第21話 決闘①

「……ッ!!」


 決闘開始と同時に俺は背中に背負っていた神器を掴んで動き出した。

 その神器の名は『ダームデュラック』。今回のためにヴィネアに土下座してまで借り受けた雷を纏う漆黒の槍。本当は隠しておきたかったが、俺は本来の持ち主ではないため自由に取り出しできないためそれが出来なかった。

 それを構えると同時に俺の体が一気に加速していく。雷の如きスピードでジグザグの軌道を描きながら回り込むようにヴィネアとの距離をゼロにする。

 地面を強く蹴り空中で加速している途中のヴィネアに対し、真横からの一撃。

 ヴィネアは先日のエレインの戦闘を知らない。

 神器解放ができるようになったことはわかっていても、少し前まで大したことなかったエレインの神器における性能差のギャップは予想外なはずだ。

 認識の差を使った、完璧なタイミングの不意打ち。踏ん張りも効かないこの状況では受けるのは無理……


「なはずだろうがよぉッッ!!」


 ババンッ!という大きな破裂音と共に殴ったはずの槍が弾かれた。

 ヴィネアは横殴りの神器による一撃をただの腕力だけで受け止め、その時発生する反作用を逆の手で魔力を放出することで相殺したのである。

 

「こんのクソがぁッ!」


 長物が弾かれたとなれば、当然俺の身は無防備になる。

 槍を離さないようにするのがやっとで目の前に構えることができず、もろにヴィネアの拳を受ける。

 あらかじめ体に貼っておいた防御結界がガラスのように粉々に砕け散り、抑えきれなかったダメージが体に伝わり十メートルほど後ろに吹っ飛ぶ。

 受け身をすることもできずに転がり、三回ほど地面に叩きつけられてようやく止まった。


「神器を封じられるっていうのは面倒くさいですね。優秀な神器を持つ物であればあるほど影響が大きい……五感が一つ潰れるような物ですか。」

「じゃあ少しは戸惑ってくれよマジで。」

「目を瞑ったところで蟻に負ける象はいませんよ。」

「なら毒針を掲げようか。」


 そう言って手に持った槍を目の前にまっすぐ向ける。

 体内に循環している魔力がより活発に流れていき、次第に右手に集まっていく。周囲の風の流れが変わるほどの魔力が、ただその一撃の余波として放出されていく。

 

「神器……解放ッッ!」

「……来ましたか。」


 神器解放する直前、ヴィネアが猛スピードでその場を離れる。その際に地面を思い切り蹴り上げ、土煙で一気に視界が埋まってゆく。

 槍とは貫くもの、指向性を持つもの。

 『ダームデュラック』の神器解放は火力こそあるが、範囲は横には狭く、わかっていれば避けることは難しくないだろう。

 ヴィネアはこの短時間でもうこの神器の性質を見抜いたのか、それともドラゴンに対するエレインの神器解放の跡を見て予想したのか。


「甘ぇよ。神器解放……『紅蓮の指輪』ッッ!」


 俺の場合使える神器は一つだけじゃないんだぜ?

 集まって行った魔力の行き先は黒い槍じゃなく、それを持っている右手の人差し指。紅の妖しい光を放つ小さな指輪。

 槍と違って隠しておけたもう一つの切り札。

 鉄をも溶かす超高温の炎が、俺の周囲へ吹き荒れる。進路上の草木が一瞬で燃え尽きて灰になり、そしてその灰はあまりの高温から発生した膨大な上昇気流によって全て空中に待っていく。

 通った先には何も残らない浄化の炎。

 リングベル家の秘宝、長年受け継がれてきた神秘の遺産アーティファクト。王家という特別な血筋であるエレインの神器をも凌ぐであろう逸品。

 それの全力全開。

 いくらヴィネアであろうとも神器もなしに受けて無事ではいられない。まして不意打ちにも等しいこの状況では。

 そのはずなんだけど。


「当然のように無傷かよ。」

「いえ、今のは流石に堪えましたよ。総魔力の半分ほどは消費しましたし。」


 ヴィネアの見た目には一切の変化がなかった。

 一応この空間では武器等を除く服や装飾品などには傷がつかないようになっているため、肉体以外に傷がついてないのはわかる。

 じゃあなんで無事なんだ……?

 防御のために魔術を詠唱する時間はなく、俺と違い彼女は戦いに赴く前に魔法をストックしとくこともないはず。


「簡単なことですよ。単純な魔力の放出で身を守りながら回復を魔術を詠唱して、防ぎきれずダメージを負った分を治しただけです。」

「馬鹿げてる。」


 簡単だと。

 神器解放から魔術を使わずに身を守るだけの魔力ってどのくらいだよ。ちゃんとした耐火結界を張ったところで普通は灰になるまでの時間を延ばすので御の字だ。

 そしてそれをしながら回復魔術を唱えるだと?

 短距離走をやりながらジグゾーパズルをやるような荒唐無稽な話だ。

 右手と左手で別の論文を同時に書き上げるかのような出鱈目な動きだ。


「ふざけてる。」


 そしてそれで半分だと?まだ半分?

 凡人を百人合わせても足りないだろう。

 まさに天授の神童。

 聖剣に選ばれたから彼女は凄いのではなく、彼女が残りの全人類を合計しても比較にならないほどの逸材だから選ばれたのであると、俺はこの時心から実感した。


「どうしました?諦めるならどうぞご自由に。」

「それこそふざけてるだろ?そんなことしないって分かりきってるだろうに、無駄なことはしない主義じゃなかったか?」

「ふふ……どうでしょうか?」


 やっぱりちょっとテンション上がってる?

 いつもならすごく嬉しんだけど今は違うかなーただ怖いだけかなー。

 でもこれで切り札は使い切った。もう真正面から行くしかない。


「行くぞ。こっから先は第二ラウンドだ。先にバテるんじゃねぞ、俺の実力見せてやる!」

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