まれていた。

 おれが何か言う前に相手が口を開く。

ノゾム。やっと会えた。ずっとずっと会いたかったんだ」

 何故おれの名前を知っているのか。

 尋ねようとしても、包み込む温かさと張りのある筋肉の柔らかさに何も言えない。

「絶対離さない。望と私は相思相愛なんだから」

 相手の髪が鼻をくすぐる。

 深夜に抱きつかれているなか、盛大なくしゃみをしてしまった。




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