第16話 解錠

 心愛と俺は、初めて会った渋谷ヒカリエのカフェで待ち合わせる。

 

 俺は直前に渋谷のCDショップに立ち寄り、心愛に渡すCDを買っていた。

 

 

「嘘ついてごめんなさい」

 

 最初に口を開いたのは心愛だった。俺はすぐに謝る。

 

「どんな理由であれ、俺は心愛を傷つけた。そのことを謝らせてほしい」

 

 

 そして俺は慎重に言葉を選びながら、保育園での出来事を話す。

 

 

 何をされているのか分からなかった。先生が優しくて、自分は特別扱いをされていると思っていた。

 でも……何か悪いことをしているようで人には言えなかった。

 

 

 心愛は涙をポロポロ流す。


「りくさんは女性全員、信じられないですか?」

 

「そんなことないよ」

 

 俺は即答する。相手を信用できるかどうかは性別で判断しているわけではない。


「私もりくさんのことは……信頼しています。……人生はいつでもやり直せるって、誰かが言ってましたよ」

 

 心愛が半分泣き、半分笑いながらいう。


 

 本当にそうだろうか……?

 

 

 俺は雪月さんから、男性の性被害者が抱える問題について聞いていた。

 

 

 雪月さんが性被害に関する匿名アンケートをとったところ、1日で1000通を越える回答があり、その1割が男性だったという。 

 

 でも世間は男性の性被害者を見ようとはしない。

 

 

 なぜ男性の性被害はとりあってもらえないのか。

 

 折しもそのとき、巨大芸能事務所の性加害問題が世間を震撼させていた。

 

 だが被害者も加害者も、男性だ。

 

 

「女性から男性への性加害」に触れる者はいない。

 

 

 俺が一番見たくないのは、SNSでよく流れてくる図表だ。

 

「性犯罪者 男女比 男性99.6% 女性 0.04%」

 

 

 俺にとって性被害は、数や比率の問題ではない。

 

 1 is too manyなのだから。

 

 

「りくさん、私から提案があるんですけど。男性の性被害者のための自助グループを作ったらどうでしょうか?」

 

 心愛から思いがけないことを言われて俺は驚く。

 

「そんなことできるわけないよ」

 

 俺が叩かれる未来が見えるようだ。

 

 声をあげた女性たちは日夜、誹謗中傷の嵐にさらされているのだから。

 

「俺が男だなんて言ったら大変なことになる。そもそも信じてもらえないだろうな」

 

「りくさんを入り口にする必要はないと思います」

 

 そう言われて、雪月さんのブログを思い出す。

 

 彼女のフォロワーには男性の性被害者もいる。ブログで呼びかけてもらえば信用されるかもしれない。

 

 コロナ以降の自助グループは、オンラインで開催されていると話していた。完全に匿名ならば話しやすいのではないか。

 

 

 心愛に見守られながら、雪月さんにDMを送る。

 

〈それはいいアイディアですね! ぜひお手伝いさせてください〉

 

 

 これで俺は前に進める。

 

 自分と向き合えば、心愛からも逃げないだろう。

 

 

 気づくとカフェの閉店時間を過ぎており、店員が申し訳なさそうに片付けを始めていた。

 

 

「私も仲間に入れてくださいね! 具体的な計画を練りましょう」

 

 席を立ち上がる心愛に、俺は慌ててショッパーを取り出す。

 

「その前にこれ」

 

 買ってきたばかりのCDを心愛に渡す。

 

 Heaven Shall BurnのOf Truth And Sacrificeだ。

 

 どちらがバンド名でどちらがタイトルか分からないと心愛が笑う。

 

 きっとMy Heart and the Oceanを気に入るよ。

 

 

 その頃雪月はブログを更新する。

 

〈フォロワーさんが一歩を踏み出しました。私も見習う。高校の時の友達に会って、元気だよと伝えたい〉


 そのポストには、片方だけのワイヤレスイヤホンのイラストが添えられていた。

 

 

 

 《完》

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明日の鎖 奥火ゆかり @thegirls

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