第31話

「人間関係?」

律が私を見つめながら尋ねた。


その目には心配の色が浮かんでいた。


「まぁ、うん」


私は曖昧に答えた。

彼には本当のことを言いたいけど、言えない。


「そっか。莉乃はその人とどうなりたいの?」


どう答えればいいのか、頭の中で考えが巡った。


「私は、」

言葉が詰まった。


二番目でもいい…

なんて、思えたらこんなに苦しくないんだと思う。


「その人と何があったのかは分からないけど、とにかく莉乃の気持ちを伝えてみたら?」


律の問いに、心が揺れる。


話してしまいたい。でも、怖い。


「私の気持ち…でも、」


本当のことを話して、別れを告げられるのが辛い。


いっそ、気づいていないふりをして、ずっとこのままでいたい。なんて。


そんなことをして一番辛いのは自分だってことぐらい分かってた。


「莉乃は何がそんなに怖いの?」

律の問いかけに、私は一瞬言葉を失った。


「私は、私の気持ちを伝えてその人との関係が壊れるのが怖い」


心の中の不安を言葉にするのは、思った以上に難しかった。


「そっか、俺もその気持ち分かる」


律が、?

人懐こくて誰とでも仲良くなれる律が?


「え、律も…?」


律の言葉が予想外で驚いてしまった。


「うん。俺もそうだから」

律は真剣な表情で続けた。


彼も同じように悩んでいるんだ。


「誰かと喧嘩してるの?」


「違うよ。俺はただ勇気が出ないだけ」

律は少し笑いながら答えた。


「勇気…?」

私は彼の言葉を反芻した。


「うん。俺は、気持ちを伝えるのが怖くはないんだ。ただ、勇気が出ないだけ。俺が気持ちを伝えたい相手は、俺の気持ちを無下にするような人じゃないから」


律の言葉に、私は少しだけ羨ましさを感じた。


「そっか、いいね」

私は微笑みながら答えた。


律の幸せを願いながらも、自分の状況と比べてしまう自分がいた。


「莉乃の相手は?」


「私の場合は、もっと複雑なんだよね、」


シェフは私の気持ちを無下にはしない。

受け入れてくれるからこそ、伝えることができない。


ただ、離れていくだけだから。


「気持ちを伝えて壊れる関係なんて、長くは続かないと思うよ」


深呼吸をして再び口を開いた。


「分かってる。長くは続かないけど、でも…」


それでもいいから、今より少しでも長く続いて欲しい。


そう思うのはそんなにだめな事なんだろうか。


「…まぁ、頭では分かってるけど、心がついていかない時もあるよな。いつでも話を聞くから、無理するなよ」


律の言葉に、心が温かくなる。


「ありがとう、律」

心から感謝の気持ちを伝える。


自分の気持ちを言葉にしたからか、少しだけ楽になった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る