本編【貪食】
「
「何ですか、
「うっ……なんでそんな明らかに面倒くさそうな目をするのよ~」
「当然じゃないですか。面倒くさいことがほぼ確定しているからですよ。今貴方とこのように無駄な時間を過ごしているだけでも」
「ひっどーい……」
「それで? 何用です。手短にお教えくだされば休み時間くらいは知恵をお貸しすることもやぶさかではないですが、これも気分次第です。こうして喋っているだけでも機嫌は悪くなっていくので可及的速やかに仰って頂きたいのですが」
「あー分かった分かった! 宿題見せて欲しいの! ほら、三時間目の数学の!」
「……やってないんですか?」
「ゴミを見る目……お願いしますぅ~夜見様ぁ~!」
「……はぁ、何故私に頼るのですか」
「やった! だってね、こうして結局は助けてくれるから!」
「貴方がしつこいからですよ。そのしつこさを他に充てればどれだけ真っ当な一生を送れたでしょうか」
「え? あたしもう駄目人間確定なの?! ちょっと夜見ちゃーん?!」
(このような感じで、私は高校でも自分の性格のせいで、あまり人には好かれませんでした。この人、
しかし、私にとってはそれはどうでもいいことなのです。高校から家に帰れば、誰も居ない家ですぐに私服へ着替え、すぐさま目的の地へ向かいます)
「失礼します」
(とあるお屋敷の前でそう告げて、鉄格子の扉を開けて敷地へ入ります。そのまま、正面玄関を入って左手の給仕室でメイド服に装いを替えます)
「お、居たか」
「おはようございます、姫様」
「まだ姫呼びなんだな。まぁ、おはよう、夜見」
(この方が私の敬愛する姫様。吸血鬼であらせられるお方です。私の命を救って下さった、私の全て)
「今日もご機嫌麗しゅう。では、掃除して参ります」
「おう……っと、待て」
「はい、いかがされましたか?」
「先に朝飯を食いたい」
「あっ、大変失礼しました。今お作りしますね」
「頼む」
(吸血鬼の食事は人間の血液。姫様は高位の吸血鬼であらせられるので、一般の食事は必要とされません。ですが、味覚は人間とそうお変わりにならないので、私は料理を仰せつかっております)
「今日はオムライスで行きましょうか」
「楽しみだ」
(作り方は殆ど一般に流通しているレシピと同じです。違うのは、卵に牛乳と砂糖とマヨネーズ少々に加え私の血を入れること。私はいつも左手の薬指から血を垂らしています。どこの宗教かは忘れましたが、エンゲージリングをここに嵌めることになった由来もたしか、この指が心臓と直結する血管を持っているという考えに即して、です。姫様には新鮮な血を味わって頂きたいですから。
本当は頸動脈が望ましいのですが、それでは私が使い物にならなくなってしまうということで姫様が禁じられています。姫様に貪られるのであれば本望なのですが、こうしてお傍仕えさせて頂けている幸福を考えれば、それを手放すことの難しさたるや想像に易いでしょう?)
「よっと……お待たせいたしました。オムライスで御座います」
「おぉー、やはり一級品だな。頂こう」
「……いかがでしょう?」
「うむ、美味い。やはり夜見はいい嫁になるな」
「生涯姫様にお仕えするのでそのようなことは」
「……一時の気の迷いだ」
「やはり、迷惑でしょうか?」
「いや、私とて出来得ることならば君と添い遂げたい。だが、私はこう見えても悠久の時を生きているからな。君のような人間はいくらでも見て来た」
「もし、私もその有象無象に同じようでしたら、どうか至福のうちに
「そうはいかん。未来ある若者の一生を閉じるというのは、そうそう容易いことではない。君のように優秀な人間であれば尚のことだ」
「……私は、姫様以外何も見てませんよ」
「はっ、学校で友達に勉強を教えていたような気がしたが?」
「っ……お見えになっていたのですね」
「使い魔を飛ばしてな。それで? あの
「私は姫様を最上に敬愛しております。言うなれば、私の好みは全て姫様をベースにしておりますから、比較的似ている人を好みというのならばそうなのでしょう」
「上手い逃げだな。そうは言っても、人間との馴れ合いを嫌っていたあの頃に比べれば随分と丸くなったものだな」
「……姫様が、励ましてくださいましたから」
「年長者の義務という奴だよ」
「……お掃除して参りますね」
「あぁ、しっかり頼むぞ」
「承りました」
「夜見ぃ~」
「…………」
「虚空を見てそんな憂げな目しないで?! 他の子が惚れちゃったらどうするの!」
「他の子ってなんです。貴方が惚れてるわけでもないでしょうに」
「え?」
「は?」
「……気づかない?」
「……」
「授業中も、休み時間も、トイレも、帰り道も、ずーっと……見てるのに」
「…………」
「私は夜見ちゃんだけを見てるよ? だから夜見ちゃんも私だけを見て」
「………………」
「ねぇ、夜見ちゃん? いいでしょ? 私はこんなに好きなんだから」
「……………………はぁ」
「いい?」
「冗談もほどほどに。クラスの皆が怖がっていますよ」
「……ごっめーんみんな! ただの演技だよ! ほら、あたし演劇部だからこういうのは得意なんだ! ねっ!」
「……まったく。悪乗りもほどほどに――」
「本気だよ?」
「またやる気ですか?」
「えー、ほんとなのにー」
「それで、用は何です? 今の茶番で休み時間もあと1分を切りましたが」
「あ、やっば! あのさ、土曜日一緒にデート行かない?」
「行きません」
「即答?! ちょっとくらい考えてよ~」
「ないです」
「……えー……じゃ、じゃあさ、なんでも言うこと聞いてあげるから!」
「じゃあデートに誘わないこと」
「……泣くよ?」
「はぁ……考えては差し上げますよ」
「やったー! じゃ、また連絡するね!」
「……全く、困った人です」
「よかったじゃないか、彼女が出来て」
「姫様、お戯れもほどほどになさってくださいね?」
「そんな怖い顔をするものじゃないよ。折角の大和撫子が台無しじゃないか」
「あっ……」
「どうした? 震えて――」
「ひっ……ふーっ……や……」
「っ!? すまない! そんなつもりじゃなかった!」
「……い、いえ。私こそ申し訳ありません。相手は姫様なのに……」
「いや、これは私の不注意だ。……まだ思い出すか?」
「……時折、夢を見るんです。疲れた日、体調を崩した日、そんな日に限って、あの時の夢を。いつも最後には姫様が助けてくれます。でも、もし姫様が来なかったら。そう思うと――」
「大丈夫……大丈夫だから。私は、君がどこに居ようと、決して見逃さない。何があっても、絶対に、だ。私が言うんだ、だから泣くな。その涙は、私の為だけに流すといい」
「…っ、はい、姫様」
(姫様との出会いについて話しましょう。あれは中学校を卒業した後、伸ばしていた髪をバッサリと切った頃でした。)
「おじょーちゃん、ちょっと」
「はい?」
(見ず知らずの大きな男に手招きされて、裏路地に連れ込まれました。その時の私は、無垢な箱入り娘でしたから、一人暮らしと高校生活への渇望から浮足立っていて、警戒を怠っていました。)
「ひっ……」
「かわうぃー顔してんじゃん! 上物だな!」
「いい女釣れたねー!」
「見たとこ高校生? まずくね?」
「ハメ撮りで脅せばなんもできねーって」
「や……ぁ……」
「あ? ……こいつちびってんじゃん!」
「うっわ……変態の素養あんじゃね?」
「じゃーお漏らしお嬢ちゃん? お兄さんたちと楽しいことしよっか。すっごく気持ちいいよー」
「ぃ……や……」
「え? 聞こえないなぁ!」
「ぁぐっ……ゃ……だ……」
「違うだろ!」
「ぉえっ……」
「おら、返事は?」
「ぁ……ぅ……」
「返事の仕方も習わなかったのかよ。とんだ学無しだな…ま、喘げるならなんでもいいか」
「ぅあ!」
「暴れんじゃねーよ? そしたらお嬢ちゃんのきれーな黒髪がハゲになっちまうかもしれないぜ? ガハハハハ!」
「ぃ……ゃ……たす……け……て……」
「よくぞ言ったぞ、幼気な少女」
「あ?」
「なんだあいつ、屋根の上に乗って…‥‥ってうぉ?!」
「死ね」
「うがぁ!?」
「…ひ…ひぃ!」
「逃がさんぞ?」
「あが…ぎ……」
「な、なんだおめえ! んだよその傘! ふざけやがって、ぶっ殺して――」
「死ぬのは貴様だ」
「ゃ……ぅ……」
「……さて、どうしようか」
(姫様は白いワンピースを翻し、黒紫色の日傘で私を襲っていたゴミ共を一掃して下さいました。そのまま、私をお屋敷まで運んでくださり、着替えとしてメイド服を宛がって下さいました。その時、私は姫様のお傍仕えになることを心に決めたのです)
「今夜も、月が綺麗だな」
「確か姫様は月光も苦手とされていらっしゃいますよね?」
「ああ。結局は月光も太陽光を反射しているものだからな。いくら減衰されたところで、太陽光は太陽光だ。故にこの屋敷の窓も全てすりガラスで揃えている」
「でしたら、あまり手入れしすぎない方がよろしいですか?」
「そうはいっても、月や星は好きだからな。すっかりと叡智の光に染められてしまったが、かつてはここからも15等星ほどまでよく見えたものだ」
「それは姫様だけですよ」
「ははっ、夜見は夜見という名なのに星に興味は薄いようだな」
「……正直、その名が嫌いです」
「ほほう?」
「両親は天文学で財を成した研究者です。ですので、その名には彼らの偉業が刻まれています。でも、私は両親のメモリアルストーンではないです。たった一つの道を生きる、全く別の生命体です。そう思うからこそ、自分にそれを背負わせるような名前が気に食わないのです」
「いい自己顕示欲だな。それでこそ人間というものだ。我の強い綺麗な
「んぁっ、姫様っ」
「ちゅ…んぷっ……ふぅ」
「はっ…あぅ……」
「ご馳走様。いい昼食だ」
「もぅ……」
「そう照れることも無かろうに」
「吸って頂くにしても心の準備というものがあります! こうも突然押し倒されては――」
「じゃあ、準備させてやろう」
「へ?」
「ほら、あと10秒」
「ちょ、姫様!?」
「5~」
「あ、あぅあぅ」
「3~」
「う、うぅっ」
「1~」
「っ!」
「…………」
「……ぁ……え?」
「はっはっは! 傑作だなぁ!」
「あ! ちょ、姫様! 騙しましたね!」
「はっはっはっは! 乙女の純情を弄ぶのは楽しいなぁ! あの下衆共の気持ちも分かるというものだ!」
「分からないで下さい! 姫様のばかばかばかぁ!」
「はっはっはっは! いやぁ実に眼福な照れ顔だったぞぉ?」
「うぅぅっ……もうやです。明日からおやつ抜きですからね」
「うぇっ、照れすぎだろ……」
「うるさいです! 姫様なんて知りません! 欧米発の吸血鬼物ホラー映画見て一人でトイレ行けなくなってお漏らししちゃえばいいんです!」
「ちょっ! その話は持ち出さない約束だろ!」
「ふーんだ、知りませんから~」
「夜見! こら待てぇ!」
(こんな日々がずっと続けばいい……そう願って、私は今日も自宅で4時間ほど寝てから学校へ向かいます。制服に着替えての通学路から、遠くに見えるお屋敷を眺めれば、黒い窓の奥で真っ白な手がゆらゆらと揺れているように見えました。
私、どれだけ姫様の事が好きなのだろうかと、内心自分に呆れながらも、小さく手を振り返してみたり。それが幻覚ならただのイタい女なのですが、これでも姫様のお傍仕え、直接血を吸われて姫様の遺伝子を少なからず取り入れて身体も変化している身ですから、それが姫様に違いないことは分かるのです)
「夜見ちゃーん! おーっはよ!」
「おはようございます」
「ん? 随分機嫌いいね!」
「そうでしょうか」
「いつもなら『……私以外に挨拶するべき人が居るはずでは? それとも私のような社会不適合者だからこそ気にかけて下さっているのでしょうか。だとしたら余計なお世話ですのでご遠慮下さい』とか言いそうじゃん」
「そんなことは……ありますね」
「自覚あるんだ」
「まぁ、自分との付き合いは誰よりも長いですからね。して、何か御用ですか?」
「ん-? 用と言えば用かな」
「なんです? ……なんでこっちを見て微笑みを浮かべてらっしゃるんですか? 気色の悪い」
「あー、暴言だよそれ! こんな可愛い美少女に上目遣いで微笑みかけられてそれは無いでしょ!」
「少女……胸も身長も、ついでに言えば横幅も私よりでかいような気がしますが」
「ちょっと夜見ちゃん? 最後のだけ凄く余計だね? いや胸も身長も夜見ちゃんくらいがいいんだけど!」
「そう言えばその胸、何カップあるんです? 前転んでた時にクッション代わりに使ってましたけど」
「あ、あれ見てたんだ……えーっとね、今ブラがG」
「A、B、C、D、E、F…G?」
「んだね」
「……お疲れ様です」
「苦労分ってくれるのは嬉しいよ……男どもはなんでこんなのに興味持つんだろうね?」
「柔らかいからじゃないですか? つんつん」
「あっ…んっ、ちょっと夜見ちゃん! いきなりえっちは駄目!」
「えっちって……同性の胸を触るだけでセクハラになる時代になったのですか。いやはや時代の流れとは恐ろしいものですね。いつかプールの着替えも個室じゃないと駄目になったりするんですかね」
「ちょ、頭良さそうなこと言って逃げないの! じゃあお返し! もみもみ」
「んひゃぅっ?! ちょっ、いやんっ、っ」
「……はっ!? 余りの柔らかさに一瞬我を失っていた?!」
「なんですかそれ……どさくさに紛れて乳首に爪立ててたのは許しませんからね」
「あ、バレた?」
「当たり前です。手つきエロ過ぎですよ。全く、これだから痴女は」
「ちょっとー? あたし処女なんだけど」
「聞いてないですし関係ないです。世には処女ビッチという言葉もあるそうですよ、よかったですね」
「何がいいのか分かんないんだけど」
「需要があるってことですよ」
「要らない! 超絶要らない!」
「なんでです? モテるのはそう悪いことではないような気がしますが」
「え? 夜見ちゃんって恋愛何それ美味しいの派閥だと思ってたんだけど」
「まぁ私に関して言えばそうですが、別にモテることと恋愛とは必ずしもイコールではないですし。お金の関係でも何でもいいですが恋愛以外にも付き合いの上でモテることはメリットが大きいですよ」
「あー……でもさ、好きな人が居るのにその人以外にモテてもしょうがなくない?」
「それはそうですが……居るんですか? 想い人」
「夜見ちゃん」
「はい?」
「いや、呼んだんじゃなくて、想い人。夜見ちゃん」
「……はい?」
「あ、分かって無い感じ? 私夜見ちゃんの事が好きなの。性的に」
「…………はい?」
「ちょっと、引かないで? 傷つくんだけど。でもそれこそ百合って世の男性に需要あるらしいわよ?」
「それこそ要らない需要ですね」
「デートの約束もしたし! もう付き合ってるようなもんでしょ!」
「あ、あれやはり断ります」
「なんで?!」
「自分を性的に狙っている人間と同じ場に居たくないので」
「冗談! 冗談だから! 一緒に行こうよ~!」
「はぁ……先日も申し上げましたが、冗談もほどほどにしてくださいよ? 今も周囲の視線がとても生暖かいので」
「……冗談じゃないけどね」
「何か仰いました?」
「ううん、なんでも! じゃー明日は楽しみにしてるね! またね!」
「……はぁ、騒がしい人です」
(禊は面白い人ですが、私に執着しすぎる傾向があると思います。一年生の時、人間不信から不登校になって姫様のお屋敷に入り浸っていた頃、私の家に毎晩やってきて説得し続けてくれました。最終的には姫様の後押しがあって復帰できましたが、彼女にも支えられたことは事実です。しかし、それにしても学級委員というだけでああも毎晩押しかけて来れる義務感と行動力には脱帽するものです。まぁ、あの行き過ぎた冗談を和えてプラマイとんとんといったところでしょうか)
「それで、明日はデートと」
「ただの買い物ですよ。というか、盗み聞きは感心しませんよ」
「いいじゃないか。寝ている間は暇なんだよ」
「吸血鬼の身体も不便ですね」
「それで? 君はあの子の事をどう思っているんだい?」
「どう、と申されますと?」
「好きなのか、嫌いなのか、はたまた無関心なのか」
「……うーん、まぁどちらかと言えば好き、ですかね。彼女といることで孤立せずに済んでいる節はあります。今は他クラスですが、それでも禊の友達という認識で話しかけて下さるクラスメイトの肩は大勢いらっしゃいますから。流石に顔の広い人です」
「そういう環境的な話じゃなくて、直感でさ」
「直感……ですか?」
「そ。例えば君はなんで私を心酔してるのかな」
「それは……」
「襲われそうなところを助けたから? 不登校からの復帰を後押ししたから? はたまた、吸血鬼の眷属にしてほしいから?」
「いえ! そんな浅ましい理由で述べるのはとても――」
「そゆこと。主観で、合理性を加味せずに直感で考えてみてよ。君の事をああも好いている
「んー……そうですね、確かに好きかも知れません」
「おー! 私は祝福するよ」
「は? と、言いますと?」
「え、あそこまで言わせておいてまだしらばっくれる気? 君難聴系主人公だったっけ」
「はい? 眷属化の影響で耳は大分いいですよ?」
「そういうことじゃなくて……うーん、まじかぁ……わざと気づかないふりしてるんだと思ったんだけど……」
「先程から何のことです?」
「……言っちゃうか。うん、言っちゃおう。その方が君の為にもなるしね」
「……?」
「彼女、君の事は本気で好きだよ。愛してる」
「……いや、冗談で――」
「本気だ。あの目を見れば分かる」
「…………」
「かつて私も向けられた目だ。あの
「……やっぱり、断りましょうかね」
「そう警戒することも無いさ。言っただろう? いつ何時でも、私は君を守る」
「……そうですね。まぁ、いくら何千年生きていても勘違いはありますから、姫様が間違っている可能性も捨てきれませんし」
「ま、そういうことにしておいてあげるよ。兎にも角にも、
「はぁ……」
「……そんなに嫌かい? 最近はLGBTQ+だったか、何やら同性愛などにも寛容であることが求められるそうじゃないか」
「自分のこととなると、中々。女子高ならそういうこともあったのでしょうが、生憎と小学生から共学育ちですので」
「そういうものか。まぁ、斯く言う私も断った身だしね。というか処女だし」
「え」
「……なんだいその目は。私が処女なのがおかしいって言うのかい?」
「い、いえっ、流石に姫様ほど生きていれば一度くらいは経験されているものだとばかり」
「眷属の一人も居ないような女だぞ? 性交する仲の相手がいると思うか?」
「それもそうですね……」
「すんなり頷かれるのも傷つくな……」
「でも…そうなんですね……じゃあ……」
「……なんだい」
「いえ、ちょっと禊の気持ちが分かったかなって……はぁ……はぁ……」
「…………待つんだ夜見。今日は月も出て僕も弱ってる。残念だけど行為に及ぶだけの余力は無いよ」
「では、行為に及ぶこと自体に抵抗は無いんですね?」
「えっ、いやそんなことは――」
「じゃあ新月にやりましょう! 是非とも! 大丈夫です、それまでに禊に頼んで練習させてもらいますので!」
「えっ、……えっ?」
「姫様の初めて、頂戴するのを楽しみにしてますね♪」
「っ……!」
(それからというもの、あっという間に時間は流れ、ルンルン気分で帰宅してスマホを見れば、禊からメッセージが届いていました)
〈夜分遅くにごめんね~
明日、朝8時に駅前集合!
すっぽかさないでね!
愛を込めて ミソギ〉
「全く……」
〈拝啓 花釜禊様
承知しました
楽しみにしております
敬具
(それだけ打って、私は床に就きました。新月は
すると、姫様からもメッセージが届きます)
〈性交の件、流石に考え直せ〉
〈いやです〉
〈リプはやっ?!
いや真面目に、そういうすること間柄じゃないだろ私達〉
〈私はしたいです〉
〈お前はそうかもしれないが、私の気持ちは?〉
〈姫様はお嫌いですか?〉
〈…………〉
〈よくシーツに愛液を溢されていたような気もしますし、ベッドの枕元、シーツの裏に人×吸血鬼の百合モノR-18本を隠していらしたような気も致しますが?〉
〈え?
待って
なんでそれ知ってるの?
私の部屋には一歩も入れてないはずだよね?〉
〈メイドとして当然のことをしたまでです〉
〈……嘘だぁ……〉
〈それで、どうなんです? 実際の所〉
〈……君の下着姿でオナニーしたことあるよ〉
〈……え?〉
〈あとは君の家に仕掛けた盗撮カメラで撮ったオナニー動画でも〉
〈え?〉
〈あとは同人誌も書いたことあるなぁ。パソコンにデータ入れてあるから流石にこっちは見たこと無いだろうけど〉
〈……〉
〈……〉
〈……〉
〈まぁ、正直興味はあるね。うん〉
〈わかりました。色々準備しておくので覚悟しておいてください〉
〈……ほどほどにね〉
「あ、こっちこっち!」
「…まだ予定15分前だと思うのですが」
「誘っておいて待たせるのってなんか違うじゃん?」
「それはそうかもしれませんが……まぁいいです。行きましょう」
「はーい」
「えっへへ~、夜見ちゃんとデート! 最高だよ~」
「くっつかないで下さい暑苦しい」
「そういうツンツンしたところも好きだよ~」
「そうですか」
「……なんか塩対応だね? 生理?」
「嬲り殺しますよ?」
「ごめんごめん。何かあったの?」
「……しょうがないです。あまり言いたくなかったですが、お教えしましょう」
「なになに?」
「……私、好きな方が居るんです」
「えっ」
「それも女性の」
「…………」
「ずっと男性経験があると思っていたのですが、処女だと分かって、それで明日、初夜を迎える約束をしたんです」
「ふーん……」
「最初は禊とそういうことをして練習をしようとか思っていたんですが、あまりに不誠実だと思って、考えを改めようと――」
「いいよ」
「……はい?」
「じゃあ、教えてあげる」
「え、ちょ、禊?! 買い物は――」
「…………」
「ちょ、痛っ!」
「えーっと、二名様ですか?」
「はい」
「コースは――」
「これで、あとこれとこれ付けてください」
「…畏まりました」
「……禊、ここって――」
「ラブホ。何回か男に連れ込まれたことあるんだよね」
「……何で――」
「教えてあげるため。あたしを」
「お待たせしました。803号室になります」
「……行こ」
「えっ……と……」
「まずはどこまでしていいか決めよっか」
「……そう、ですね」
「……おけおけ、じゃ、私が攻めで、夜見ちゃんが受けね。ノッてきたらリバしちゃっていいし、私は何されてもいいから」
「……緊張しますね」
「都合のいい女と遊ぶだけでしょ?」
「自分で言いますか……」
「……薄々、気づいてたんだ」
「え?」
「夜見に彼女いるってこと」
「…………」
「どんどん綺麗になっていくし、どんどん可愛くなっていく夜見ちゃんを見て、ああ、恋してるなって思った。でも、そんな夜見ちゃんでも受け入れたいって、私が好きじゃなくても私は好きでいたいって、そう、思った。……夜見ちゃん」
「んっ……」
「ショーパンの上から擦ってこの反応、パンツ履いてないね?」
「はい……そういうことに合ったパンツが無くて、それならいっそ、と思って……」
「結局私とえっちする気だったんだ」
「ひゃうっ?! ……そ、そうですね。その意識があったことは否めません」
「ふーん、耳弱いんだね。はむっ」
「んはっ! っ……ふー、ふー」
「……ふふっ、可愛い」
「っ……撫でないで……下さい……」
「でも、良いって言ってたよね? こうすることも、ぺろっ」
「ひゃぅっ! んぁ…んぅぅ……」
「れろっ……にひっ、かーわい。ちゅっ」
「っ……」
「さーてと、じゃあお胸も触っちゃおうか」
「……お願い、します」
「いいね、ノッてきたね。じゃ、ブラ外しちゃってー」
「……上着は着たままでいいですよね」
「着衣えっち希望でしょ? それでいいよ。むしろそっちのほうが布に擦れて気持ちいいかも」
「……脱ぎました」
「じゃ、失礼してっと‥…まずは優しく下から支えるように揉んでいくよ」
「んっ…ふっ…はぁ、んむぅ~!」
「そして鷲掴みにして揉みしだくと」
「あっ、んぁっ、あっ、ふぁっ、っ!」
「さらに乳首をこりこりっと」
「いっ! くっ、んっ、あっ! らめっ、んぃっ、っあ!」
「あ、軽イキしたね~、痙攣しちゃって」
「はー、はー、はー、はー」
「いいね、その虚ろな目。おっぱいだけでイけるなんて、やっぱりえっちの才能あるね。胸も柔らかいし、触ってて楽しいよ」
「それは、どうも。ふー……次は、何です?」
「そんな親の仇を見るような目で見ないでよ。あくまでも合意の上でやってるんだからさ」
「そう、ですね。すみません。私の我儘に付き合わせているのに……」
「そう思うなら、警戒しないで自分を曝け出して。あたしはあたしを教えてる。夜見ちゃんも夜見ちゃんを教えて?」
「はぅっ…ふっ…」
「おへそも駄目なんだね」
「ひぎっ……んふっ、ひゃん!」
「れろっ」
「んひゅっ…ぴぃ……」
「すっごい喘ぎ声出たね。じゃ、そろそろ行きますか」
「…おまんこ、ですか」
「ざっつらーい」
「……優しく、してくださいね」
「……ふふっ、それは夜見ちゃん次第かな。じゃあ、後ろ向いて、壁に手を付いて、股広げて?」
「は、い……。こう、ですか?」
「いいねーそそるね。それじゃー、触るよ」
「んひゃっ」
「はははっ! 緊張しすぎだよー、囁いただけで腰抜けちゃうなんて~」
「う、うぅ」
「じゃ、失礼して」
「あっ、んっ! いっ! おっ!」
「擦るだけでいい声出すね~、ほら、ぐりっと」
「おぁっ! んぃっ! ぅおっ! んぁっ!」
「あ、クリみーっけ。うり」
「あ゛っ、お゛ほっ!」
「あーイッちゃったー。気持ちよかった?」
「はーっ、はーっ、はーっ」
「……聞こえてないか。……私もシよっと」
(そのときのことはあまり憶えていません。とても気持ちよかったのは間違いないですが、気が付けば口を大きく開け、上を向き、びくびくと痙攣しながら舌を突き出して絶頂していました。でも、その後の事ははっきりと覚えています)
「…………夜見ちゃん」
(秘所から愛液を滴らせた全裸の禊が、恍惚とした笑みを浮かべながら鼻息を荒くしてこちらにやって来ました。私はと言えば、まだ初めての絶頂の余韻に浸っている所で、とても動けるような状態ではありませんでした)
「……キス、しない?」
「…え?」
(キス。接吻。口付け。言い方はなんであれその行為は、私にとっては非常に大切なものでした。幸い、ファーストキスと呼べるものをまだしたことのなかった私は、それを捧げるべき相手を一人に絞っていました)
「それは、だめです」
「……やっぱり、あの人の為?」
「そうです」
「……なんで?」
「へ?」
「髪も同じ、眼も同じ、この血の色をすぐ反映する真っ白の肌も同じ! 同じアルビノなのに! なんであの子は良くて私は駄目なの! なんで!」
「え、あの」
「夜見がショートヘアの方が好きって言ったから私も切った! 夜見が明るい人になりたいって言うから明るく振舞った! 夜見がおっぱい大きいのに憧れるって言ったから毎日揉んだし嫌いな牛乳だって飲んできた! それなのに! なんで!!!」
「…………」
(この時の私には、おっぱいの育て方が子供すぎて可愛い、とか思うだけの余裕もありませんでした。あまりの剣幕に、そして目と鼻の先まで近づいた禊の頬を伝う涙の雫に、もはや言葉を発する事さえ敵いませんでした。)
「ねぇ……こんなに想ってるのにさ、ただの都合のいい女で居たくないよ……。別に一番じゃなくてもいい! だから……初めてをちょうだい……」
「…………」
(私は、彼女の願いを受け入れました。それは、余りに不誠実なことだったと思います。ですが、私が彼女に贈る事の出来るものは、確かにそれくらいしかないようにも思うのです。でも、彼女と唇を交わした時、瞼の裏に浮かんだのは、灼眼から涙を流す、白い長髪の、あの人の顔でした)
「……じゃあ、また月曜」
「……はい……」
(別れた後、私は帰路につきました。一体どれほど唾液を絡ませたのか、陽は傾き夕映えの街並みが広がっていました。そんな時、お屋敷の前を通るや否や、どさっという音が後ろから聞こえ、振り返った私は絶句しました。そして言葉より先に、身体が動きました)
「姫様! 姫様! 姫様起きて!」
(手首を握って脈拍を測定。189bpmでした。明らかな異常値です。吸血鬼の肉体は強靭ですし、そもそも血をある程度操作できるため、平均的な脈拍は30bpm~50bpmといったところ。このような事態は経験したことのないものでしたが、私はすぐさま姫様を背負ってお屋敷へ入りました)
「すごい熱……まさか、私をつけて?」
(その考えに思い至った理由は単純でした。ある時、私の家まで姫様が遊びに来た時も、体調がよろしくなさそうなご様子でした。それを問い詰めれば、『長時間日光を浴びると、こうなるんだよね』と、苦笑いしながら仰っていたこと。それを覚えていたからです)
「ぅ……ぁ……」
「姫様!」
「あ……ぁあ、バレてしまったね…はははっ」
「はははではありません! とにかく、血を!」
「っ……いや、もう君のは、要らない」
「何を言っているんですか! 早く――」
「要らないと言っているだろう!」
「…ぁ……ぅ……」
「っ! すまない! 怖がらせるつもりは無かったんだ!」
「ぃえ……」
「……すまない。今日は帰ってくれ」
「……畏まりました」
「…………姫様……」
(翌日の夜、いつも通りの時間に、姫様のお屋敷を訪ねました。いつも通り玄関は開いていて、防犯セキュリティはゼロです。給仕室でメイド服に着替えて、姫様のお部屋に行くと、物憂げな表情で星空を見上げる姫様が、窓際で頬杖をついていました)
「姫――」
「夜見」
「……はい」
「悪かった」
「……いえ、私こそ」
「……君のどこが悪い?」
「姫様と契ろうと誘っておきながら、あのようなことを――」
「言っただろう? 一時の気の迷いに過ぎない。私のことなど気にしないでくれ」
「そんな! あれこそ――」
「一時の気の迷いだと? あの時の君は、私に仕えると言った時以上に真剣に見えたが」
「っ……」
「いいんだ。私は、ただ君が彼女と交わるのを眺めていただけ。それを責め立てる権利は無い。そう、ただ眺めていただけだ」
「…………」
「なのに……どうしてだろうな……涙が……止まらないんだ……」
「っ……」
(あの時、瞼の裏に浮かんだその姿。私は居てもたってもいられず、姫様を抱きしめました)
「姫様っ! 私は…もう裏切りません。決して…決して!」
「人間はずるいな。そうやっていつもいつも、期待させて」
「すみませんっ……でも。裏切者でも、痴女でも、姫様を愛する気持ちはだれにも負けないつもりです!」
「はははっ……なんでっ……なんで私なんだい? 別に彼女でもいいんだろう?」
「違いますっ! 本当に好きなのは――」
「じゃああれは偽りの口付けだと?」
「っ……」
「いいんだよ……いいんだよ! もう!」
「姫――」
「んちゅ、れろっ、むんぅ……」
「んむっ?! ほんっ、おんぅ……」
(その口付けは、本物でした。禊とのそれとは、こもっているものが違いました。私の事を自分のものにするという確固たる決意の下、抱いていたはずのこちらは押し倒され、無理やりに舌を入れられて、それを受け入れるのをさも当然と主張するように這いずり回らせ、そして事実、私は屈服して凌辱を受け入れました)
「……今から君を、眷属にする」
「……はい」
「二度と戻れないよ? この星が滅ぶまで、一生涯添い遂げることになるよ?」
「覚悟は、出来ています」
「私は、君をもう二度と、他の女にも、男にも渡さない」
「……全てを、捧げます」
「契りだ。口を開けろ」
「…………」
「くっ……痛いな、やはり。君はいつもやっているというのに……では、舐めろ」
「……失礼、します。れろっ、んちゅっ、んむぅ、はむっ」
「…………よろしくな。メイド」
「はい。ご主人様」
新月の交わり 鹿 @HerrHirsch
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